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高齢者になり、認知症などを患うと、「妄想」をいだくことがあります。興味深いのは、性別によって妄想の種類が異なる点です。男性は「妻が浮気している」という色欲がらみ、女性は「嫁に財布を盗られた」という物欲がらみが多いのです。国際医療福祉大学の原富英教授が、その特徴と対処法を解説します――。

■年齢や性別によって一定の傾向がある

2025年には団塊の世代が全員、75歳以上の後期高齢者となり、日本は5人に1人が後期高齢者という人類が経験したことのない「老人大国」となります。老人と言えば穏やかな老後を思い浮かべる人も多いかもしれませんが、実際には記憶力の低下などにより「妻が浮気をしている」とか「嫁が財布を取った」などという「妄想」をいだく人も増えてきます。今回は番外編として、この妄想について解説したいと思います。

妄想には年齢差・性差があります。なぜそうなるのかについては諸説あり、まだその原因は突き止められていませんが、私の臨床経験からも、年齢や性別によって一定の傾向があることは確かだといえます。

まず年齢差ですが、老人の妄想は「現実感(了解可能性)」が高くなります。これは青年期に発症しやすい「統合失調症」などの妄想が荒唐無稽であること比べて、大きく異なります。例えば「隣のばばあが毒入りの煙を煙突から吹き込んでくる」とか「嫁が財布を盗む」といったものが多いのです。

■じいちゃんたちは嫉妬深い

性差では、男性のほうが「嫉妬妄想」が多いように思われます。「ばあちゃんに男がいる」といった内容です。妄想が行動化すれば、ばあちゃん(妻)へのDV(ドメスティック・バイオレンス)が生じることもあり、しばしばご家族が相談に来られます。臨床で実際にあったケースを挙げてみましょう。

【ケース1】79歳 男性 元農業 実直な性格。長男夫婦、孫3人と広い田舎の農家に住んでいる。73歳で脳梗塞になり妻の介護を受けつつ、現在車いす生活。最近「妻に男がいる」と騒ぎ始め「白状しろ」と暴力を振るうようになったため、長男と妻に連れられて、私のところにやってきました。

「じいちゃん、どげんしたね、なんか心配ごとでもあると?」
「真夜中に起きるとばあちゃんが、隣におらんとですよ。どこか行きよるごたっ(出かけているようだ)」

どうも、それまで隣で寝ていたおばあちゃんが、いなくなったことを浮気と思っているようです。別の部屋でおばあちゃん(妻)に仔細を尋ねました。

「なんで隣に寝るとば、やめたとですか」
「じいちゃんは最近、夜寝ぼけて床の間に、おしっこをするとです。病気の後やけん仕方なかと我慢しとったですけど、この前は私におしっこばかけたとですよ」

それ以来、おばあちゃんは隣の部屋で寝ているとのことでした。私は脳梗塞後の後遺症と考えられる「譫妄(せんもう)」が生じていると判断し、次のように協力を依頼しました。ちなみに譫妄とは、脳卒中後などに意識が低下し、興奮や幻覚が生じる現象です。原因は脳の血流低下など。夜間にみられやすく、数分から数十分間続き、本人は覚えていないことがほとんどです。私はよく、「ひどい寝ぼけ」と説明します。

「できるだけじいちゃんの隣で寝てもらえんね」
「先生がそげん言うなら……。でも先生は寝とるときに、おしっこをかけられたことはありますか?」

おばあちゃんは不機嫌そうに問いかけてきます。私も笑いをこらえつつ「経験はありません。何とかお薬を用いて、2度とこげなことのないようにやってみますから……」と答え、しぶしぶ納得してもらいました。

それから3カ月後。じいちゃんは時折、怒りを見せることはあるものの、DVは消失したとのこと。その爺ちゃんに心配ごとについて再び尋ねてみました。

「ばあちゃんは、男と別れたごたっ(よう)です」

このように、老人の妄想は、ある現実の事象を曲解するところから発展するようです。

【ケース2】76歳 男性 妻と2人でゲートボールが趣味。現在、脳出血で車いす生活。天気がいい日は、車椅子で妻のゲームを見て楽しむ。しかし数カ月前、「妻に男がいる」と騒ぎ始めたため受診。話の内容は「おい(おれ)の友達が、ショットの時にばあさんの後ろから抱きつきよっ」「あいとできとっと(あいつとできている)」のこと。妻に様子を聞くと親切な(夫とも)知り合いのおじいちゃんが、後ろから手を握って打ち方をよく教えてくれるとのことです。

この様子を見て、おじいさんが曲解したのが始まりでしょうと、私の診断を説明したところ、おばあさん(妻)は事情を理解して対応されたので、ほどなくおじいさんの妄想は消失しました。

後日、浮気相手と疑われた友人は、その話を聞いて憤慨しきりだったとのことです。

■おばあちゃんは金銭欲が強い!?

