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もくじ

ー コスモ誕生 そのとき
ー コスモ、乗ってみると?
ー コスモとRX-8 共通項
ー RX-3からの「ロータリー信仰」
ー RX-7とポルシェ924
ー 速さではないRX-7の魅力
ー 「特別な」3代目RX-7
ー ロータリー復活なるか

コスモ誕生 そのとき

租税優遇措置に端を発し、こんにちまで続いている技術的伝承はおそらくそんなに多くはない。しかし、これがロータリー・エンジンに対するマツダのひたむきな執念の源なのだ。

フェリックス・ヴァンケルの話は、ここ英国では多くのひとが知っている。彼の「不幸な」(と言ってしまおう)政治的背景と、往復運動するピストンの代わりに回転するローターを持ったエンジンの開発の話だ。

このエンジンはNSUがヴァンケル・スパイダーに積んで最初に製品化した(一説によると、NSUより前にスコダが1000Bベースのプロトタイプに搭載していたらしい)。

そこへ、ロータリー技術のライセンスを求めてマツダがやってきた。

風変わりな技術への興味から? おそらく。

伸び盛りのホンダに対抗する手段を探しに?それもある。

しかし税金の問題も大きい。ロータリー・エンジンは同サイズの従来型エンジンに比べ、はるかに高出力であることにマツダは気づいていた。当時の日本の税制では1000cc以下のクルマは免税だったのだ。

こうした理由でコスモ(国によっては110Sのバッジが付く)は誕生した。世界的な宇宙時代ブームから名づけられたらしい。

クルマのスタイリングには明らかにアルファ・ロメオからの影響がみられる。特にフロントのデザイン。奥に引っ込んだヘッドライトと低いノーズは、日本のフィルターを通したアルファ・デュエットそのままだ。後ろに回るとアメリカン・スタイル風でもある。四角いルーフラインなど1966年のフォード・サンダーバードによく似ている。

マツダはこのエンジンがNSUと同じ問題を抱えていることを理解していた。ローターが燃焼室の内壁をひっかいてしまい、先端部が摩耗するのだ。

伝えられるところによれば、エンジニアたちはローター・エッジのシールとして考え得る限りの素材 -動物の骨まで- を試したらしい。

チーフ・エンジニアの山本健一はチームのメンバーに「今後は、寝ても覚めても四六時中ロータリー・エンジンのことを考えてほしい」と頼み込んだ。

そしてついに、シールにアルミニウムとカーボンコンポジットの合金を使用し、同時にローター先端部の形状を変更することにより、エンジンは完成した。

コスモ、乗ってみると?

それから50年が経ったが、今でもこのクルマは動く。オリジナルの1968年製コスモ110S(シリーズ2のクルマで、ツインローターの982ccエンジンから130psを発生し、ホイールベースは38cm長くなっている)は、英国に現存する数少ない走行可能なクルマの1台である。

低くて繊細。美しいナルディのウッド・ステアリングの前に座るとため息が出そうになる。どうやっても頭は屋根のライニングに当たってしまうが。外観同様、インテリアもとてもイタリア的だ。

垂直のダッシュは黒地に白の文字盤で埋まり、ロッカー・スイッチとトグル・スイッチは所狭しと並び、助手席の右ひざの上には調整可能な可愛らしいマップ・ライトまでついている。

半世紀前のコスモは発進を渋るが、いったん走り出せば、良きヴァンケルらしくエンジンはぞっとするほど滑らかだ。またパワーも130psあるので、現代のどんなリッターカーよりも速い。

4速のギアボックスはちょっとあいまいで、時々3速をしっかり探す必要があるが、いったん走り出してしまえば、この排気量のクルマとしてはまことに驚くべきパフォーマンスを持っている。

車重も1トンを切るので、ロータリーの大きな欠点であるトルク不足も問題にならない。現代のクルマの流れについていくのも訳ないことだ。1960年代のブレーキと重くてスローなステアリングに目をつぶりさえすれば。

次は40年の月日をすっ飛ばして、ロータリー誕生50周年を祝う英国マツダが用意してくれたもう一台の白いクルマに移ろう。2007年のRX-8だ。

コスモとRX-8 共通項

このクルマは40周年記念のスペシャル・エディションなので、標準モデルに比べてギミックがいくつか追加されシートもよくなっているが、ボンネットの下にはコスモと結びつけるものが息づいている。

40年間の努力により110Sとは隔世の感のあるRX-8だが、その1.3ℓロータリーはコスモの2倍のパワー(正確には220ps)があるにもかかわらず、オリジナルの10Aユニットのまさに直系という感じがする。

パワーは常に回転に比例してリニアに高まり、同様にスムースで振動もない。通常燃焼のエンジンからはさらに離れた感覚で、むしろタービンのようだと言ったら変だろうか。

もちろん、RX-8はツーシーターのコスモに比べればずっと実用的であり(リア・スペースは使えるし、観音開きのリア・ドアがあるので一層実用的だ)、たぶん日常の足として使うこともできるだろう。10.6km/ℓいくことがあれば満足だと思えるのであれば。

