『うずら大名』(畠中恵/集英社)

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 江戸時代、家を継ぐのは長男とほぼ決まっていた。つまり、次男以下の男子は、長男のスペアとして育てられながらも、いずれは家を出て自立する方法を探さなくてはならなかったのだ。

 そんな「継げない男たち」にとって、最良の道は、嫡子のいない家に養子として迎えられることだ。だが、好条件の縁組みがそうそうあるはずもなく、より良い家に入りたければ、己を磨き、世の評判を上げるしかなかった。でなければ、一生独身のまま、実家で厄介者扱いされる肩身の狭い人生が待ち受けていたのである。

『うずら大名』(畠中恵/集英社)の主人公、名主の家の三男坊として生まれた吉也こと高田吉之助も、ひとつ間違えば冷や飯食いの一生を送っていたはずだった。ところが、長兄の早すぎる死が彼を家長の座に導いたのだ。

 しかし、この吉也、大した期待も受けずに育ったためか、それとも生まれついての性格か、とにかく怖がりで涙もろい。その上、若い頃は剣の道場に通っていたくせに腕っ節もからっきしときている。

 だから、上野の寛永寺近くで、下男とともに辻斬りに遭っても逃げ惑うしか術はなく、ばっさり斬られて哀れあの世行き、のはずだった。駆けつけた2人の武士とうずら――鳥のうずらである――が助けに入らなければ。

 危ないところを救われ、涙を流して喜ぶ吉之助。だが、この奇禍は、予想もしない大騒動のほんの前触れに過ぎなかった……。

「新たな畠中ワールド開幕!」と銘打たれた本作は、著者の出世作である「しゃばけ」シリーズや、18年のアニメ化が決定した「つくもがみ」シリーズなどをイメージして読むと少し意外に思うかもかもしれない。

 頼りないが人はいい若旦那や見目麗しい武芸の達人など、魅力的なキャラクターが活躍するのはこれまで同様だが、いわゆる「妖かし」と呼ばれる人外の存在は一切登場しないのだ。「御吉兆―っ!」のめでたき鳴き声と真っ白い羽根がチャーム・ポイントのうずら・佐久夜とて、勇猛果敢な点を除けばごく普通の鳥に過ぎない。

 つまり、ファンタジー要素のない、純然たる時代小説なのである。

 舞台となる年代は明示されていないが、甘藷飯(薩摩芋の炊き込みご飯)がしばしば登場することから、少なくとも18世紀、つまり江戸時代中期以降と推測できる。

 この頃、日本は一つの転換期を迎えていた。安定した社会情勢の中、農業や商業が盛んになり、流通路が確立したことで貨幣経済が発達。その結果、武家を上位に置く社会構造がじわじわと崩れ、富を持つ者が世を動かすようになったのだ。

 吉之助は、命の恩人にして実は昔の道場仲間だった侍・有月とともに、そんな時代だからこそ企まれた陰謀に立ち向かうことになる。

 少しずつ明らかになっていく事件の全貌。

 姿を見せない首謀者との、知略と剣を尽くした攻防。

 そして、ラスト。全ての謎が解けてすっきりするのと同時に、なんともほろ苦い問いが胸をよぎった。彼らが仕出かしたことは、本当に“悪事”だったのか、と。

 もし、あなたが、青春を過ぎ、社会の一員として働きつつも時には世の不条理に抗いたくなる年代なら、深く共感すること請け合いの、大人のための時代小説だ。

文=門賀美央子