スバルが独自に開発した「シンメトリカルAWD」(画像: SUBARUの発表資料より)

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 4WDは2015年のスバル世界販売の98%(OEM供給車を除く)を占め、まさに「スバルの代名詞」ともいえる4WD(4輪駆動)だが、実はこれが地方のディーラーのアイディアから生まれたものだったと知っているだろうか? クルママニアとして素晴らしい開発秘話と感心しきりなのだが、ユーザーのニーズを必死に叶えようとしたエピソードは、現在の自動車ディーラーにもぜひぜひ見習ってほしい行いだと思うのである。

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■雪深い地方でのニーズを叶える

 それは1970年のこと。提案したのは東北電力(つまりユーザー)で、電力設備の保守点検に使っていたジープタイプの4WD車に不満を持っていたからである。山間部で積雪時の送電線の点検、幌が被っているだけの車では風が入ってきて暖房は効かない。しかも車重が重く運転もしにくいし、燃費も悪い。そこで、宮城スバルに相談したのだった。いや、他の自動車メーカーにも相談したらしいが、全部断られた末のことだったという。

■自動車ディーラーが試作車を作る

 宮城スバルは、FF(前輪駆動)のスバル1000バンをベースにして、それを4WDに改造するためリアデフは日産ブルーバードのものを流用した。思いがけずギア比がぴったりだったという。実は、今でもスバル車ではこの面影が残っており、リヤデフは日産車用の部品が使われている。またプロペラシャフトを通す必要があったのだが、当然ベースがFF車のためスペースはなく、なんと室内を通している。苦労の跡が見える。

 こうして作られた試作車は8台。そのうち5台は東北電力、2台は長野県の白馬村役場と飯山農業協同組合へ、残りの1台は防衛庁に納車された。

■ディーラーからメーカーへ逆提案

 ということは、見事ユーザーのニーズを満たした車が作られたのであろう。その後、宮城スバルから提案されたスバル(当時富士重工)本体もすぐに設計・生産に着手した。1ディーラーの提案が製品化されたのだ。

 翌年1971年には、東京モーターショーでスバル1300Gバン4WDの試作車が出品され、これが現在の乗用4WD、そしてスバル・シンメトリカルAWDのルーツとなるのである。その後、世界初の4WDセダンとしてレオーネが誕生する。

 4WD車で世界でも不動のスバルとなった現在だが、こうした1ディーラーの執念で現在のスバルがあることはとても大きな意味がある。というか、商品はこうでなければならないだろう。ディーラーは、ユーザーの生の声を聴ける一番近い位置にいるはずだ。ユーザーが欲しているニーズをもっと真剣に受け止めるべきだろう。また、メーカー本体も、ディーラーからの真剣な要望は真摯に受け止めるべきだ。

 現在の新車検査・排ガスデータ不正の続くメーカーの姿勢、ディーラーのユーザーに対するごまかしは、スバルの致命傷にならないだろうか?商品力のある車を作っている現在だからこそ、考え直す最後のチャンスだろう。