「2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮」で展示された貴重な名車をご紹介(輸入車編)

【ギャラリー】2017 Toyota Museum Classic Car Festival in Jingu 312


昨年11月25日(土)、明治神宮外苑聖徳記念絵画館(以下、神宮絵画館)にて『2017 トヨタ博物館 クラシックカー・フェスティバル in 神宮外苑』が開催された。このイベントは一般参加のクラシックカー102台が銀座中央通りをパレードランするほか、神宮絵画館のメイン会場では参加車両の展示、会場内コースでのデモ走行「クラシックカー・サーキット」などの多彩なプログラムを実施。今回は会場で展示された車両の中から、筆者の目に留まった輸入車を紹介して行く。

1928年型 ベントレー 6.5L

1926〜30年にかけて製造されたベントレーの高級車。白洲次郎がケンブリッジ大学留学中に所有していたことでも知られるベントレー3Lの姉妹車で、エンジンが3L直4から6.5L直6へと換装された以外はメカニズムに大きな変更はない。なお、同社をベースに高度なチューニングを施された「スピード6」も存在する。生産台数はスピード6を合わせて545台。国内ではクラシックカーイベントでもなかなかお目にかかれない稀少車だ。


1931年型 フォード モデルAフェートン

モデルTの後継モデルとして1927〜31年にかけて生産されたフォードの大衆車。20年代後半になるとライバル車の台頭もあってモデルTの売り上げは次第に落ち込みを見せたが、モデルTに固執するヘンリー・フォードの反対もあってモデルチェンジは先延ばしにされた。これに対して息子のエドセルは粘り強く父親を説得し、ついに次期モデル投入の許可を勝ち得たのだが、後継車の開発計画が存在しなかったため、モデルAの開発が完了するまでの数ヶ月間、フォード社は工場の操業を停止することになった。

満を持して登場したモデルAはギアシフト方式の3段トランスミッションや4輪ブレーキなどの当時としては最新のメカニズムを搭載していたが、それよりも大衆を魅了したのはエドセルの趣味が反映された当時のリンカーンを彷彿とさせる高級感溢れるスタイリングであったという。

27年という年は、リンドバーグの大西洋単独無着陸飛行、ミシシッピ州の大洪水とそれに伴う黒人の北部への大移動、ベーブルースのホームラン記録など、様々な事件が米国民を賑わせたが、中でもモデルAの登場は10大ニュースにランクされるほどのセンセーションを起こした。

モデルAは販売面で大成功を収めたが、一時的とは言えフォードの大衆車の生産自体が途絶したことは経営に深刻なダメージを与え、ついには米国における自動車販売首位の座をGMに譲り渡すこととなった(そして、今日までフォード社は万年2位の地位に甘んじている)。

なお、展示車両は戦前に稼働していたフォード横浜工場でラインオフした国産車。36年の自動車製造事業法によって操業停止に追い込まれるまで、右ハンドルのフォード車は日本国内でも普及していた。しかし、戦争中の軍への徴発と戦災によって多くが失われており、現存する日本製フォード車は大変珍しい。


1959年型 シボレー コルベット

GM初の本格的スポーツカーとなったシボレー コルベットC1。当初は最高出力150hpの3.8L直6OHVを搭載していたが、モアパワーを求める市場の声に応える形で55年から4.3L V8OHVがオプション設定された(翌55年から標準ユニットとなる)。その後もチューニングの度合いを高めて行き、当初200ps台前半だったパワーは最終的に300hpをオーバーした。

展示車両はマイナーチェンジ後の後期モデルでデュアルヘッドランプが外観上の特徴となっている。


1959年型 BMW 600

戦前に高級車路線を打ち出していたBMWであったが、大戦終結直後にはそのような需要があるはずもなく、イタリアのイソ社からライセンスを取得して製造したマイクロカーで糊口をしのいでいた。

イセッタと呼ばれるこの車輛はオートバイ用の0.25〜0.3L単気筒エンジンを搭載した前2輪・後1輪の2人乗り3輪車であった。そして、57年には車体を延長して通常の4輪レイアウトとした4人乗りモデルも登場した。これがBMW 600で、その名の通り心臓部はBMW R60用の水平対向2気筒エンジンに換装されている。