女性の場合には、「物盗られ妄想」が多くなります。これは、認知症の記憶障害をベースに生じる被害妄想の一種と考えられています。生じるのはほとんどが女性で、犯人は同居の家族(それもほとんどが嫁)という興味深い特徴があります。

【ケース3】82歳 女性 夫は5年前に亡くなり、現在長男夫婦と孫2人の5人家族。最近「財布がなくなった。あの嫁が犯人のようだ」と隣町に住む長女に訴え始め、同居の長男が心配して連れられてこられました。診察後、物盗られ妄想の可能性を長男に説明すると「先生その話、是非、女房に話してもらえませんか」と、懇願します。

来院した妻に説明すると、こう話しました。

「この家に嫁いできて40年、耐えがたきば耐え、忍び難きば忍んできたばってん、まさか泥棒呼ばわされようとは。実家に帰ろうと思うとりましたが……」

私の説明には納得した様子。横で聞いていた夫もほっとしていました。

「先生、そういうことならわかりました。ただひとつ、ききたかことのあります」と切り込んできます。

「ばあちゃんは、若い頃から根性腐れやったけど、そいが(それが)泥棒騒ぎと関係あっとでしょうか?」
「そ、それは関係はないと思うけど……」

思わず私は言葉を濁してしまいました。一瞬にして長年にわたるすざまじい嫁姑関係を、のぞいたような気がしました。

【ケース4】75歳 女性 夫は8年前に亡くなる。子供2人は、近隣の大都市で生活しており長い間一人暮らし。最近少し物忘れが始まったようですが、慣れ親しんだ環境で特に破綻なく暮らしていました。

しかし5カ月前、近所の交番に「泥棒が入って、金を盗まれた」と電話がありました。。交番の駐在さんが捜査するもその形跡なし。そのうち電話が頻回になったため、長女とともに来院。

対応を検討し、「まず介護保険を申請して、訪問看護を始めましょう。それから信頼する駐在さんに病気のことを話して、対応してもらいましょう」ということになりました。

相談した駐在さんは「わかりました。おばあちゃんのところの巡回を今より増やすよ。なんかあったらいつでも連絡して下さい」と、言ってくれたそうです。駐在さんが頻繁に顔を見せるようになったこともあってか、最近は「泥棒もあきらめたごたる(ようだ)」といつものように暮らしているとのことです。

■おばあちゃんの言うことを否定しない

もし自分の親が「嫁が私の財布を取った」と騒ぎ出したら、どう対応したらよいでしょうか。私が教えている大学で、試験問題として出題したことがあります。以下は、ある学生の回答です。

「おばあちゃんも知っている嫁の友達に相談し、一緒に財布を探してほしいとお願いする。財布を探すときにはおばあちゃんに声をかけながら、いつも財布が置いてある場所を始め、いろいろな場所を確認してもらう。友達が勝手にいろいろな場所を探して、財布を見つけると、おばあちゃんは『嫁と友達がぐるになって盗んだのではないか』と疑ってしまうので、必ずおばあちゃん自身にも探してもらう。その結果、財布が見つかれば、嫁に対する疑いも晴れるのではないでしょうか」

この回答の中に対応のエッセンスが入っています。(1)否定しない、(2)一緒に探す、(3)できるだけ本人が見つけるように配慮する――です。このように妄想は否定するのではなく、そう認識して脅えている本人を支えることが、基本と思われます。支える人こそ薬なのです。

さて私の住む九州の北部には、まだ多くの地域に共同体が残っています。それらはケース4の駐在さんのように、「治療の資源」として、大きな役目を果たすことも多いようです。

一方、東京をはじめとする都市部では、地域共同体が消滅しているところが多いようです。東京ではこれから地方を上回るスピードで高齢化が進みます。そう考えると、妄想を悲劇に変えないための準備に早く取りかかる必要があると思えてなりません。

次回は「妄想の持つ矛盾」についてお話します。

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原 富英(はら・とみひで)
国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 精神医学教授
1952年佐賀県生まれ。九大法学部を卒業後、精神科医を志し久留米大学医学部を首席で卒業。九州大学病院神経科精神科で研修後、佐賀医科大学精神科助手・講師・その後佐賀県立病院好生館精神科部長を務め、2012年4月より現職。この間佐賀大学医学部臨床教授を併任。

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(国際医療福祉大学 福岡保健医療学部 精神医学教授 原 富英 写真=iStock.com)