「オマハの賢人」バフェットの成功はどの程度なのか、数字で検証してみると、年平均リターンではそれほど突出しているとは言えないようです。でも、それを60年続けられてきた秘訣とは?ファイナンス理論の歴史とポイントをまとめた新刊『ファイナンス理論全史』の一部をご紹介していく本連載、今回はバフェットの凄みと、それを反証とするランダムウォーク理論への反論についてです。

今も語り継がれるジェンセンVSバフェットの討論会

 1970年代に、現代ファイナンス理論は大きな力を得て、数々の反発をよそに次第に支持を集めていく。紆余曲折はあるものの、この流れは2008年のリーマン・ショックまで、底流としてずっと続いていたように思う。そうした中で、本当は一つの仮説にすぎなかった効率的市場仮説は、現代ファイナンス理論を支える背景として、次第に、ありとあらゆる局面で常に成り立っている絶対の真理であるかのように扱われることが多くなっていった。

 そんな中で、今でも語り継がれる討論会が1984年にコロンビア大学で行われた。登壇者は、効率的市場仮説派の論客であるマイケル・ジェンセンと、すでに伝説的投資家の仲間入りを果たしていた「オマハの賢人」ウォーレン・バフェットだった。ちなみに、この討論会は、バフェットの師匠でもあるベンジャミン・グレアムがデビッド・ドッドとの共著で、1934年に不朽の名作とされる『証券分析』(邦訳・パンローリング)を出版してから50周年の記念式典として開催されたものだった。

 ちなみにバフェットは、ネブラスカ州オマハで生まれ、名門コロンビア大学ビジネススクールでベンジャミン・グレアムに学んだ。若いころから株式投資で目覚ましい成績を上げ、やがて繊維会社だったバークシャー・ハサウェイを買収すると、それを投資持株会社に仕立て直した。現在、米国有数の企業となったバークシャー・ハサウェイの総帥であり、世界最大級の億万長者となっている。一方で、どんなに金持ちになっても、オマハに住み続け、マクドナルドのハンバーガーを愛し、旧式のフォードのピックアップトラックに乗り続けるような人物でもある。

 その投資手法は広く知れ渡っているが、要はポートフォリオ理論の結論を無視したやり方と言ってよい。長期的に安定した利益成長が期待できる優良企業を探し、値段が下がったところでそれらの企業の株を買う。そして、その企業が優良と評価できる間は株を保有し続ける。選び抜かれた銘柄だけに投資をし、必要以上に投資先を分散させない。優良割安株投資(バリュー投資)、超長期投資、非分散投資が、バフェットの投資手法のキーワードだ。

 彼の投資歴は1950年代の前半から始まっていて、現時点ですでに60年を超えている。その間の平均投資リターンは20%代前半と言われているが、これはどのくらい凄いものなのだろうか。

 仮に年平均リターンを22%としてそれを60年続けると、当初の元本は約15万倍になる。興味深いのは、年平均リターンがわずかに1%上がって23%となると、その倍率は約25万倍にまで跳ね上がるということだ。長年続けることで、ちょっと信じられないくらい大きな成果がもたらされる。そして、わずかな利益率の差は、時間が経過することで、とてつもなく大きな差になる。これが“複利の魔法”ともいわれる効果である。

 それはさておき、米国の株価は、過去60年でおよそ年平均7〜8%上がっている。これはその間に株主に支払われた配当を無視した数字なので、それを含めればもっと高い数字になるだろう。バフェットの成功は、部分的には米国の株が上がり続けてきたことに支えられている。

バフェットの成功を確率計算すると…?

 ちょっと単純化して、バフェットの成功を確率計算してみよう。米国の株式投資の平均リターンを10%、その標準偏差を20%、バフェットの年平均リターンを22.5%とする。ランダムウォークを仮定すると、1年間でバフェット級の成績を収める確率はほぼ4人に1人程度となる。どうだろう。あまり大した数字ではないと言えそうだ。これならダーツ投げの得意なサルを100匹集めれば、そのうちの20数匹は達成できる程度の成績である。

 だが、これを60年続けるとなると話はまったく違ってくる。ほぼ1億人に1人である。バフェットの成績はやはり飛び抜けたものと言ってよい。ジェンセンとの討論の当時は、まだそのキャリアの半分くらいの時点ではあるが、それでもかなりの実績と言えた。

 とはいっても、この証拠だけでランダムウォーク理論を間違いであると決めつけることもまた難しいのである。1億分の1の確率は、絶対に起きないと断言できるほどのものではない。サンプル数が十分に大きければ、すなわち投資家の数がとても多ければ実際に起きうるのである。そのたった一つの証拠だけでランダムウォーク理論を否定しようとしても、相手がジェンセンなら簡単に論駁されてしまうのが落ちだ。

 もちろん、バフェットは「自分が凄い成功をしているのだから理論は間違いである」などという単純な反論をしたのではない。実際にこのときバフェットが行ったジェンセンに対する反論は、実に洗練されたものだった。

 偶然の結果として、一握りのサルが好成績を収めることはよく分かる。でも、好成績を収めたサルの多くが、同じ森にすむサルだと分かったらどうだろう。すべてがランダムに決まっているのなら、好成績を収めたサルのすむ森はあちこちに散らばっているはずだ。でも現実がそうでないとすれば、その好成績には何らかの理由があるはずであり、すべては偶然のなせる業だとするランダムウォーク理論を疑うのに十分な根拠となる。そして実際に、同じ森出身のサルたちが継続的に好成績を収めている確かな証拠がある。そのサルたちを育んだ森こそグレアム=ドッド村なのだ、というのである。

 グレアム=ドッド村に住むサルとは、ベンジャミン・グレアムとデビッド・ドッドが唱えたバリュー投資を実践する投資家たちのことであり、バフェット自身もそのうちの一人である。

 見事な反論ではないだろうか。バフェット一人の成績だけでランダムウォーク理論を突き崩すのは難しい。でも、同じ手法をとる複数の投資家が一様に好成績を収めているとしたら、それはランダムウォーク理論に対する重要な反証となりうる。ジェンセンがこのバフェットの反論をいったいどのような表情をして聞いていたのか、大変興味深いところである。