iNTERNET magazine Rebootでは、90年代から日本のインターネット市場を開拓し、いまなお活躍されているネット企業のリーダーの方々に、創業当時の印象的な出来事や、注目されているデジタルテクノロジーによる社会変化、これから取り組むべきことなどを質問し、「新世紀へのメッセージ」として掲載している。その中から今回、1992年に株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)を創業し、日本の商用インターネットの実現に尽力された同社代表取締役会長兼CEOである鈴木幸一氏にうかがったお話をお届けする。本誌には入り切れなかった内容まで拡大したウェブ特別版である。(iNTERNET magazine Reboot編集長・錦戸 陽子)

邪心と野心を持って、新しいスキームづくりを

株式会社インターネットイニシアティブ代表取締役会長兼CEO・鈴木幸一氏

 IIJを創業したのは1992年12月3日。それ以前から、日本でも現慶應義塾大学教授の村井純さんを中心にインターネットを推進するWIDEプロジェクトで、商用化の道が議論されていた。その流れで、ビジネス経験のある僕に経営をみてくれと頼みに来たのが、村井さんと当時アスキーの深瀬弘恭さんだった。引き受けたものの、あると言われた資金はない、役所の認可も取れない、社員の給料もマトモに払えなかった。オフィスは、清水建設に勤めていた長年の友人に頼んで解体予定のビルを1年半の約束で借りた。がらんとしたフロアに机とサーバーがあるだけ。西日が当たってサーバーが壊れないように、傘をさしていた。郵政省と格闘の末に認可が取れたのが94年、ようやくIIJのインターネットサービス、つまり、日本の商用インターネットサービスがスタートした。

グローバルスタンダードを思い知った

 その頃、米国にネットスケープコミュニケーションズという会社が設立されたのだが、その創業者の一人であるジム・クラークが、一緒にやろうと言ってきたことがある。その時は資金もなく、サービスも開始できなかった頃で、どうマネタイズするかもよく分からず、返事のしようもなかった。技術的には、後からでも追いつけると甘いことを考えていたが、結局追いつけなかった。

 その後、赤字のまま公開したら、ネットスケープの時価総額は2500億円になって驚いたなあ。94年か5年にオフィスに行った時には、赤字の会社とは思えない立派なビルだった。このソフトウェアでどう儲けるかなどと考えるより、みんなが使うようになると、赤字でも2500億円の値がつく。この時に、グローバルスタンダードというものを思い知らされた。

 同じような話として、NTTは資金が潤沢だから、ヤフーが売りに出た時に買ったらどうかという話があった。ところが、NTTの研究所が「こんなものは我々でもすぐにできる」と言うので、結局、ソフトバンクの孫正義氏が買うことになった。

若いエンジニアを育てるのが好きだ

 私は学生時代からアルバイトをして世界を放浪し、技術革新を見てきた。日本でも、グローバルのレベルにしたいと思ったが、それには若いエンジニアを連れて来る以外にない。だから若いエンジニアを育てたことは、僕の唯一の功績と言えるのかなあ。若い人を育てるのは好きだったから、「辞める時には3倍の給料をもらえるエンジニアにしてあげる」というのが、当時のIIJだった。

フラットにしたら社会が変わる!?

 インターネットは面白い技術革新だが、技術そのものというより、コンピュータサイエンスの技術と通信が同じ技術基盤になることで、社会の仕組みそのものを変えることができると、若い頃から思っていた。そういう意味では、米国のカウンターカルチャーの影響を受けている。「混乱するアメリカで、若者が幸せなおじさんたちを否定しに行く」というイメージだ。

 たとえば、どうしてベトナム戦争をやったのかと考えると、マスメディアや権力から、情報が一方通行で流れるせいではないか。それをフラットにしたら、あんなくだらないことは起きないのではないか。一人ひとりが情報発信をすることができるようになれば、社会を変えていけるのではないか。いま言うと恥ずかしいような子どもっぽい夢だが、僕はまさにそういう時代を共有している。だから、インターネットを技術として面白がっている人たちとは、かなり距離がある。初期の頃は、インターネットにみんな夢を持っていた。ツリー構造ではないことによって、社会が変わるのではないかという夢を。

