作曲家・鈴木キサブロー氏

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 日本音楽著作権協会(JASRAC)が2018年1月より音楽教室などで楽曲を使用する際にも著作権料を徴収するとの方針を打ち出し、各方面で物議を醸している。

 ヤマハ音楽振興会などがつくる「音楽教育を守る会」は、音楽教室で著作権料が徴収されると、曲の選択に影響が生じ、学習者が幅広いジャンルの音楽に接する機会の減少につながるとして反発し、署名活動を行い文化庁長官の裁定を申請していたのを受け、来年1月からとしていた徴収開始は先送りされることとなった。

 この著作権の問題は、JASRACvs.音楽教室といった対立構造のように報道されているが、もっとも尊重されなければいけないのは、曲のつくり手である作曲家や作詞家の意見ではないだろうか。

 そこで、昭和から現在まで多くの名曲を生み出し続ける作曲家・鈴木キサブロー氏に作曲家としての軌跡と著作権への見解を聞いた。

●作曲家として

 19歳で青森県弘前から上京した鈴木氏は、ミュージシャンを志しブルースロックバンドのギタリストとしてスタートした。21歳のときには「プロギタリスト」として認められ、布施明や中村雅俊のバックバンドで演奏をするなど順調にミュージシャンとしての道を歩んでいた。しかしある日、ギタリスト・高中正義との出会いに衝撃を受けた。あるスタジオで高中とセッションをした鈴木氏は「スタジオミュージシャンとして売れていた高中の演奏はすごくうまくて、センセーショナルだった。かなわないなって思ってね。振り返れば、それがいい転機になったと思う」と話す。

 鈴木氏は、ギタリスト時代に多くのミュージシャンのバックバンドをしたことが栄養になったという。布施明のバックバンドをしてシャンソンの面白さを知り、歌謡曲の良さに気付いた。作曲家・鈴木氏の師匠は、『襟裳岬』の作曲で有名な岡本おさみ氏だ。

「最初の頃は、作曲してもポップスとは縁がなかった。それが、沢田研二が少しスランプの時に、新人作家を使ってみようってことになって僕に話が来たんだけど、それが話題になった。それからアイドルの作曲をするようになったんだけど、本当はアイドルの女の子の気持ちを理解するのは難しいから、大人の曲をつくるのが好きなんだ」(鈴木氏)

 当時アイドルだった中森明菜や小泉今日子から、高橋真梨子、中村雅俊、徳永英明など大人の曲まで偉大な作品ばかりである。そして現在もなお素晴らしい曲を生み出す鈴木氏は、天才と呼ぶ以外に的確な表現はないだろう。最近では2012年に作詞家・売野雅勇氏と鈴木氏のコンビによって生み出した『聖なる人』をロシア人ユニットMaxLuxが歌いヒットしたが、まさに名曲である。

●音楽教室からの著作権料徴収には難色

 一連のJASRACの著作権騒動について聞くと、最初に意外な答えが返ってきた。

「僕は職業作家だからね。著作権で守ってもらえないと大変だよね」(同)

 自らを「職業作家」と称するところが鈴木氏ならではのウィットに富んだユーモアだと感じた。鈴木氏の作品を思い浮かべると時代を引っ張った名曲ばかりであり、決して職業作家ではなくアーティストだと確信するのは筆者だけではないだろう。とはいえ、作曲家としての立場で言えば「著作権によって守られるべき」というのは当然の意見だ。

 また、鈴木氏が日本の著作権に対する認識の甘さも指摘した。

「いま日本でいう著作権はアメリカに倣ったものだから、日本にとって合わない部分もあると思う。日本では著作権の整備は遅れていて、認識され始めたのはこの30〜40年くらいじゃないかな。かつて、著作権なんかお構いなしにバンバン使っていたから大変。戦後にアメリカの曲をレコードやラジオで使用していたことについて、アメリカ側から著作権料を求める動きが起きて争ったりしているけれど、そんなのはバカげていると思う」(同)

 音楽教室等の著作権のあり方についても、独自の見解を示す。

「音楽教室で子どもが聞いて音楽を知っていくことは大切だし、作曲家にとってもつくった曲を多くの人が聞いてくれるのはありがたいこと。著作権料といってもひとまとめにせず、分けるべきなんじゃないかな。子どもの教育に使用する場合ならもう少しフレキシブルでもいいのではないかと思う」(同)

 音楽教室への著作権料の徴収が先送りになったことで、まだまだ論争は激しくなりそうだが、当面は音楽を学ぶ子供たちへの影響は避けられそうだ。個人のSNSや動画サイトへの投稿も盛んな昨今である。著作権についての再認識が必要なのかもしれない。

 18年2月には、鈴木氏による小林旭の新曲が発売される予定だ。19年には、平成から新しい時代となる。時代を紡ぐ鈴木氏の名曲を聞くのが楽しみである。
(文=道明寺美清/ライター)