札幌での大会に向け、練習するペッシーシャイ・パタラ=昨年12月22日、北海道東川町

写真拡大

 雪のないタイから北海道経由で、2月の平昌五輪出場を目指すノルディックスキー距離の選手がいる。

 ペッシーシャイ・パタラ(22)。来日とともに競技を始めて、元日本代表コーチらに支えられて3年余。五輪出場をかけて、6日〜8日に札幌市である3大会に出場する。

 「もっと、手足を使って大きく動かないと!」。昨年12月下旬、ペッシーシャイは東川町内でコーチの指示を受けながら練習に励んでいた。平昌五輪に出場するには、国際スキー連盟公認の大会で成績に応じて得られる得点で基準をクリアする必要がある。札幌での大会は事実上、最後のチャンスだという。

 2014年秋に来日したペッシーシャイは、東川町の専門学校に通う留学生。今では、日本の生徒と一緒に医療事務を学ぶ。日本代表選手も練習に使うスキー距離コースなどの町の施設で、海外からの留学生を五輪選手に育成しようという同町の事業が、来日のきっかけだった。

■日本に来て雪を初めて見た

 タイの体育大学に通っていたペッシーシャイは教員に誘われ、「おもしろそうだと思った」。それまでは主にビーチバレーの選手。日本に来て、雪を初めて見た。最初はスキーブーツの履き方から習った。

 合宿や遠征などで約300万円かかる費用は町が負担する。当初タイの仲間が2人いたが、つらさを理由に帰国した。「自分も帰りたい」。1年前、そう思ったが、関係者に引き留められて、覚悟を決めた。「せっかくここまできたんだから、最後まで頑張ろう」

■つらい練習のご褒美は「日本のお菓子」

 自転車を60キロこいだり、2時間スキーで滑り続けたりと、持久力の強化を中心に練習に励んできた。気持ちが切れそうになったら、気分転換に町へ買い物に出た。「日本のお菓子はおいしい」。好物は、コンビニのクリームパン。つらい練習のご褒美にした。

 日本の全国規模の大会では、最下位争いばかり。五輪出場に向けて、現状は厳しいが、元日本代表コーチで、育成事業の山家祥幸ヘッドコーチは「最後は気持ち。諦めないことが大事。五輪に出て、次の世代につなげてほしい」と期待する。

 「将来はタイで子供たちにスキーを教えたい。雪はないけど、ローラースキーはできます」。五輪出場のほかに、ペッシーシャイが描くもう一つの夢だ。(勝見壮史)