「あけましておめでとうございます」

 「本年もよろしくお願いします」と皆さんおっしゃるわけですが、新年あけましておめでとうという「新年」は「新月」と同様、一番短い夜が少しずつ大きく成長する<冬至>に設定された、というお話を、昨年の最後に記しました。

 では「本年」も、このコラムの原点に立ち返り、常識の源流に遡ってみたいと思います。

 お正月、と言いますよね? なぜ「正月」なんでしょう?

 私が子供の頃、何かのマンガで、サザエさんならカツオ君的なキャラクターだったと思いますが、なぜ「正月」が「正月」かと問われて

 「そりゃ、おしょうがつだけはお年玉が来るから、正しい月で、それ以外の月は間違っているんだよ」と答えるシーンがありました。

 でも、改めてどうして「正月」と言うのでしょう?

 子供にそう尋ねられたら、どのように答えたらいいのでしょうか。例によってですが、冬休みに温故知新、歴史などを遡りつつ、実は自然法則の大きな問題を考えるという、このコラムの典型的「お家芸」で2018年を始めてみたいと思います。

 本稿は、お正月のお家で、コタツかなんかで、お子さんと一緒に紙と鉛筆を出してきて、親子で試してみることを想定して書いています。

 こういう生活習慣が身についた子なら私どもの大学、東京大学の2次試験などに向いた地頭が養成できること、十分請け負えますので、騙されたと思って、お子さんと考えてみてください。

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太陰太陽暦という考え方

 さて、改めて考えてみると、1年というのは地球が太陽の周りを回る周期である、というのはみんな知っているわけですが、それを分割する1月、2月・・・という「1か月」という単位は、実は「月(Moon)」という天体の運行で規定されている。

 「1年」は太陽(Sun)と地球(Earth)の関係で成立しているけれど、「1か月」は「Earth」と「Moon」の相対的な周期でできているわけです。

 何を今さらそんなこと、と言われるかもしれませんが、こういう微細な点を「面白い」と思うところから、主要な科学の発見や理論の確立がなされています。

 私は子供たちや学生諸君に常々、繊細な差異を見つけ出して「面白い!」と感じるようなセンシティブな才能を育ててもらいたいと思っています。

 いかにも面白そうに作られたものは、面白いに決まっているわけです。誰かがそのように仕組んだのだから・・・。そして、だいたい飽きる。人が作ったものだから。

 そうではない、一見するとどうということのない、つまらなさそうな風景の中で、1人嬉々としておかしなものを見つけてきて、あーだらーこーだらーとやっているうちに、「月もりんごも一緒に落ちる」などという大半の人が阿呆と思うような話からニュートンの運動方程式が導かれました。

 また、「光と一緒に宇宙を飛ぶ人がいたら世界はどんなに見えるかしらん」といった素っ頓狂としか言いようのない話を20代の半ばにもなってくよくよ考えて計算した結果、特殊相対性理論のようなものをポアンカレやアインシュタインは見つけるわけです。

 1日は「地球」の自転、1か月は「月」の満ち欠け、1年は「地球」の公転が支配する・・・元来は独立である天体の運行が、偶然を含めもろもろ関係づけられている。

 灌漑農耕を創始して以降、共同体の存続を懸けたテクノロジーとして暦のイノベーション開始した人類は、様々な周期性が天体の運行の中に存在することに気づき、それを正確に記録し、分析を開始します。

 一般に周期性というのは長すぎても短すぎても分かりにくい。私たち人間にとってそこそこ分かりやすい周期性の順に、古代の人々はその法則に気がついていったと思われます。

 「月の満ち欠け」は実はなかなか高度なメカニズムでできてます。

 地球の周りを月が回転する「月の公転周期」は約27.3日と、今日の観測技術から知られています。しかし古代人がこの事実を知る方法はありません。

 メソポタミアやエジプト、殷の人々に分かるのは「三日月」が「満月」になり、また細くなって「新月」になり・・・という周期を目測することでしかありません。

 これは月の公転だけでなく、その間、回転の中心である地球も太陽の周りを公転していますから、その分だけ余計に進むことで、初めて1周期が成立し、その分の遅れを含めて「新月」から「新月」まで約29.5日で「満ち欠け」を繰り返します。

