結婚に必要なのは、お金or愛?

それは、女にとって永遠のテーマである。

“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。

しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。

その名は、愛子。

金に目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?

広告代理店で働く29歳の愛子は、婚約者の知樹と幸せな毎日を過ごしていた。愛子が担当していたプロジェクトが中止となりショックを受けていた矢先に、愛子は御曹司・翔太の姉から転職の誘いを受ける。




「愛子、知樹くんとはその後、うまくやってる?」

今日、愛子は2つ歳上の姉に誘われて、『酒呑』で姉妹水入らずの食事を楽しんでいる。笑顔で頷く愛子を前に、姉は遠い目をした。

「いいなあ。私も新婚当初は、愛子みたいに幸せだったのになあ…」

「お姉ちゃんたら、この前から一体どうしちゃったの?旦那さんと何かあった?」

愛子が心配して尋ねると、姉は暗い顔で、夫への愛情が最近冷めつつあるのだと答えた。

テレビ局の番組ディレクターとして、男たちに混ざって激務をこなす姉。そんな彼女が、仕事でくたくたに疲れて家に帰ると、ソファに転がりながらテレビを見て爆笑する旦那に、無性にイライラすることがあるという。

「相変わらず私の仕事はハードで、でもその分給料は付いてくる。だけど今の生活レベルを保つには、これからも一生私が働いて、このハードワークをこなし続けるかと思うと、時々気が遠くなるの。一方旦那は…」

自分はこうして必死で働いているというのに、年収は姉の半分程度で、かといって出世欲にも欠ける呑気な夫を見ているうちに、彼を敬う気持ちがすっかり無くなってしまったと言うのだ。

「お金で愛は買えないけど、お金は愛を繋ぎとめるものにはなりうるかもしれないね。いい歳して今更気がつくなんて、自分で自分が情けないわ」

そして姉は続けた。

「年収で結婚相手を選ぶ女のこと、昔は理解できなかったけれど、今となっては心から思う。そっちの方が、何倍も賢いわね」

悲しそうな瞳でため息をつく姉に、愛子はかける言葉が見つからなかった。


年収が下がっても転職するか否か。愛子の出した答えとは?


週末、愛子は掃除や洗濯に精を出していた。黙々とキッチンを磨きながら、転職の件について考える。週明けには返事をしなくてはならない。

-残業がほとんどない上に、業務内容も、英語を活かせることもすごく魅力的。…でも、年収200万ダウンか。

悶々と考えていた時、愛子はあることを思いついた。




―食費を少し切り詰めてみようか?いまは特に予算とか設けてないから、結構かかってるし…。思い切って私が夕食を担当してみようかしら?

いまのところ生活費はお互い全て折半しているのであるが、家賃の次にかかっているのは食費なのだ。

その日の夜、愛子は知樹に提案した。

「ねえ、トモくん。明日から、家事の担当、交代にしない?私が毎日の夕飯作るから、トモくんが週末のお掃除担当して」

知樹は怪訝な顔をしながらも、承諾してくれた。

「任せて。トモくんみたいにはうまく出来ないけど、こう見えて実家にいた頃はよく母の手伝いしてたんだから」

こうして愛子はさっそく翌日の夜から夕飯作りを担当することとなった。

―シンプルな和食でいいかな。でもおかず一品じゃ味気ないし…。よし、一汁三菜を目指そう。

しかし早速、一日目にして、愛子の決意は揺らぎ始めることとなった。

仕事で疲れ切った体に鞭を打ってスーパーマーケットに向かったが、予算内で材料を選びながら呆然とした。改めて見ると国産の牛肉は高いし、オーガニック野菜も値がはる。そもそも、輸入食材を多く取り扱うここのスーパーは物価が高いのだ。

