映画における“いいラブシーン”とは何か? 地下アイドル・姫乃たまが考察

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 アダルトビデオを年間に100本以上観る生活を送っていたら、ラブシーンに重点を置いて映画を観るというこの連載が始まりました。ラブシーンについて書く以前は、とにかくアダルトビデオのレビューを書き続けていたのです(悲しいことにアダルトビデオをたくさん観たからといって、私に映画を観る素養があるかはわかりません)。

参考1:篠田麻里子、間宮夕貴、岡村いずみ……“濡れ場”に見る、女たちの強さ 姫乃たまの『ビジランテ』評

 レビューの仕事をしていると、AV女優さんへのインタビューや、イベントで司会をさせていただく機会も増えるのですが、私の場合、一度でも面識ができるとその後一切その女優さんの作品が観られなくなります。本人に会ったことで改めて興奮を覚える人も多いようですが、次に作品を観るのがもう気恥ずかしくて耐えられないのです。

 アダルトビデオの話をわざわざ文章にしてきたことで、だいぶ羞恥心が麻痺している自覚はありますが、そういう妙な恥じらいも無駄に残っています。そしてこの連載を始めたことで、邦画のラブシーンに対しても同じような恥じらいがあることに気が付きました。しかもこちらの場合、出演者と直接面識がなくても恥ずかしいのです。

 たとえばこれまでに、『ビジランテ』で披露された篠田麻里子のカーセックスシーンや、『ナラタージュ』で松本潤と有村架純が結ばれるシーンなどについて書いてきました。そのどれに関しても様々な感想を抱きましたが、実のところ一番は「気恥ずかしかった」なのです。

 もしかしたら私はテレビで頻繁に顔を見る人たちに対して、自分が思っている以上に親しみのようなものを覚えているのかもしれません。いままで「上司にしたい芸能人」とか「芸能人好感度ランキング」とか、面識のない人に対してそんな風に思うことが少しだけ腑に落ちなかったのですが、理解できた気がします。

 全国どこでも流れているテレビでの彼らと違って、映画館という限られた空間で観る彼らのラブシーンは、公の場では見せていない裏の顔を見てしまった感覚がします。それに、著名なアイドルや女優の場合、事務所による露出のレギュレーションがラブシーンから垣間見えるので、ますます申し訳ないような、有り難いような、恥ずかしい気持ちがするのです。

 それなので、面識がない女優のアダルトビデオを観るのと同じように、これまで手放しで堪能できたラブシーンは、ギャスパー・ノエ監督の『LOVE【3D】』と、パク・チャヌク監督の『お嬢さん』でした。どちらも最高です。

 『LOVE【3D】』は若いカップルの思い出を回想する作品で、当然そこにあるべきセックスが描かれています。恋人同士の性と喧嘩がミルフィーユになって強烈に続くこの映画は、生理的な欲求を省かずに映画にするとどうなるか教えてくれます。なんと言っても、射精中の男性器をてっぺんから3D映像で映し出すカメラワークが最高で、いまでも時々夢にみます。

 数々のエロティックな名シーンが詰まっている『お嬢さん』も、お嬢さんの女性器を舐めようとする女中の顔を、女性器の視点から捉えた斬新なカメラワークが最も印象的に残りました。

 どちらのシーンにも性衝動に突き動かされている人間の滑稽さがあって、それに対する愛おしさと羨望を感じられるのが、私にとってのいいラブシーンなんだと思います。

 ちなみに私がこれまで映画を観なかったのは、もともと活字ばかり読んでいる子供だったからです。

 映画になると映像と音と役者の演技と、急に情報量が増えるので、すべての効果や意図を汲める自信が持てずに避けてきました。活字を読んでいる時は、頭の中で勝手に絵を補正するのも楽しく、書いてあることとは異なるイメージを思い浮かべながら読んでいる時もあります。

 映画は私が想像しなくてもイメージを与えてきます。今回挙げたラブシーンはどれもカメラワークの展開が読めないもので、相手が想定していない動きをしてくるという点では現実の性行為と同じです。だから楽しめる、というまとめでいいのでしょうか。なんだか年始にすみません。今年もみなさんがよい一年を過ごせるように、いいラブシーンに出会えるように願っています。(姫乃たま)