 このあたりの話は、文字で読むだけだと分かり難いと思います。

 中学生などに教えるときには、数人に懐中電灯やバスケットボールなど持たせて教室いっぱい使って歩かせたりすると全員が納得します。

 全くのアナログですが古き良き、旧制高校的な自然法則教授法を、私は大学では生涯貫くことを最近決意したばかりです。

 さて、新月から新月まで、満月から満月までが平均約29.5日、これが約12回繰り返されると1年になるわけですが

29.5×12=354

 で、1年を純然と「12の月の満ち欠け」で考えると、1年(365と1/4)に11日ばかり足りなくなってしまう。

 この「問題」に、人類のあらゆる古代文明は正面から取り組み、これを制した人は農業の作事暦の支配者=王となって、その地域を統治する力を得たわけです。

 エジプトのピラミッドの王様でも古代インドの藩王でも、「大化の改新」の天智天皇でも、この一点には全く違いがないと言ってよい。支配者は暦に敏感でした。

 古代中国では「易姓革命」という思想すら成立し天命で統治を付託された王様は、暦そのものによって廃絶すらされると予言された。

 これらを「占い」「迷信」「非科学的」と笑うのは簡単ですが、その背後に含まれるサイエンスをまじめに考えると、実は21世紀の大人でも、鉛筆舐め舐め筆算などしながらでないと、正確な理解は定かでないかもしれません。

実は複雑な「月のみちかけ」

 さて、古代人が目視して「大体30日」で満ち欠けを繰り返す月の運動は、今日の天体観測を通じて、約29.3〜29.8日の間を、複雑に振動しながら変化し続けています。

 後々の便利のために、29.5日との誤差分を/2と書いておくと、/2≒0.2〜0.3ということになります。

 変動の振幅=29.8-29.3=0.5で、実はほぼ半日、つまり12時間ほども振れれ幅がありながら、現実の月は複雑に運動している。

 これを精密に観測しようと、古代人も、ケプラーも、21世紀の天文台の科学者たちも、いろいろ工夫するわけです。

 さて、仮にこの問題を、太陽と地球と月の3者だけで決まると考えても、こうした力学系は「多体問題」と言って厳密に解くことが至難です。「非線形」とか「複雑系」といった言葉を使ってお話するケースもありますが、お正月ですからここはシンプルにいきましょう。

 複雑な問題をごく簡単なモデルで近似して物理屋は問題を解いてきたわけで、科学の革命は、この「近似」の度合いが大きくステップアップすることで得られます。

 だから、繊細な変化に敏感でない人には、サイエンスやテクノロジーで大きな仕事をするのは困難ということになる。

 子供を受身で刺激の多い環境に置かず、のどかで自分から自然に働きかけないと何も出てこない田舎で放し飼いにする方が、よほど伸びる人材が出るというゆえんです。

 それはさておき、この「複雑な満ち欠け」を人類は巧妙な「少し壊れた周期性」でモデル化してきました。つまり

1月 3月 5月 7月 (  )(  )(  )・・・

 と、ひとまず1つおきに奇数の月を「31日」と<大の月>に見立て

(  ) 4月 6月 (  )(  )・・・

 偶数月を「小の月」に見立てて見るわけですが、うまくいかない。

 あれこれ試行錯誤があって、大の月を

1,3,5,7,8,10,12

 と7つ設け

2,4,6,9,11

 の5つを小の月とすると、12を5と7という対称性の敗れた2つに分割して、大の月、小の月を割り振ってやると、やや具合がよろしい。

 さて、本当の月の満ち欠けは29.5日近辺で複雑に運動しています。そこで閏の1か月あたりのズレを便宜的に

29.5-δ

 と書くことにしましょう。δは、とりあえず、よく分からないものの凸凹の平均値と思っておく。こういうのを誤魔化さず、「分からないものは分からない」としながら推論を進めるのは、結構大事なことです。

 そういう理屈の式、大げさに言えば「月観測に基づく理論式」を考えてみましょう。さて、大の月は31日ですから

31-(29.5-δ)=1.5+δ

 小の月を仮に

30-(29.5-δ)=0.5+δ

 7か月の大の月と5か月の小の月の分を足し合わせると

7×(1.5+δ)+5×(0.5+δ)=13+12δ=(よく分からない分・月観測と理屈で作った)

 ということになる。

 さて、現実の1年は365.25日、12<月満ち欠けは354日で11.25日あまるのが問題だったわけですが、上の(よく分からない分)を太陽観測値に当てはめてみると

<月観測+理論式>13+12δ=<太陽観測値>11.25

 ここから

<理論式>12δ=<複合観測値>-1.75日

 となり

<理論式>δ=<複合観測値>-0.145833333….

 となりますが、これだと使いにくい。古代の王権はあっちこっちでいろいろな暦を作っては「わが王朝こそは正統であるぞよ」とやったけど、あまりうまくいかなかった。

 上でお気づきかと思いますが、上記の古代モデルは小の月と言いながら2月も30日で計算しています。そこで、後知恵になりますが、2月に工夫をして

(2月) 28-(29.5-δ)=-1.5+δ

 という補正を加える「拡大・大の月小の月」モデルで考えると

7 ×(1.5+δ)+4 ×(0.5+δ)-1.5+δ

=10.5 + 2-1.5 +12δ=11+12δ=11.25

12δ≒0.25=1/4(日)

そこで δ≒1/48(日)

 が得られます。これはどういうことか?