走りも見事だ。しっかりとしたステアリングは適度な重さで、サセックスのグッドウッド・レース場周辺のでこぼこした道でも乗り心地は快適だ。

RX-8は雨の中ではちょっと横を向きたがる -おそらく2000年代中頃のMX-5の下回りを引き継いでいる結果だろう- が、今日連れてきているクルマの中では、NAのロータリーエンジンを搭載したこの4ドア・クーペがもっとも賢い選択である。

特に小さなRX-3と比べると。

RX-3からの「ロータリー信仰」

マツダ・ルーチェ・クーペ(コスモの後継車)に続くRX-3は、グラン・ファミリア(トヨタ・カローラのライバルであり、マツダ323ハッチバックにつながるクルマ)をベースとしている。

一部ではサバンナ・クーペとして知られるRX-3は、ファミリアの穏やかな形をちょっと筋肉質にしたクルマだ。実際、この青緑色の2ドアはセビルを小さくしたような感じのマッスルカーだ。

しかし、今日のクルマは中身が標準車とは全然違う。エンジンは後のRX-7の12Aで、ギアボックスも同じくRX-7の5速を使っている。ホイールとタイヤも通常より明らかにロー・プロファイルだ。

マツダのヒストリックカーの整備をしているジョタ・スポーツ(ル・マンとWECのレーシング・チーム)は、それらを取り外し、標準のスペックに戻すという約束だったのだが、そのままのほうが断然面白いと判断したのだ。

その通り。当時のマツダはRX-3でサーキットを席巻した(1968年にニュルブルクリングのマラソン・デ・ラ・ルートにコスモで単独出場したのに続いて。すべてベルギー人のクルーで結果は4位)。富士500で優勝し、ニッサン・スカイラインとの数々の熾烈な戦いを制した。特にオーストラリアで。このRX-3の活躍は、オーストラリアで今日まで続くマツダ・ロータリー信仰を生み出した。

理論上は、このクルマのパワーは最初期のコスモと同じだが、とてもそうとは思えない。非常に研ぎ澄まされており、大口径のエグゾーストから唸り声をあげることもない。少なくともパワーが少し衰え始める(ロータリーとしては不思議なことだ)5000rpmまでは適度にクイックだ。

しかしかまうことはない。その時には興奮で耳も聞こえず、目もまわっているだろうから。サセックス郊外でこの小さなクーペと格闘することはちょっとした挑戦だ。

まっすぐ進む巡洋艦ようにステアリングはデッドだし、慎重なペダルワークを要求するブレーキは、思い通りに止まりたいならお祈りするしかない。では、つまらないかって? とんでもない! エンジンの歌声、エグゾーストから覗く炎、不安定一歩手前のテール・ハッピーな感じがたまらない。さらに、カッコもイケてる。パッとしない60年代とは打って変わった70年代のミニ・ミー・スタイルだ。

しかし、今日の主役はこのクルマではない。主役を獲得したのは初代RX-7である。

RX-7とポルシェ924

1978年に前田又三郎がデザインしたRX-7は、シャープなノーズ、リトラクタブル・ヘッドライト、包み込むような大きなガラスのテールゲートにポルシェ924の影響がはっきりと現れている(息子の育男は後にRX-8をデザインすることになる。血は争えないものだ)。ポルシェほど大きくはないが。

ふたたび、日本の税制のおかげで -狭い車幅はそのまま、エンジンは1.5ℓ以下(ツイン・チャンバーの12Aの排気量はたったの1146cc)- このスポーツ・クーペは価格的にも有利だった。

しかし、今日のクルマには本当に驚いた。パフォーマンスやルックス(ともに十分素晴らしいが)のせいではなく、ショールームに保管された状態そのままだったからだ。

C391 USSは1985年に閉店したスコットランドにあるマツダのショールームに展示されていた。そのディーラーさんはRX-7が好きだったので、除却せずに車庫に入れてメンテナンスを行い、エンジン・コンディションを保つため年に1回、短時間走らせていたのだ。

そのため、マツダがこのクルマを入手した時にはオドメーターはたったの80kmだった。1985年当時の新車の香りのするグレー・クロスのドライバー・シートに身を沈めてみる。オドメーターはようやく300kmを過ぎたところだ。お値段? マツダは言わないが、当然、数台の初代RX-7から部品の交換が行われているし、中には日本のマツダから直接取り寄せるしかない部品もある。

わたしが十代になる前に製作され、以来ほとんど走っていないクルマを運転するのは、幻覚を見ているような気分だ。リストアもされておらず、全面的なリフレッシュもしていないのに、まだ新車のような感じだ。

速さではないRX-7の魅力

110Sや後のRX-8と同様、RX-7も特別速いとは感じさせないが(パワーはシリーズ1コスモと同様110psだ)、スポーツカーを楽しむのに馬鹿力は必要なかった時代のクルマなのだ。RX-7には他のクルマにはない繊細さとバランスが備わっている。

