上田昇代●愛知県出身。2007年、大阪大学大学院卒業後、ヤマハ発動機に入社。16年末まで電子システム開発の設計プロジェクトチーフを務め、17年より現職。6年前に社内結婚し、夫と2人暮らし。

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二輪の売り上げ規模は世界2位。日本が誇る輸送機器メーカーで、女性初のプロジェクトチーフを務めた上田さん。チーフとして海外向けモデル2種にかかわって、「これまでとは見える世界が変わった」という――。

「子どもの頃から、乗り物が大好きだったんです」

ヤマハ発動機のエンジニア・上田昇代さんは言う。

大学生になるとすぐ二輪免許を取ったし、モータースポーツ観戦も趣味の1つで、友人とF1を見にドイツのサーキットにも行った。岩場などの障害物があるコースをオートバイで走る「トライアル競技」を始めたのも学生の頃だ。現在も社内のクラブに所属し、ときおり仲間と一緒にコースで走っている。

大学で電気工学を学んだ彼女が、同社に入社したのは2007年のことだ。二輪メーカーのインターンシップに参加したとき、「四輪の開発よりも楽しそう」と思い志望した。

二輪車は車体やエンジンのほとんどがむき出しの商品だ。よって、メーター類やセンサーといった電気・電子システム部品の開発者も、車両の全体により深くかかわることになる。そこに魅力を感じた。また、ヤマハ発動機は二輪車のほかにも、四輪バギーや電動アシスト自転車、ボートや水上バイク、電動バイクなどを開発・製造している。「乗り物好き」にはうってつけの企業に思えた。

「いろんな商品の開発に携わってみたくて。私、欲ばりなので」

そう言って屈託なく笑う上田さんは、同社では女性初の「プロジェクトチーフ」を2つの商品で務めた経験を持つ。1つ目は、「エキサイター150」という150ccバイク。今年発売された「GDR155」でも、電装系部品のプロジェクトチーフを務めた。

■技術に性別は関係ない。自信を持って発言する

大学にいた頃から、女性が少ない環境には慣れていた。配属後に女性初のチーフだと聞いたときも、「そうなんだ、と思っただけでした」と彼女は続ける。

「初めて女性がチーフになることに対しては、むしろ周りの人たちが気をつかっていたように思います。技術の内容に性別は関係ありません。変に意識することなく、自分の技術力を信じて堂々と発言すればいい。車両を触るとき、重くて持ちあがらなかったり、ボルトが回らないようなときは、素直に『助けて』と言って手を貸してもらいますけど(笑)」

ヤマハ発動機の開発では、1台の開発モデルにつきエンジン、車体、電装、実験……とプロジェクトチーフがおり、プロジェクトリーダーのもとで企画の段階から会議を重ねる。設計から海外の工場での製造まで、チーフがそれぞれの責任者であり続ける仕組みだ。

「プロジェクトチーフになってからは、モデルに対する愛着がこれまでと全く変わりました。以前は仕事が好きでも、自分の担当しているシステムだけを見ているという気持ちでいたんです。でも、チーフとして商品の企画から製造までかかわると、『こうしたい』という自分の思いが最終製品に込められていきます。会議で発言すれば、『電気がこう言ってるぞ』と開発の全体に影響が及ぶので、言葉の一つひとつに責任を持たなければなりません。仕事をしていて見える風景が、全く変わってしまうような経験でした」

プロジェクトチーフになって以来、上田さんは複数モデルの仕事を同時にこなす設計・実験のエンジニアに、自分の担当するモデルをいかに特別なものに感じてもらうかに気を配ってきた。そのために開発の経過や関連する情報をすべてオープンにし、エンジニアたちと共有するよう心掛けていたという。

■エンジニアを巻き込み、商品に愛を注いでいく

とりわけ「GDR155」ではスマートキーやストップ&スタートシステムなど、電装部品で新しい技術が採用されている。開発が進められる中で、彼女はイラスト段階でのデザインを見せたり、試作車の実物に触る機会を積極的につくったりして、メンバーであるエンジニア一人一人にとってそのモデルが特別なものになるよう工夫を重ねた。

「開発車両に頻繁に触れ、普段は交流のない開発メンバーに会ってもらう。モデルと接する機会が多ければ多いほど、愛着が出てくるものですから」

商品の開発は次々に生じる課題を、限られた時間内に解決していくことの連続だ。困難な状況を乗り越えねばならないとき、「モデルへの愛着」はみなが1つの方向へ力を合わせる雰囲気をつくり出すはず――そんな思いがあった。

「そうして開発を続けてきて、1番うれしい瞬間は、やっぱり市場に出たバイクにお客さまが乗っている姿を見るときですね」

上田さんがプロジェクトチーフを務めてきた商品は、ベトナムやタイ、インドネシア向けだ。日本の公道で目にする機会はないが、現地に出張した際、ときおり街で走っている姿を見かける。そのたびに、何とも言えないうれしさが胸にこみ上げてくる。

「今後もプロジェクトチーフとして新しいバイクを開発していきたいです。そのうえで大事にしたいのは、『ぶれない軸を持つ』ということ。新しい技術や考え方に対して、拒絶せずに勉強し、理解したうえで判断する姿勢だと思っています。時代や技術、開発のプロセスがどう変化していっても、『あいつに任せておけば安心だ』と言われるような技術者になりたいですね」

(ノンフィクション作家・ノンフィクションライター 稲泉 連 撮影=市来朋久)