今まで、牛肉も野菜も値段をさほど気にしないでカゴに入れてきたのに、なんだか心にビュービューと北風が吹きつけるようだ。

―食生活を切り詰めるのって…こんなにも荒んだ気持ちにさせられるのね…。

出来上がった食事も、決して不味くないのだが、普段知樹が作る豪華料理とは雲泥の差だった。

それでも知樹は、愛子が作った夕食を本当に幸福そうな顔で食べている。

―こんな笑顔が見られるなら頑張れるかも…?転職すれば、今よりもだいぶ残業は減るわけだし。その分、心に余裕が出来て、節約生活も楽しめるかもしれないよね…。

愛子は思い切って、知樹に切り出した。

「あのさ、私、転職するかも」

すると知樹は、驚いた顔をして箸を動かす手を止めた。

「えっ?どういうこと…?」

愛子が、翔太の紹介で、彼の姉と会ったことや具体的な仕事の内容を説明すると、知樹は少し険しい顔をして言った。

「ねえ…どうしてどんな大事なこと、今まで話してくれなかったの?」

「…え?」

愛子は驚いて知樹を見つめ返す。確かに、知樹に心配をかけまいとして、翔太や姉と会った日のことをそれまで「仕事関係の会食」としか伝えていなかった。

「転職って…そんな大事なこと、悩んでたなら相談してくれたら良かったのに。俺たち、家族になるんでしょ?」

「それはそうだけど…うじうじ悩んでる段階でトモくんに相談したって迷惑かけるだけじゃない?話し合うにしても、自分なりの考えをある程度まとめてから報告したほうが…」


知樹を怒らせてしまった愛子のもとに、御曹司・翔太が再び近づく


ところが知樹はぴしゃりと言った。

「愛子、俺たちはミーティングをしてるわけじゃない。ここは会社のチームじゃなくて、家庭なんだ。僕たちは家族になるんだよ」




知樹はご馳走様、と小さな声で言うと立ち上がり、食器を食洗機に手早くしまい込んでそのままベッドルームに行ってしまった。

実は、愛子が今まで転職のことを言い出せずにいたのは、年収のことを話しにくかったから。知樹が年収の差を気にするような器ではないとわかっていても、ずっと前からなんとなく年収について触れるのを避けてきた。

今まで一度だって、知樹と喧嘩をしたことはなかったのに。愛子はリビングに取り残されて、呆然と座り込むのだった。



愛子は一晩さんざん悩み抜いた末、転職の誘いを断ることを決めた。やっぱり生活レベルは下げたくない。だから仕事を頑張ろうと改めて心に誓ったのだ。

翔太の姉に電話して謝罪すると、彼女は残念そうに言った。

「そう、わかったわ。こちらも、条件面で希望を叶えてあげられなくて、本当に不甲斐ないわ。もしも数日中に気が変わったら遠慮なく連絡してちょうだいね」

「…はい。このたびは申し訳ありませんでした」

電話を切ったあとで、翔太にも報告して謝らなければいけないな、と思い早速メールを送ると、すぐに翔太から電話がかかってきた。

「愛子さん、今夜お時間いただけませんか?」

一瞬迷ったが、仕事で迷惑をかけたにも関わらず、とてもよくしてもらったことを思い出し、ここは直接会ってきちんと謝罪しておくのが筋だと思った。

知樹と喧嘩して険悪なままなのが気がかりだが、今日ちょうど知樹は、部署の新年会があると言っていた。

―藤原さんにも納得してもらって、この件はおしまいにしよう。そして帰ったら、トモくんにちゃんと謝ろう。

愛子は、翔太の待つ外苑前のフレンチ『オルグイユ』に向かった。

「愛子さん。転職の件、断ったって…。仕事内容に興味が持てませんでしたか?」

翔太に尋ねられ、愛子は言葉を選びながらゆっくりと説明する。

「いえ、それは違うんです。素晴らしいブランドの海外営業を任せてもらえると言っていただけて、本当に光栄でした。でもやっぱり私、今の会社でまだまだ頑張ろうって決めたんです。本当に申し訳ありません」

しかし翔太は、なかなか納得しない。

「姉から、条件面で合意に至らなかったと聞いています。年収の件がネックでしたか…?」

さらに続けて、ぼそぼそと呟くように言った。

「僕と結婚すれば、年収ダウンなんて気にしないで、愛子さんの好きな仕事が出来るのに。僕だったらあなたを苦労させないのに…」

「…えっ?」

翔太が急に妙なことを言い出すので、愛子は驚いて顔をあげた。

「僕、気がついてしまったんです。僕が以前に話した、結婚相手の条件。あの条件を全てクリアする人がひとりだけ、存在するってことに」

翔太の掲げた結婚相手の細かな条件を、愛子はひとつずつ思い返してみる。身長162cm以上、慶應卒、大企業の総合職…。はっとしたのとほぼ同時に、翔太がキッパリと言った。

「愛子さん。あなたですよ」

翔太は真剣な眼差しで、愛子をまっすぐ見つめていた。

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愛子と明日香の闘い、いよいよ開幕。