しかしながら、同社が登場した時期にはドイツ経済は復興期を脱し、国民の関心はマイクロカーからVWタイプ1のような小型車へと移っており、デビューから2年あまりで生産を終了している。


1966年型 VW タイプ2

「ワーゲンバス」の愛称で知られるVWが製造したフルキャブボディのワンボックスカー。展示車両は最初に作られたT1シリーズである。「Calマガジン」などの影響で日本でも90年代にブームとなり、米国西海岸を中心に世界各国からコンディションの良いタイプ2の中古車が並行輸入された。その後、欧州でもタイプ2ブームが起こり、最近ではかつて日本に輸入されたタイプ2が再び欧州へと里帰りするケースも多いと聞く。


1967年型 フィアット 500F

「ヌォーバ・チンクエチェント」と呼ばれるRRレイアウトを採用した2代目フィアット500。写真の車両は初期のD型のスーサイドドア(前開きドア)を後ろ開きドアへと改め、テールランプを大型化し、駆動系を強化したF型だ。このほかに上級グレードのL型、後継車両の126登場後にエントリーモデルとしてラインナップに残されたR型が存在する。

日本ではルパン三世の愛車として知られている。もともと71年にオンエアされたTVアニメ『ルパン三世』(1st)ではルパンの愛車はメルセデス・ベンツSSKとされていたのだが、作画監督の大塚康生氏とアニメーターの青木悠三氏以外に作画できるスタッフがおらず、現場からの要請で「より描きやすい車種」へと変更されることになった。そこで白羽の矢が当たったのが、当時大塚氏が愛用していたフィアット 500Fだったそうだ。


1968年型 DAF 44

66年にオランダの自動車メーカー・DAFが開発した小型乗用車。空冷水平対向2気筒エンジンを搭載し、トランスミッションは現在のCVTの先駆けとなった「バリオマチック」を搭載。後輪への動力伝達にはベルトドライブを用いるという、まるでスクーターのようなメカニズムを採用している。

日本には十数台が並行輸入されたようだが現存数は不明。いずれにしても大変珍しい車両であることは間違いない。筆者も今回のイベントで初めて実車を見た。


1968年型 アルファ ロメオ 1750ベルリーナ

直列6気筒エンジンを搭載する2000/2600系の後継車として1967年に誕生したアルファロメオのフラッグシップセダン。メカニズムはジュリアの拡大版であり、ホイールベースも延長されている。スタイリングはジュリア スーパーが自社によるものだったのに対し、こちらはベルトーネが手掛けた。72年にアルフェッタが登場するまでに約10万台のベルリーナが生産された。


1969年型 オペル 1900GT

アダム・オペル社が1968〜73年にかけて生産した2シーター・スポーツカー。シボレー コルベットに似たスタイリングと扱いやすい運転性が受けて、主にアメリカ市場で人気を博した。日本にも当時の正規代理店だった東邦モーターズの手で比較的多数が輸入された。米国には専門店もあり、比較的部品の入手性も良いようだ。


1973年型 VW カルマンギア TC

VWが製造したスポーティーカーのカルマンギア。だが、写真の車両はドイツ製ではなく、ブラジル法人のVW・ド・ブラジルで製造されたTCだ。

カルマンギアシリーズは1955年に登場したVWタイプ1をベースにした1200(タイプ14)と、66年に登場したタイプ3をベースにした1500と1600(タイプ34)が存在した。しかしながら、後発のタイプ34は市場で人気を掴むには至らず、タイプ14と並行生産されたあと69年に生産が中止されている(タイプ14は75年まで生産が継続された)。


こうした状況を踏まえてVW・ド・ブラジルでは、タイプ34の現地生産を行わず、タイプ14をベースに独自に開発したTCに生産を移行した。

ブラジル生産の独自モデルということもあり、日本国内ではなかなかお目にかかれない稀少車である。

By Ryu Yamazaki

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