私は相撲が大好きである。今は、仕事といっても、ほとんどが自宅での執筆作業なので、テレビで相撲を見る時間がたっぷりある。おかげで、幕内の相撲をほとんど見ている。十両の有望力士の取り組みを見ることもある。昨年(2017年)の9月場所も両国国技館のマス席で観戦した。

 だが、今回の日馬富士による貴の岩への暴行傷害事件を端に発した相撲協会のごたごたを見ていると、さすがにうんざりしてくる。やはり相撲ファンの妻と「なんか、見るのが嫌になってきたね」などと話し合っている。

 ちょうどそんなことを思っていたとき、12月27日付の朝日新聞に「相撲ファン 皆で一度やめよう」という投書が目に飛び込んできた。概略、次のような内容だ。

「50年以上愛してきた大相撲に、さよならしたい。もう見ていられません」
「問題が起きても相撲協会がしっかり対応しないので、力士の不祥事がなくならない」
「だんまりを続けた貴乃花親方も、いい加減に目を覚ましてほしい。自分一人では何もできないでしょう。思いがあるのなら、早く口を開いて私たちに説明してほしかった。これもまた、相撲ファンを無視した身勝手な行動だと思います」
「全国のファンの皆様、ここは一度相撲ファンをやめてみませんか」

 思わず、「その通りだ」と思った。大相撲を愛しているが故の諌言である。

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“相撲愛”を感じないテレビの無責任論評

 テレビなどマスコミは、こういう問題が起こると視聴率が稼げる、販売部数が増えるというので、これでもかこれでもかと取り上げる。その取り上げ方が問題なのだ。当初、事実関係がよく分らない段階であるにもかかわらず、「ビール瓶で殴った」などという報道がなされた。ワイドショーなどでは、この真偽不明の情報をもとに、コメンテーターが推論に推論を重ねたような発言を繰り返していた。

 テレビのワイドショーは、この推論のオンパレードだったと言ってもよい。元小結の旭鷲山が日本にわざわざやって来てさまざまな証言を行っていたが、その証言もほとんどが伝聞に過ぎない。だがテレビでは「新証言」などと大々的に取り上げられ、それをもとにまた推論ばかりの議論がなされるのである。

 多くのワイドショーは今日(12月29日)で1年の最後になったが、前日の理事会における貴乃花の理事解任決議を延々と取り上げる局もあった。そしてまたまた真偽不明の情報をたれ流していた。

 その内容とは、理事会に出席した親方の1人が「重すぎる処分」だと語っているとか、「出来レースのような理事会だった」とか、「このままでは終わらない」などと語っている親方もいるというものだ。だが、その発言をしたとされる親方の名前はまったく明らかにされないままだった。これでは、この発言が事実かどうか確認しようがなく、ガセネタと言われても仕方がない。ところが、これを巡ってまた推論に基づく議論が続くのだ。

 すべてのコメンテーターではないが、「おそらくこの人は、大相撲に何の関心もないのだろうな」と感じる人がいた。相撲ファンの私からすれば、こんな人の論評など聞きたくもない。

 日馬富士が暴力を振るったことは、確かに悪い。だが私は、日馬富士は素晴らしい相撲取りだったと今でも思っている。自分に責任があるとはいえ、無念で悔しかったであろうことも痛いほど分る。

 私の友人に、日馬富士が引退したことについて「別にいいじゃない」というのがいて、「相撲に関心もない人間が意見など言うな」と思わず怒声を発してしまった。テレビで取り上げる際にも、やはり“相撲愛”が欲しいと思う。

貴乃花親方の言動は幼稚すぎないか

 12月28日に発表された貴乃花親方への処分についてネット上では多くの批判の声があがっている。だが、処分は妥当だと思うし、その理由も説得力のあるものだった。

 貴乃花親方が警察に持ち込んだということは、警察沙汰にするということである。そうであればなおのこと、巡業部長であろうとなかろうと、相撲協会に報告するのは当然ことだ。「相撲協会には、警察から連絡がいくから」と説明しているようだが、それは違う。貴乃花親方は、重大事態だと認識していたはずだ。その認識を相撲協会と共有するためにも、報告すべきであった。ましてや理事でもある貴乃花親方は、本来、相撲協会と対立する立場ではない。執行部の一員なのである。執行部の一員として、理事会に問題を提起することも可能であり、それが責任でもあるはずだ。この責任を放棄したのが、今回の貴乃花親方の行動であり、断罪されてしかるべきである。

 それにしても貴乃花親方の行動はあまりにも子供じみている。九州場所開催中に、日馬富士とその親方である伊勢ヶ浜親方が貴乃花部屋に謝罪に訪れたことがあった。ところがその2人の目の前で、2人を無視して車を発信させ出かけてしまった。テレビではその場面が何度も放映された。会って話を聞くぐらいは世間の常識である。ましてや相手は敵ではない。同じ大相撲界の仲間のはずだ。会って話を聞き、それで納得できないのであれば、その旨を伝えれば良いだけのことだ。

 巡業中に、モンゴル出身の横綱白鵬などが土俵に上がると、貴乃花親方が会場から出て行ってしまうという場面も、テレビで放映された。どう考えてもモンゴル出身の白鵬らが気に入らないという態度が見え見えである。これも大人気ない。

 理事会でも、弁明の機会を与えられたが、何も発言しなかったという。今回の騒動で、ほとんど何らの説明も行っていない。これでは誰も、貴乃花親方の思いを理解することはできないだろう。相撲取りなら“男は黙って勝負”というのも良いが、親方はそれでは済まない。

相撲取りは尊敬に値する

 アメリカのメジャーリーグにたくさんの日本人選手が行っている。来年は、大谷翔平選手も活躍することになるだろう。だが、これまで行った日本人選手で、英語でインタビューに応じている姿を見たことがない。ゴルフの宮里藍さんは早くから英語でインタビューに応じていた。大したものだと思うと同時に、野球選手は情けない、と思ったものだ。

 この点、大相撲はすごい。モンゴルであれ、ジョージアであれ、どこの国の出身でも、多少拙さはあったとしても、日本語で生活し、日本語でインタビューにも答えている。10代で来日し、習慣も、言葉も分らない中で、猛稽古に取り組んできた。逃げ出す若者が多いのも頷ける。大相撲の稽古は半端じゃない。ハワイ出身の高見山という人気力士がいたが、入門当初は体が固く、涙を流しながら股割りの稽古をしたという。

 今、楽しみな若手力士もたくさんいる。御嶽海、貴景勝、北勝富士、阿武咲、宇良など挙げればきりがないぐらい若手が伸びてきている。稀勢の里の復活も待ち遠しい。大関高安や玉鷲、嘉風の元気いっぱいの相撲も楽しみだ。

 かつて貴乃花親方が語っていたが、相撲取りの立ち会いでもぶつかりは、軽自動車同士が正面衝突するぐらい衝撃だという。この衝撃に耐える身体を作り上げ、土俵に立っているのだ。これだけでも尊敬に値する。

 相撲取りぐらい着物姿が似合う人たちはいない。それに大銀杏を結って、闊歩する姿は、格好いいものだ。行司や呼び出しの姿も、大相撲独特のものだ。国技といわれるが、日本の文化そのものでもある。それに外国の若者までが引き寄せられているのだ。嬉しいことではないか。

 まだごたごたがあるような報道もあるが、いい加減にもう止めてほしい。そんなことをすれば、本当にファンは離れてしまう。私は、今年も一ファンとして大相撲を応援していく。

筆者:筆坂 秀世