「安倍首相は改革者にはなれない」と私は記したが、その思いは今も変わらない(撮影:吉野純治)

マッキンゼー伝説のコンサルタントとして世界的にも有名な大前研一氏。日立製作所の原子力技術者からマッキンゼーに転職後、弱冠32歳にして『企業参謀』(プレジデント社)を上梓し、日本においてコンサルティングという仕事を根付かせた第一人者でもある。
御年73歳にしてますます血気盛んの大前氏の頭脳は、年齢と関係ない。「世界の独裁政権に共通するリーダーの挙動」(12月19日配信)、「フランスとドイツから学ぶ真に安定した政治」(12月26日配信)に続き、今回で累計30万部を突破、シリーズ5冊目を数える著書『大前研一 日本の論点 2018〜19』から内容の一部をお届けする。

安倍首相にとっての総選挙は「僕難突破」だった

安倍晋三第3次改造内閣は「国民から大きな不信を招く結果になったことについては深く反省し、おわびしたい」という安倍首相のおわびからスタートした。トラブルメーカーのお友達やイエスマンのクビをすげ替えて仕切り直したわけだが、みずからを震源地とする国民の不信は小手先の人事では払拭できない。

安倍首相は経済を最優先課題に掲げている。しかし経済閣僚である財務大臣や経産大臣はそのまま留任。約5年間のアベノミクスで結果を出せなかったメンバーのままでは「経済優先」に説得力はない。しかも「仕事人内閣」と胸を張ったその内閣が仕事をする暇もなく解散、総選挙をする無責任ぶりである。理由は「国難突破」と言うから聞いてあきれるが、これは「僕難突破」としか聞こえなかった。

幸い民進党の分裂や「希望の党」の失速など敵失によって大勝したが、安倍首相の本質は変わらないだろう。特に改憲勢力が80%を超えた、ということで憲法9条を変えようと国民投票にかければ「NO」とつきつけられるのは間違いない。

私は創憲論者で憲法はゼロベースで書き直すべきだ、という意見だ。この試案や憲法第8章(地方自治)の問題などをすでに20年以上にわたって提起してきている。

第9条のように矮小化した議論ではこの国は変わらない、と信じている。護憲論の人たちも9条以外のところをよく研究し、新たな国のビジョンを白い紙の上に書いてみるといい。

5年前に上梓した『日本の論点』のプロローグで、「安倍首相は改革者にはなれない」と私は記したが、その思いは今も変わらない。実際、5年に及ぶ安倍政治で日本がよくなったと思えることは皆無に等しいし、内閣改造で人心を一新しようが何も変わらないのは目に見えている。

一方、最大野党の民進党は蓮舫氏の辞任を受けて代表選が行われて、前原誠司氏が新代表に就いた。二重国籍問題を抱えた蓮舫氏を代表に担いだ時点で民進党は終わったと私は思っているし、優柔不断な前原新代表で民進党が生き返るとは思えない。政界を見渡しても、安倍一強を脅かす勢力は野党にも自民党にも見当たらず、混沌とした状況はしばらく続くことになりそうだ。

もちろん「自分ファースト」の緑色のレディでは日本は変わらない。キャスター出身の癖が抜けないのか目の前の原稿で劇場演出をするが、全部足してどういう国をつくりたいのかまったくビジョンが出てこない。プライドと権力指向だけはスカイツリーよりも高い、と言われた小池百合子「希望の党」代表の馬脚が2017年10月の衆議院選挙で露呈し、国民もそれを見抜いたのは800億円もかけた「僕難突破」選挙のせめてもの慰みだ。

日本のビジョンをつくり上げられる政治家がいない

自民党であれ、民進党であれ、「日本の国家運営の新しい理念はこういうものであるべきだ」ということをしっかり提案できるリーダーでなければ、新しい政治勢力をつくることはできないと私は思っている。

そういうことをやってくれそうな与野党の政治家の数人に声をかけて、この1年、「大前勉強会」というものをやってきた。月に1回、2時間、テーマを決めてみっちり講義や討議を行う。勉強は積み重ねだから、「1回でも欠席したら、次から来なくていい」というルールにした。

脱落者こそいなかったが、1年間の勉強会を通じて感じたのはとにかく勉強不足ということだ。それぞれに良い学校も出ているし、それなりの政治キャリアを積んでいる。1年間の勉強会で吸収したり蓄積したりしたものの中からもっと大きな国家ビジョンというものが出てきて当然なのだが、自分なりの日本のビジョンをつくり上げて、「先生、こういうことですよね」と言ってくる政治家は一人もいなかった。

「この国を変えるのは自分だ」という自負があるのなら私と意見を戦わせるのもありだと思うが、出てくる質問は細かいものばかり。「先生はそうおっしゃいますけど、私の選挙区に帰るとこんなことを言う人がいるんです」と自分の台所事情でしか語れない。自分の台所ぐらい自分で掃除してもらいたいものだ。

現在の小選挙区制の選挙区当たりの平均有権者数は35万人で、これは市長選レベルに等しい。市長選レベルの小さな選挙区から出てくるから、目線が低くなって、地元への利益誘導が政治活動の中心になる。天下国家を論じたり、外交、防衛、経済といった日本の長期的な課題に向き合ったりする政治家が出てきづらいのだ。

議員になることが目的化して、「この国をこうしたい」という情熱とエネルギーを持った政治家が本当に少なくなった。小選挙区制の弊害についても国政レベルの議案にあげるべきときが来ている。

美しく衰退している日本という国は長期的な課題は山積みでも、実は緊急にやらなければならないことはほとんどない。ヨーロッパのように移民難民が大挙して押し寄せるわけでもなければ、中国やインドのような深刻な環境問題もない。待機児童対策が優先的な政策課題になるような国はほかにはないのだ。

優先順位が高い課題は抑止力を高めることと防災対策

私が思うに緊急課題は2つあって、1つは北朝鮮の核やミサイルをいかに防ぐか。抑止力をいかに高めるかである。もう1つは大地震など自然災害に対する備え。3・11クラスの大地震が大都市を襲った場合の防災対策はまだまだ不十分だ。国民の安全と安心を守るという観点からすれば、この2つの課題はきわめて優先順位が高い。


幸いなことにというべきか、この2つ以外に日本が緊急に壊れることはないから、政治が混沌としていても国家は機能する。極端なことを言えば、日本は完全自動運転ができる「レベル4」の自動運転車みたいなものだ。政治家というドライバーがいなくても自動運転で動く。

ただし、道路状況(時代状況)や天候などの走行環境(国際環境)によっては動けない。

国民の多くもそれが直感的にわかっているから、日本の長期的な国家ビジョンというものにあまりシンパシーを感じない。有権者がシンパシーを感じてくれないから、政治家もなかなか長期的な国家ビジョンに向き合おうとしない。

安倍一強の忖度政治でいや気がさしていた国民ではあるが、民進党の分裂と小池強権政治とを天秤にかけて今回は怒りを鞘に収めた。自動運転で動くなら課題も論点も必要ないかといえば、そうではない。日本はどんな状況下でも無人で自律的に走れる完全自動運転の「レベル5」ではない。