「メイクはむしろなくていい。美化しようとも思わない」玉木 宏、40代を目前に見つめる俳優像

最新主演映画『悪と仮面のルール』の公開日が誕生日の前日ということで、編集部が持参したケーキをほがらかな表情で受け取ってくれた玉木 宏。鍛え上げられた身体からは想像しづらいが、意外にも甘いもの好き。そんなギャップや飾らない姿が玉木の魅力であり、年を重ねるほどに味わいを増していく。最新作で挑んだのは、“絶対的な悪となるべく育てられた殺人者”という複雑なキャラクター。これまでの爽やかなイメージを覆し、また新たな顔をスクリーンに焼きつける。

撮影/川野結歌李 取材・文/新田理恵 制作/iD inc.

複雑に見えて、じつはシンプルなラブストーリー

玉木さんが演じた、悪の心“邪”を持つ者を世に送り出す家系に生まれた主人公・久喜文宏は、初恋の女性・久喜香織(新木優子)を守るため、13歳のときに父親を殺害して失踪。十数年後に整形手術で姿を変え、別人として彼女の前に再び姿を現しますが、彼女に危害を及ぼそうとする人間に対しては手段を選ばない“殺人者”としての顔も持ちます。この複雑な文宏という役を演じるうえで、大事にしていたことは何でしょうか?
難しく考えれば、すごく難しくなってしまう作品だと思うんです。(同名の)原作小説を読み終えて、「何を伝えたかったんだろう?」と考えたとき、作者の中村文則さんのあとがきに、これはある種の恋愛小説だということが書いてあり、それがすごく助けになりました。脚本を読んだときも、これは文宏と香織の究極の純愛物語なんだとシンプルに考えていきました。
サスペンスとして複雑に捉えるよりも、ラブストーリーである、と。
香織がいなければ、文宏は父親を殺すことも、顔を変えることもなかった。すべては彼女がいたからこそだと思うんです。根底に香織という存在が常にいる。逆を言えば香織以外の女性には目もくれない。だから、すごくシンプルな組み立て方をしました。
すべてをかけて初恋の女性を守る文宏と香織。ふたりの関係は悲しいですが、だからこそ魅力的だとも言えます。この関係についてどう思いますか?
ものすごく誇張された間柄ではありますが、誰かのために文宏があそこまでできるというのは、ある意味幸せなこと。結果としてこの映画では、彼らは幸せになったのではないかなと思います。
整形手術をした違和感を出すために、顔に針を打って撮影に臨まれたそうですね。
部分的に整形手術をするということは世の中的にもあると思いますが、別人の顔に変えてしまうというのは、ないこと。一体どうなるんだろう? という想像をしたときに、針を打って表情筋をこわばらせることで、顔がうまく使えない感じを少しでも出せたらいいなと思ったんです。
撮影期間を通して、継続的に針を打っていたのですか?
いいえ、針の効果は一回で、2週間ぐらいなんです。整形後、最初に顔が現れるのが冒頭の包帯をとるシーンだったので、その撮影のときに50本近く打ってもらって…。
50本!? いっぺんにですか?
そうです。撮影期間は1ヶ月ちょっとだったので、自然に任せて顔が戻っていくっていう過程をそのまま撮っていたという感じですね。
顔がこわばった状態での表情のお芝居で、気をつけたところは?
顔がこわばっていても、変わらないのは目と、心の中と、今まで持っていたクセ。なので、そこだけは自由にしようという気持ちで演じていれば、何となく表に出てくるものがあるのではないかと思いました。あまり表情を動かさないという気持ちをどこかに持ちながら演じていましたが、常に緊張感を与えていたわけではなかったですね。

悪い感情を抑えるには、人の言葉に一喜一憂しないこと

人は誰しも心に「邪」な部分を持っているとは思いますが、「悪となるべく育てられた男」という設定は、なかなかリアルな世界ではないものです。そのあたりをどう捉えて演じられたのでしょうか?
映画の中で「中途半端な邪になってしまった」という表現がありますが、文宏は結局、そこまでの悪になりきれないんです。その善悪のあいだをさまよっている姿、人間っぽさを考えながら演じました。人は生まれてきた環境によって、すごく左右されるものだという想像をしましたね。
文宏は、望んであの特殊な家系に生まれてきたわけではないですものね。
ちょうどこの映画の宣伝が始まった頃に、ドキュメンタリー番組で、殺人事件を犯した夫婦の息子さんのインタビューを放送していたんです。何の罪もないけれど、まわりから犯罪者扱いされてしまった。なぜインタビューに答えたのかというと、自分の存在意義を残したいからということを話していて…。
なるほど。
文宏も、文宏なりの存在というものをちゃんと残したかった。それは香織のために。だから、悪事を犯すということをイメージするよりも「すべては香織のためにやってしまったんだ、父親も殺してしまった。でも、人を殺めてしまったらそれを抱えて生きていかなくてはいけない…」、そんな葛藤が見えたほうが彼っぽいと思いながら演じました。
特殊な設定ですが、非常に人間くさい感情が根本にある、と。
そうですね。入り口が特殊なだけで、感情的にはすごくまっとうではないかなと思います。
玉木さん自身が自覚しているちょっと“邪”な部分や、それとうまく折り合いをつけるために気をつけていることはありますか?
あんまり人の言うことに一喜一憂しないようにと思っています。
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