NHK放送センター本部(「Wikipedia」より)

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 最高裁大法廷は12月6日、NHKの受信料制度を「合憲」とする初判断を示した。「偏った放送内容に不満がある」として受信契約を拒んでいた東京都内の60代男性を相手取り、NHKが契約締結や未払い分の支払いを求めて提訴していたものだ。男性は契約を強制するのは「契約の自由」を保障する憲法に違反すると主張していた。最高裁の判決はその主張を退け、放送法64条1項の「受信設備を設置した者は、NHKと受信についての契約をしなければならない」という規定を合憲だと認めた。

 今回の判決をどうみるか。上智大学の水島宏明教授はこう解説する。

「NHKの受信料制度というのは、これまではどちらかというと視聴者が自主的に収めるというかたちで長く運営されてきました。今回、最高裁の判断ということで、『NHKから言われたら、契約を結んですぐに払わなければいけない』ということが法律判断として確定した。そうなってくると、視聴者とNHKとの双方向の関係はかなりギクシャクしたものになるということが懸念されます。

 NHKの会長や幹部が経費を私的に流用するなど、これまで多くの事件がありましたが、その都度お詫びをしたり、あるいは視聴者のところに電話をしたり、受信料徴収員の方が釈明をしたりというようなことが、何度もあった。視聴者がNHKの方とのやりとりを通して、『自分たちが払う受信料で運営されているのだから、よりよい番組放送をしてほしい』というようなコミュニケーションがあったと思います。

 今回の最高裁判決で、法的に厳密な意味では違いますが、要するに受信料は税金と同じなんですと、個々の内容について気に入らないことがあっても、これは払うのが義務なんだいうことになると、NHKの側もより居丈高になるという懸念があります。視聴者の側としては、『自分が見て、あまりいい放送ではないというようなものばかりだったら払わない』という抵抗の手段がなくなってしまいます。決まっているんだからしょうがない、口も出せないですね、という、かなりドライな関係になってしまうのではないでしょうか」

 また、立教大学の服部孝章名誉教授はこう語る。

「今回の判決には、きちんとした受信料の将来像を展望しなかったという点で、そうとう大きな不満があります。NHK自身、国会、総務省も、社会全体に受信料の意味を理解させようとせず、曖昧なままずっとやってきたということがあると思います。本来は三者が努力しなければいけないところを、最高裁に頼って解決しようとしたこと自体に問題がある。まだ払っていない人がいたり、契約してない人がいたら、それぞれ裁判を起こさなければいけないわけですよ。そういう意味では、解決したわけではない。さらにいえば、契約が合憲だという割には、根拠が薄いと思います。大法廷で審理したわけですから、もう少し丁寧に説明してほしかった。

 それからもうひとつ、最高裁の判事のなかでいろんな議論があってもよかったのに、全員一致ではないにしても、ほとんど意見が割れなかったわけですね。いくつか補足意見や少数意見が入ったりしていますが、大法廷での議論としてはおかしいと思います。

 インターネットなどの新しい技術があるなかで、将来、受信料を徴収する条件を広げようという動きがありますが、それ以前にテレビがあれば払わなければいけないような状況になってきたときに、テレビがあってもNHKを見ないという若い人が多いわけですよね。『見ない人にも払え』という問題をどうするのか。これから受信料を払わなければいけないような人たちが、納得できる判断であったのかというと、そうはいえないでしょう」

●安倍政権へ肩入れ

 最高裁大法廷は受信料制度について、「憲法の保障する国民の知る権利を実質的に充足する合理的な仕組み」と指摘した。はたしてNHKは「知る権利」に値する、公平中立な報道をしているといえるのだろうか。

「放送法4条では、NHKに限らず、放送機関は公平な放送をしなければならないと書かれています。しかし、公平中立というのは、立場によっても見方は違ってくるわけです。たとえば私から見ると、ここ数年の国政選挙に関するNHKの放送を見ると、明らかに今の政権に対する肩入れといわれても仕方がない報道をしていると見受けられます。先の総選挙においては、投票前日夜に放送された『衆院選特集 党首奮戦〜密着12日間の熱戦〜』で各党首の遊説風景などを中心に放送していましたが、政権与党である自民党に一番長い時間を使って、安倍晋三首相が喋る場面も長かった。

 特に問題なのは、内閣総理大臣としての安倍さんと、自民党総裁としての安倍さんというのを、きちんと区別していないという点です。選挙の前に辞任した稲田朋美前防衛大臣が都議選の時に、自民党候補を応援する集会での演説で、『防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい』と発言して問題になりましたが、これはやってはいけないことなわけです。あくまでも一議員であるとか自民党の幹部としてなら『お願いします』と言っていいですが、大臣というのは政府の役職ですから、特定の政党を応援していいということになりません。もし仮に、安倍さんが『内閣総理大臣として自民党に入れてください』と言ったら、それはもう大問題になるわけです。