適度な重さのアシストなしのステアリングからは喜びに満ちた感覚が伝わってくる。運転すれば1980年代には日本車にしかなかった精度と品質の高さが感じられる。

かっこいいリトラクタブル・ライトの間を見据えれば、気分はまるでクロス・カントリー。現代のクルマについていくのも簡単だ。正直に言えば一日中でも運転したかったのだが、このような歴史と由来を持つクルマを無駄に走らせていいのかという良心の呵責に耐えきれなかったのだ。

マツダが本当のスポーツカー・メーカーになったのは、1980年代後半の初代MX-5の登場からだと考えがちだが、このRX-7は、その10年も前に、広島を本拠地とする会社がロータスのようなシャーシー・バランスを実現していたことを証明している。

初代を楽しんだ後は、ポルシェ944をまねてデザインがよりアグレッシブになり、リア・サスペンションにパッシブ・ステア機能が付いた2代目はどうなのか、較べてみたいところだが、今日はこれを飛ばして3代目に急ごう。

「特別な」3代目RX-7

1980年代後半から90年代前半にかけて、日本でハイ・パフォーマンス・クーペが大量発生した時代に、ロータリーの炎を絶やさなかったクルマだ。

ホンダはNSX用のチタン製コンロッドの開発に忙しく、ミツビシは3000GT(GTO)にスーパー・コンピューターと四輪操舵を追加中で、トヨタはリア・ウイングにもなるドアをスープラに取り付けようとしていた。

そのときマツダは、これまで以上にスポーティーなロータリー車の開発を続けていたのだ。

3代目のRX-7は、新型となる1.3ℓの13B REWエンジンにターボの助けを借りて、より大きなパワー(8000rpmまで回って236psを発生する)を実現するとともに、低回転でのトルク不足という古くからのロータリーの問題を解決した。標準仕様の赤いRX-7は英国マツダ広報のデモカーで、今日の試乗にはぴったりだ。

パフォーマンスは力強く、ステアリングは今日のクルマの中で一番だ。パワステだが、オリジナルのRX-7の繊細さを感じさせる。ボディは収縮ラップをかけたみたいだが、低いノーズの向きを変えるステアリングは高い正確性と驚くべきフィールを兼ね備えている。

嬉しいことに3代目のRX-7は現代のポルシェと比較されたが(当時AUTOCARのテストでは標準仕様の968を破っている)、英国ではあまり売れなかった。90年代初期の景気後退とロータリー・エンジンの燃費の悪さから顧客に敬遠され、1992年から2002年までの間に欧州全体で1152台が売れただけだった。並行輸入されたクルマもあったようだが。

もう一台の、われわれの青い3代目RX-7には、クルマのあちこちに手が加えられている。これは滅多にお目にかかれないバサースト・スペシャル・エディションで、実はそのほとんどがマツダ純正のキットなのだ。

販売が終わろうとしていた頃に、オーストラリアのモータースポーツでの成功を祝して500台限定で製作されたクルマで、RX-7の掉尾を飾ったモデルだ。ブースト圧を高めて280psに達した最高出力は、0-100km/hを4.5秒に短縮した。

ただし、シーケンシャル・ターボによる出力特性は普通のロータリー・エンジンとはちょっと違う。低回転では、アクセル次第で小型タービンが豊富なトルクを供給するが、4000rpmになるとまるでホンダVTECのように大きなタービンに切り替わる。

乗った感じはどうだろう?

ロータリー復活なるか

アクセルを踏んでみると、あたかも遅れを取り戻そうとする貨車に追突されたような感じだ。8000rpmのレッドラインが近づくにつれて高まるエンジン音を遠くに聞きながら、ギアをしっかり保持しているだけでいい。脈拍を高めるには、現代でもこれが最良の方法なのだ。最新のポルシェ911でも、このRX-7をバック・ミラーに留めておくのは簡単ではないだろう。

ここで、わたしはマツダのロータリー・エンジン開発の努力に対して好意的過ぎると認めなければならない。10代のころ、部屋の壁には3代目RX-7のポスターが貼ってあった。RX-8は最近10年で最も運転が楽しかったクルマの1台だ。

でも、わたしだけではないようだ。ジョタ・スポーツ(クルマの整備を担当する会社)のサム・ヒグネットが指摘するように、現代のモータースポーツのメカニックにも、これらの風変わりなクーペが好きな連中は多いらしい。

「面白いし、すごいクルマだね。本当に楽しめるし、つい本気になるよね。LMP2クラスのクルマならDIYもできるし、一度しっかりしたクルマを作ってしまえば、あとはルーティーンのようなもの。こいつには問題がつきものだが、問題解決に挑戦するのは大好きなのさ」

マツダが初めてロータリー・エンジンを搭載したクルマを作ってから50年。新しいクルマが現れるのはもう少し先だろう。それも、ロータリー・エンジンが主役のクルマではなく、シングル・チャンバーの小型ロータリーをレンジ・エクステンダーに使った電気自動車だろう。

でもわたしは、マツダがロータリー・エンジンに帰ってきてくれないかと切に願う。