地価の高い都心部で建設ラッシュが続くタワーマンション。日本での人気は高いが、海外では今ひとつだという。その理由とは。住宅ジャーナリストの榊淳司氏が見えにくいタワマンの危険に警鐘を鳴らす。(出典:文藝春秋オピニオン 2018年の論点100

タワマンは成功の証? 

 旧約聖書によると人間はその昔、天に届くほどの塔(タワー)をつくろうとして神の怒りを買い、罰として、元々ひとつであった言葉を乱されたとか。多くの日本人が英語その他の外国語の習得に苦労しなければならないのは、バベルの塔の報(むく)いなのか。

 だがどうやら、日本人は彼らの子孫ではなさそうだ。なぜなら、多くの日本人はタワーマンションが大好きだからだ。タワーマンションに住むことが成功の証(あかし)であるかのような、いびつとしか思えない価値観すら浸透している。


タワマンにも睥睨する万能感があるのか ©iStock.com

 これは日本に住んでいると当たり前のように思えるが、ヨーロッパから見るとかなり変わっている。

 例えば、イギリスのチャールズ皇太子は超高層の建築物が大嫌いらしい。また、そのことを公言してはばからない。多くのイギリス人は、そんな皇太子の発言を抵抗なく受け容れているという。

 2017年6月、ロンドンで起こったタワーマンション火災は日本でも大きく報道された。私のところにも「ああいうことは日本でも起こるのか?」とメディアから多くの取材があった。

 しかし、あのタワーマンションが低所得者向けの公営住宅であった、という事実を素通りしてしまった人がほとんどではないか。イギリスでは日本でいうところのタワーマンションのような住宅に、富裕層は住まない。

 実のところ、ヨーロッパではタワーマンションどころか高層住宅さえ珍しい。国によっては、その建設さえ法律で禁止している。少なくとも、小さな子どもを育てている家庭にふさわしい住まいだとは思われていない。彼らは、高層階に住むことは人間の健康によろしくない、という共通認識を持っているようだ。

トランプタワーの言われようは…

 アメリカの大都市には高層住宅がたくさんある。日本人によく知られているのは、ニューヨークのトランプタワーだ。トランプ大統領はワシントンDCのホワイトハウスよりもトランプタワーの方がお気に入りらしい。そして、アメリカ人の知識層の多くは、そんな自分たちの大統領を成金趣味だと思っている。


大統領誕生のおかげで警備が厳しくなったトランプタワー ©iStock.com

 ハリウッド映画では、小さな子どもを育てている家庭はたいていが郊外の木造一戸建てに住んでいる。タワーマンションに住んでいる設定を見たことがない。

同じタワマンで生まれる差別とは


建物内カーストの心理とは ©杉山拓也/文藝春秋

 翻って、この日本。タワーマンションのできるだけ高い階に住むことがステイタスになっている。

 2016年に『砂の塔』というテレビドラマがあった。高層階の住人が低層階居住者を露骨に蔑む場面が話題を呼んだ。高層階から降りてくるエレベーターに、低層階から乗り込むことに心理的負担を感じる人も多いらしい。中には、低層階から中層階、そして高層階へと買い替えを繰り返してコンプレックスを克服している人もいる。

 日本は人口が多い割には住宅を建設するのにふさわしい平らな土地が少ない。だから、限られた面積でも多くの住宅が造れるタワーマンションという住形態は、ある程度は必要悪として認められるべきだと思う。

 一般的に「タワーマンション」と呼ばれる超高層の集合住宅は20階以上。日本では1970年代に初めて登場する。1997年に規制緩和の一環として容積率の上限を600%とする「高層住居誘導地区」が設けられたのと、廊下や階段を容積率の適用から除外する建築基準法の改正が行われて以降、爆発的に増加した。

地震がきたら? 高層住宅の危険いろいろ

 しかし、そろそろいいのではないか。日本全体で住宅の空家率は13・5%にもなっている。東京ですらおよそ10軒に1軒が空家だ。今後、タワーマンションを1棟も造らなくても、住宅不足で困ることはないのだ。

 健康面での問題も懸念される。約20年前に行われた調査で、高層階に居住している妊婦ほど流産率が高い、ということが判明した。当時の厚生省の依頼で行われていたその調査は、それ以降まったく行われていない。

 カナダの医師会誌では、心停止となって救急車で運ばれた人の内、25階以上に居住していた人の生還率は0%だということが報告されていた。救急隊のストレッチャーが入るエレベーターが限られる上、階層や廊下を移動するのに時間がかかるからだろうか。秒を争う救急患者を運び出すには、タワーマンションは最悪の住まいかもしれない。


311の地震では東京近郊の千葉沿岸部で液状化など被害が出た ©共闘通信社

 また、タワーマンションに限らず高層住宅は地震に弱い。建築物としての耐震性を問題にしているわけではない。高層住宅というのは電力が供給されないと、ただのコンクリートの箱でしかない。

 東日本大震災の時に、多くの被災地では電力の供給が途絶えた。電気が来ないのでエレベーターが使えず、ポンプが動かないので水道も出なくなったある8階建てマンションでは、居住者の多くが高齢者だった。彼らは敷地内にテントを張って、お互いに励まし合って電力供給が再開されるまでの数日を過ごしたという。

 もしも数百世帯が住むタワーマンションで電力の供給が止まったら、いったいどのようなことになるのだろう。

 今のタワーマンション人気は、その多くが幻想に支えられている。中でも「資産価値が高い」という幻想は最も危険だ。限られた敷地に多くの住戸が造られたタワーマンションは、1戸当たりの床面積が狭い。また、戸数が多いため、土地の持分は小さくなる。不動産の価値の源泉は「土地の価格」であることを忘れてはいけない。どんな頑丈な建物でもいつかは朽ち果てて使えなくなるのだ。

 にもかかわらず、タワーマンションの新築分譲価格や中古の流通価格は周辺の通常型マンションよりも高い。これは低金利と幻想に支えられた不自然な価格形成だ。いつか日本人がこの不自然さに気付いた時、タワーマンションの資産価値は(もろ)くも崩壊するだろう。

(榊 淳司)