 民放は、そのあたりをきちんと峻別しています。たとえば2016年の参議院選挙のとき、自民党がつくったCMには、安倍さんがサミットで各国首脳たちとランチしている画像や、オバマ前米大統領と一緒に広島に行った画像が入っていたのですが、それは総理大臣としての仕事の場面なので、民放各局の考査担当者が『これは放送できない』としてその画像は外されたのです。総理大臣としての仕事と、党のトップとしての仕事というのは分けないとおかしくなるわけです。

 だけどNHKの『衆院選特集〜』では、そうした峻別ができていなかった。選挙公示日の朝の安倍さんが首相公邸で官邸スタッフと打ち合わせをしている様子が映されたのです。話題は、北朝鮮のミサイル発射のときにどう防衛するかということで、防衛官僚と思われる人物が『パトリオットミサイルの配備など、ちゃんと対応しています』という説明をして、安倍さんが『これはどうなの?』などといろいろ聞いている映像です。これはまさに総理大臣としての業務です。これを投票の後、開票特番のなかで放送するのは問題ないですが、投票日前日に放送してしまうというのは、やはり報道の倫理からかなりズレているといわざるをえません。そういったいろいろな部分の不自然さが、このところ目立っています」(水島教授)

 また、服部名誉教授もこう警鐘を鳴らす。

「NHKの籾井勝人前会長が『政府が右と言うことを、左と言うわけにはいかない』と言ったことに象徴されます。今年の終戦記念日前後には、戦争を考えさせるドキュメンタリーなどを放送していましたが、全体としては自民党・安倍政権との距離を考えた場合に、民放のニュースと比べても、かなり距離が近い。NHKは受信料を徴収しているから、国会で決算の承認を得なくてはならず、さらには政権政党との関係で経営委員会のメンバーなどをきっぱりとしたかたちで選べないという問題が、いつも起きています」

●公共放送としてのあるべき姿

 では、海外における公共放送は、どうなっているのだろうか。

「イギリスにはBBCがあり、視聴家庭から強制的にテレビ・ライセンス料を徴収しています。ただ、放送の内容について、立場によっては批判する人もいますが、すごく政権にべったりな報道をしているとか、あるいは反政府的な報道をしているということで批判を強く受けることはあまりありません。『イギリスのBBC』という感じではなくて、『世界のBBC』という共通理解をどこの国でもされていて、イギリスに関わる戦争取材などでも、イラク戦争のときでも、イギリス軍に従軍取材する記者のレポートも入りますが、攻撃される側のレポートも入るのでバランスが取れているのです。BBCの放送はフェアだし、国民の知る権利に応えるジャーナリズムだと理解されています。受信料の徴収を強制する一方で、ちゃんとそれに応えるような放送内容であろうと努力しています。

 ドイツでは、それぞれ州によって公共放送の局が違いますが、イギリス以上に視聴者が参加できる番組があります。パブリックアクセスといって、誰もが放送というものに関与するという考え方が非常に強い。障がい者団体がどうしても公共放送で放送したいことがあるときに、公共放送の枠を使って放送にアクセスできるような仕組みができているんです。どうしても放送というのは、送り手のほうから受け手のほうに一方的に流されやすいですが、受け手の側も参加できるということをどんどん考えていかなきゃいけない。それがある程度確保されてこそ、公共性のある放送といえる。

 日本のNHKはそういう状態にはなっていないでしょう。どうしてもNHKというと、最近柔らかくなったといっても、偉そうであったり押しつけ的だったりというイメージを一般の視聴者は持っている。『自分たちが参加できるんだ』『自分たちがつくれるんだ』『自分たちが意見を言ったら、聞いてもらえるんだ』という関係性が必要だと思います。そこが遮断されたままで、『払わない人からは強制的に取り立てます』と言われても違和感があるのではないでしょうか」(水島教授)

●受信料という曖昧な存在

 放送法ができたのは、放送局がNHKしかなかった時代だ。しかし今、民法がありBS、ケーブルテレビ、インターネット放送がある。あるいはテレビ受像機であっても、DVDなどのビデオ再生機としてしか使っていないという人も多い。NHKでは得られない情報をほかから得ているという場合も多く、「知る権利」の確保のために受信料制度が必要だというのは、きわめて説得力の弱い論理だ。

「電気やガス、水道の使用料みたいに、何時間見たからいくら取るということだって、デジタルになっているわけだから、できないことではない。受信料制度はNHKを支えていくための制度ですが、『なぜ払うのか?』という社会的な合意があるわけではなく、『隣の家も払ってるから、うちも払う』というようになっている。そういうアバウトなかたちで、年間7000億円近い金を集めるというのは、すごいことですよ。

 NHKの受信料というものが、曖昧な存在のままで今まできた。最高裁の判決は、それをきちんと論理立てたということではなくて、すごく脆弱です。合憲だというのであれば、もっと根拠を示していかないといけない。今回の判決をもとにして、払う人が増えるということにはならないなと感じます。日本社会における“ゆるやかな縛り”が今回の判断にも出たのかなと思います」(服部名誉教授)

 NHK受信料制度への疑問を改めて強めてしまった、最高裁判決だったといえるのではないか。
(文=深笛義也/ライター)