仕組みを変えるのが面白い

 一方で、ひとつくらいはグローバルスタンダードをつくってみたかった。遺産と言えるのはクロスウェイブ(株式会社クロスウェイブコミュニケーションズ:1998年にトヨタ、ソニー、IIJの3社で設立)のレイヤ2WAN(広域LAN)だった。あれはグローバルスタンダードになったけれど、会社が失敗してしまった。よく「アメリカでやればよかった」と言われるが、日本では新しい事業や技術に対して評価もできず、資金も集まらない。注力していただけに敗北感がある。当時、米国の投資家が来たが、IIJごと買い取るという話だったので断った。日本にこだわったし、ハッピーになるのが僕だけではね。

 日本は、仕組みを変えることに最もコンサバティブな国。だから、インターネットという「仕組みを変える技術」に追いつかず、ちょこっと利用する企業だけになっている。インターネットマガジンが面白いと思ったのは、塚本さん(インプレス創業者の塚本慶一郎)が「インターネットが仕組みを変える」と分かっていたこと。だから、インターネットの中に閉じずに、世の中全体の仕組みを変える技術として、もう少しジェネラルな雑誌になるとよかったね。僕はこの業界では世代的に上だから、そういう意識が少し強い。

 日本が仕組みを変える技術に対応できない理由は、最近は創業社長がいないせいかもしれない。サラリーマンから社長になって4年くらいでは変えられないし、サラリーマンとして組織人でいられるような正しい性格の人では難しいだろう。企業家にしても、アプリを作って10億儲けることを目標とするような人ではダメだろうと思う。僕なんかは、家庭を顧みず仕事をしたし、お金は音楽祭(「東京・春・音楽祭」の実行委員長をしている)に使ってしまうからね。

技術開発は忍耐が必要

 いま、もう一度大きな変化があるのは、EDP(Electronic Data Processing)と呼んでいたデータ処理。新しい技術で処理速度が速くなると、いまのような特化型AIではなく、汎用的なAIが可能になるだろう。その時には、世の中が変わるだろうという気がする。僕個人では、液浸(空冷よりも高効率の冷却方式)のプロセッサに興味を持っている。インターネットもコンピュータの世界だから、プロセッシングが速くなれば、より面白いことが起こるだろう。

 AIは、僕が学生の頃から基本は変わっていなくて、単に速く大きくなった。だからAIの開発で日本がいいポジションを取れると面白いだろう。製造設備は無理かもしれないが、基本設計はできるかもしれない。技術開発は忍耐が必要。たとえば有機ELは、ソニーなどはやめた途端にケミカルのエンジニアがいなくなって、二度と開発できない。いまはLGが圧倒的なポジションだけど。カーボンファイバーは、何十年も忍耐して、ようやく形になってきた。そういう忍耐強い日本の良さが、コンピューティングやプロセッシングの世界にもあれば面白いと思う。もっとも、最近は株主が短期的利益を求めるので難しいかもしれないが。

 最近は日本の電機メーカーも後ろ向きの話が多い。先日ファーウェイが来て、「有価証券報告書にキリキリ舞いしているような会社に、世界をリードする技術開発はできませんよ」と言っていた。ファーウェイはいわば中国の国営企業で、開発者の数をみても圧倒的だね。そもそも、開発から負けてしまう。そういう国策企業が、量と価格でシェアを取っていくのは怖いと思う。