 要するに「1か月あたりのズレ」は48分の1日、これだけ差し引いてやると帳尻が合い、現実にはこの分だけ、つまり「1か月」あたり30分程度ずつ間延びしていくので、これが積もり積もって48か月経つと「1日」のズレになる。

 1年は12か月ですから48か月というのは4年で、つまり4年で1日の「閏」を設けてやれば、4年がかりで1日の帳尻が合う。

 という比較的簡単な値、つまり「暦」が得られました。お分かりでしょうか?

 4年に1度の「閏年」を、ごく簡単な理屈と観測値から導くことができたわけです。ちょっと面白くありませんか?

 つまり 先ほどのような「拡大・大の月小の月」モデルで考えると、1月で30分、1年12か月で積算すれば約6時間(4分の1日です)ずつずれていくので、4年に1度の閏年で調整してやればよい。

 それを、さっきいたずらした2月に補整項として入れてやればよいので 2月29日を4年に1度ずつ設定した人がいたわけですね。

 あまりお気づきの人がいない事実ですが、オリンピックは4年に1度、閏年に開催されています。次の五輪、2020年が直近の閏年で、2018年はカレンダーにあるとおり、平年ということになる。

 このモデルは「±2ちょこちょこ」程度の誤差はあるものの。なかなか悪くない近似を与えるので、長らく使われてきました。

 西欧ではこれを設定した人が皇帝となりました。ユリウス・カエサル、つまりシーザーで、彼の定めた「ユリウス暦」365日と4分の1日は、紀元前45年から延々、改良を加えられながら大枠現在まで踏襲されている。

 テクノロジーを征した人が歴史に貢献するという典型例と思います。

 さて、面白いことに、これは洋の東西を問いません。東アジアでも、実はローマよりよほど先立って、これと同じ暦を、観測地と計算していました(いま上でやってみました)。

 「お正月から何つまんねーことやってんだよ」と思ったかもしれませんが、人生に1度くらいやってみてもいいと思う計算が100前後はあると思う、その最右翼の1つが「暦の起源を自ら確認する」計算だと私は思っています。

 古代中国では「せんぎょく暦」(漢字はあまりにすさまじい文字で表記できないので、興味ある方はリンク=https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%AE%E3%83%A7%E3%82%AF%E6%9A%A6をご参照ください)が、1年を365と1/4日、1か月を29と499/940日=29.53085106・・・日と定義しています。

 こんな複雑な計算を、紀元前220年代に中国という文明は達成しているんですね。全面的にこの「せんぎょく暦」が採用されるのは秦代で、秦の始皇帝(259 BC- 210 BC)による中国の統一時にこれが採用されている。

 片やローマでは初代ローマ皇帝シーザーが180年ほど後に導入するこの暦法を、私たちの東アジアではなんと紀元前3世紀、精密な天体観測と精緻な数理で解き明かしており、それを採用したのは秦の始皇帝にほかならなかった。

 この事実はなかなか面白いと思いませんか?

 そこで行われた古代人の計算、上でフォローしてみましたが、決して馬鹿にできないのがお分かりいただけると思います。

 春秋戦国時代、多くの王朝が乱立し、そのすべてが自分こそは正統だとして暦を制定し独自暦を主張しました。

 それを初めて統一したのが秦朝で、始皇帝は暦の統一者でもあったわけです。時間と空間を支配するのが皇帝ですから。

 彼は趙氏、姓は「えい」という複雑怪奇な文字を書きますが、名前は「政」と言いました。

 始皇帝が統一して施行した、人類史最初の精密妥当暦の「最初の月」が、始皇帝の名で呼ばれるようになった・・・呼ばせたんでしょうね、たぶん。

 それが「政月」で、ここから作りが取れて「正月」となったのが、共通暦の第1月の呼び名の起源であるようです。

 太古の問題を考えるのに、実は不易流行の自然科学や数理が非常に有効です。

 東京大学作曲指揮研究室では古代ギリシャから中世ルネサンス、現代に至るまで、この種のメカニズムの解明でいくつか貢献があります。実は同じことが、未来についても言うことができます。

 すなわち、今後の未来、見えない予測を考えるうえでも、不易流行の自然科学や数理が非常に有効です。

 東京大学「Fintech協創圏」はそういう仕事を2018年、鋭意推進しようと考えていますが、そのポイントは自在な文理横断型の知性、原理から立ち上げてフロントエンドの未踏問題をなで斬りにしていくしなやかな思考と果断な実行にあると思っています。

 1年の計は元旦にあり(この原稿は12月27日に奈良の宿で書きましたが)とも言いますので、新年に当たって、文理横断型の「常識の源流探訪」で、少し手計算もある年頭の辞を準備してみました。

 このコラムは脊髄反射で「良い悪い」言われる内容を記さないようにしています。きちんとつき合ってくださった方には得るものがあるはずです。

 野村証券など多くの企業が新人研修で活用してくださっているのには、こんな背景があるという楽屋落ちと合わせまして・・・今年もよろしくお願いします。

筆者:伊東 乾