子どもを授かった親なら、その幸せを願うもの。でももし愛する我が子が生まれたときの性とは異なる性を望んだら?

「子どもをありのまま受け入れたい」と決意したアマンダ・シャノン・ヴェレンジャさんの告白を<Redbook>からご紹介。LGBTについての認識が広まりつつある中、育ちゆく我が子について母親としての気持ちを素直に語っています。

※以下アマンダさんの独白形式でお届けします。

ある親戚は、「あの子に女の子みたいな格好をさせるのは止めなさい。男の子なのよ」と言いました。

今週の初め頃(9月後半)、私は18カ月になる息子オスカーの、たわいない、無邪気な写真(と私は思いました)を<Facebook>に投稿しました。赤と白のボーダーのつなぎを着て、いとこのクレアのパール・ヘアバンドをしている写真です。キャプションにはこう書きました。「いとこに"頭につけて"と言われたら、そうして、ポーズをとるものだ」

投稿したときを振り返ると、私には子供に対する愛おしさしかなかったと思います。ところが、私は激怒されました。ある親戚は、「あの子に女の子みたいな格好をさせるのは止めなさい。男の子なのよ」と。でも、私の答えはシンプルでした。「まあ、私たちはオスカーに別の誰か『みたいな格好をさせる』つもりはないわ。それに、そんなことを決めていいのはあの子だけよ」

夫のアンソニーと私は性の二元論を信じていないので、オスカーがジェンダーアイデンティティについて自分なりのルールを作れるように育てています。彼が選択の幅を広げられるように、おもちゃや洋服に関しても、他人が男の子には適さないと決めたものも自由に選ばせています(アンソニーは『オスカーは何が女の子用で、何が男の子用か知る必要はない。自分に合うものを見つければいいんだ』と言っています)。これは私たちが彼の両親として決めたことで、誰にも口出しされる筋合いはありません。だからって、クレアの持ち物に合わせてあの子が選んだ赤ちゃん人形やピンクや紫のクロックスを見て、「普通じゃない」と言う人々を止められるわけではありませんが。

オスカーが産まれたとき、私は人生でもっとも大切な2つのルールを、できるだけ何度も教えようと決めました。それは、「親切にすること」、「心の底から愛すること」。もちろん、彼の(そして私の)人生の中にはこうしたルールが試される出来事がたくさんあるだろうと思っていました。けれど、オスカーの服装やおもちゃについて判断する人々が、私の母としての本能をこれほど試すことになるとは思っていませんでした。

先日、私はオスカーと買い物にいき、コーヒーショップのすぐ外で休んでいました。季節外れの寒い日だったので、黄色いクロシェ編みの帽子をかぶった彼が草の上でダンプカーを押しているのを見ていました。一人の男性が彼に笑いかけようとして(と私は思ったのです)立ち止まったので、私は男性の方に笑顔を向けました。すると、男性は笑いかけるどころかこう言いました。

「女の子はトラックで遊ぶもんじゃない!」

私は作り笑いを浮かべ、「あの、彼は女の子じゃありません」と冷静に返しました。すると「そんなはずないじゃないか」と男性は笑い、去っていきました。母親になる前なら、あの子にトラックを隠すように言ったでしょうが、こういうときは軽くあしらうことを覚えました。くだらないからではなく、オスカーが大きくなったときに起こりうることに備えているのです。今は、レジの女性が「お父さんが赤ちゃん人形を買わせてくれてよかったわね」言うときも、私がそばにいます。でも、親として気になるのは、いつか幼稚園に入園して彼が夫と私の作った安全圏を出たときに、彼を守ってやれないということなのです。そして、そのときのために私たちができることは、相手と同じではない方法で、広い心を持って対処するための技術を与えてやることなのです。

オスカーは男性器を持って生まれてきたので、今のところ「彼」と呼んでいます。でも、もしそれは彼にとってしっくり来ないと言われたら、彼が使いたい代名詞よりも彼を受け入れる状況に関心を持つでしょう。私たちの望みは、ジェンダーやセクシュアリティを含むあらゆるテーマについてオープンであることで何でも自然に話せるようになり、彼が大きくなったときには(話すことを)恐れたり、大騒ぎしたりする必要がなくなっていることなのです。

そのうち、オスカーは自分の好きな色がピンクだと言うかもしれません。土にまみれながら、ピンクの上下を着るようになるかも。ある日、キラキラ具合いを気に入って、ドレスが着たくなるかもしれない。どんな場合であれ、私は「やってみなさい」と言うつもりです。私はオスカーが着ているシャツや夜抱いて寝る赤ちゃんの人形で彼を判断して欲しくありません。

最近、私の<Instagram>をフォローしている人が、オスカーの写真についてあるコメントを残してくれました。彼女は私が「世界を変える人間の心を育てている」と言ってくれたのです。それを見て私は泣きました。それこそ親として心から望んでいることだったからです。私の偉大な息子がどんな人間になるか、誰がわかるでしょう? 私たちが親としてできることは、人生にはあらゆる素晴らしい機会が待ち受けていると教えてやることです。あとは、彼次第なんです。

※この翻訳は、抄訳です。

Translation:mayuko akimoto

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