規制のないネット動画が世界の流れ

 放送のIP化も、IIJが放送局と調整しながら進め始めている。いまのところ政治家の関心が違うところにあるけれど、国が方向性を決めるとかなり進むだろう。なにしろ、米国で放送局に行くと同軸ケーブルはなく、ミキシングまですべてIPでやっている。ネット動画も盛んで、4Kコンテンツはネットばかり。ネットという安上がりで規制のない世界に動画コンテンツが流れるのは世界の流れで、日本の10倍のコンテンツが流れている。昨年のトラフィックを見ると、欧米に比較するとかなり少なく、その意味ではビジネスチャンスそのものが欧米に比べて少ない。

 IoTでは、レイテンシーが問題になるだろう。たとえば自動運転などは、ミリセック単位のレイテンシーをきちんとコントロールではなければならない。IIJには、そういう技術がある。

インターネットはコンシューマーから変えていくもの

 アナログ技術に比べればデジタル技術はシンプルだと思う。日本人はアナログにすごく強かったから、素晴らしい製造業を作り上げた。しかし、いまは競争が違うところに行ってしまった。素晴らしいアナログの技術を、いかにデジタル技術に活かすかというアイデアが必要だろう。

 IIJの運用は世界一だと思う。さまざまなことに習熟して、これだけきちんと運用している会社は、世界中にもないと思う。だから、マルチクラウド環境でネットワークと運用管理をIIJで請け負うというサービスも始めた。しかし、たとえばザッカーバーグのような、飛び抜けた発想はなかなか出てこない。日本のユーザーは品質にナーバスだというのも理由のひとつ。米国の場合は、インターネットはこんなものだという考え方で、逆にそれが米国の発想力を育てているのかもしれない。一長一短だが、若い人には新しい発想を持って欲しい。

 日米では投資の仕方も違う。米国では、100円で売るアプリのサービスに10億円単位で投資をする。日本では、せいぜい1〜2億というところだろう。そういう発想の違いも大きい。これは、米国ではターゲットを始めからグローバルの市場を対象にしているから。また、インターネットはそれ以前の技術と違ってコンシューマーが先行するケースがある。IIJはマーケティングが弱くて、いつまでもB2B事業をメインにしていたら、ユーザーもコンサバティブなので遅れてしまう。

 5年前に、MVNOで久しぶりにコンシューマー向けをやってみた。SIMは、土管はキャリア側だけど、フルMVNOになれば面白いことができる。「こういうことがやりたいので、こういうSIMを」というのも、安く簡単に作れる。B2Bベースではいろいろな話があったけれど、個人向けのアイデアは、社内でなかなか出ない。コンシューマー向けについては、頭では分かっているが、アイデア出しとなると、もうひとつ寂しい。コンシューマー向けは個人の責任で使うから、企業向けと違っていろいろなものを使えるのだけれど。

若い子は邪心や野心を持て

 私が音楽祭をやっているのは、昔、ソ連の占領下にあったプラハにいた時、暗く沈んだ街だったけれど、人々は「プラハの春」という音楽祭に誇りをもっていた。いつか、国の資金に頼るのではなく、その土地に住む人々やそこで事業をしている組織が、自らお金を持ち寄って、音楽祭を始めることができたら、という夢をもっていた。ああいうことを東京でやりたいと思った。

 日本は、ずっと鎖国していたら素晴らしい国だったと思うことがある。江戸時代の文化水準は世界でも、高い水準だったと思うけれど、最近はどうかなと。

 音楽配信は、今のところ道楽と言われている。ベルリンフィルの演奏を11.2MHzでライブ配信したのだが、コンサートホールと同等の音質で、CDよりもずっといい。古楽器など、CDでは聞こえない楽器の音が、きちんと聞こえる。N響でやったら、NHKホールよりいい音だと言っていた。邦楽もやりたいと思っている。日本の古典音楽は、音源が財産として残っていない。芸大には邦楽や雅楽の楽器が保管されているから、それを使ってハイレゾで配信したいと思っている。道楽だけどね。でも、今まで誰もやっていなかったことだから。

 とにかく、若い子は邪心が混じってもいい。野心を持って、新しい仕組みを作るような思いでがんばって欲しい。次世代がやる以外にないのだから。

取材協力=柏木 恵子