2017年7月、産業展覧会「INNOPROM2017」に出席した世耕弘成経産大臣。INNOPROMのより


 2016年5月に行われた安倍晋三首相とロシアのウラジーミル・プーチン大統領のソチ会談に合わせるべく、突然のように発表された日露経済交流8項目。

 官邸主導と言われる外務省・経産省発表の施策の目的は言わずと知れた北方領土奪還への経済面からの支援策のはずであった。

 これまで政治中心で進んできた日露交流を国民経済レベルまで掘り下げるべく、経産省は中小企業も巻き込んだオールジャパンでの施策を企画、それが冒頭にあげた日露経済交流8項目であった。

 特に中小企業に関しては、「中小企業交流・協力の抜本的拡大」という項目の具体化を傘下のジェトロ(日本貿易振興機構)とROTOBO(ロシアNIS貿易会)に委ねた。

 そんな経緯でスタートした具体策の1つが、ジェトロで新たに組成された「ロシアビジネス展開支援事業」であり、2016年末からスタートしている。

 この事業の仕組みを説明すると、ロシアとの取引を希望する全国の中小企業は、ジェトロに申請を上げ、書面での審査を受ける。

 この審査に合格すると、その後はジェトロが派遣するロシア貿易のプロがアドバイザーとして、ロシア側のパートナー探し、現地での商談、契約締結までを一貫して面倒を見る仕組みとなっており、そのアドバイザー費用は全額ジェトロが負担する形となっている。

 昨年末にこの事業が発表されて以来、新たにロシア市場を目指すべくジェトロに支援申請をした中小企業は約150社、その中でロシア側にパートナーが見つかり、アドバイザー派遣対象と認定された企業は全体の4分の1、40社に過ぎない。

 すでに80社以上は道半ばにして本事業から撤退している。そもそも最初の審査の段階で、「対露商取引に適さず」 と判断され、その先に進めなかった企業が30社程度あるので、中小企業にとり、対露取引はスタートから難問続きと言える。  

 本年7月、我が国はロシア・ウラル地方の大都市エカテリンブルクで開催された産業展覧会「INNOPROM2017」にパートナー国として参加、現地には世耕弘成経産相も馳せ参じ、プーチン大統領と会場を回るというパフォーマンスを見せた。

 その結果はどうだったのだろうか(2017.8.3弊稿「世代交代が一気に進み、日本への期待強めるロシア」参照)。

 参加企業170社、日本側出張者800人、往復契約額550万ドルというと、大成功のような印象をもつが、実態としては日露の大企業同士の商談会だったという側面が大きい。

 筆者はジェトロ派遣アドバイザーとして、現地で日本の中小企業数社のお世話をしたが、来場者の関心は川崎重工業、日産自動車、三菱電機など、大企業の大型展示に向かい、我々のブースに立ち寄るのは、かなりのもの好きか、日本語会話を実地に試したいという日本語専攻の大学生くらいだった。

 INNOPROM終了後、会場で交換した名刺をもとに、ロシア企業に見積もりや輸出価格表を送付しても、反応は梨のつぶて。いまさらながら、ロシア企業との付き合い方の難しさに愕然とする。 

 では、日露貿易において、官邸や経産省が意図する中小企業の対ロ交流は役所の夢物語なのだろうか?

 いや、それは日本側のアプローチがロシア側の需要に合致していないからなのだ。

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市場研究の不足

 家庭用電化製品など耐久消費財にしても、食品類などにしても、日本の中小企業が考える対露輸出商品は、自社で製造した自社ブランド製品である。

 しかし、本格的な日本食が存在しないロシアでその日本食にベストマッチする高級日本酒が売れないのと同様、肉を手斧でたたき切る国に、切れ味の鋭い包丁が大量に売れるわけがない。

 逆に一日中お茶を飲む習慣のあるロシア、そのためにサモワールというお湯を常に沸かしておくことのできる伝統的な湯沸かしのある国に、なぜ日本メーカーは定温維持機能付き電気ポットを提供しようとしないのか。

 ロシアの夏は乾燥していて気持ちがよいが、その頃を見計らってヒーター用蒸気の供給が10日間単位で止まる。

 これは毎年恒例のパイプメンテナンスのためだが、その間は自前の設備でお湯を沸かさねば、風呂にも入れない。

 この対策としてソ連時代から電気式瞬間湯沸かし器が英国から輸入され、それがいつの間にかロシアで現地生産され、大量に提供されるようになった。しかし、日本メーカーの製品は全く入っていない。

 これらはほんの一例にすぎないが、日本で売れる製品がロシアでも売れるとは言えないし、またロシアだからこそ必要となる商品もある。

 我が国においては、このような相手市場の研究がなぜかロシアについては進んでいない。

ブランドについての考え方

 最近、モスクワのショッピングモールを歩いて驚くことがあった。しばらく見ないうちに、高級ロシアブランドの店(ブティックと称する)が増えているのだ。

 台所用電気製品では「BORK」、鞄は「DR.KOFFER」、マッサージチェアは「US-Medica:Yamaguchi」、一見西欧企業を思わすブランドだが、これらはすべてロシア企業の持つブランドである。

 そして、その多くは中国で製造されている。海外からの輸入品に高級感を抱くロシアの消費者心理を利用すべく、これらのブランドの多くはロシア企業の製品であることを前面には出していない。

 BORKの場合、ロシアにおける同社製品購入者の8割がBORK GmbHという社名を信じ、ドイツ製と思っているという調査結果もある。

 DR.KOFFERは必ずブランド名の下に小さく「New York」という文字を入れて、ロシア人の憧れの場所、ニューヨークをイメージさせている。しかし、米国との関係は全くないし、米国内で販売されているわけでもない。

 製造者とブランドが必ずしも一致しないというのが、ロシアでの現代ブランド戦略の要である。

 今、これらのブランドは、次第に高まる購入者の要求に合わせるべく商品の高級化、高機能化を急いでいる。

 従来の中国製造ではその要求を満たすことができない。ここに目をつけたのが、スイスやイタリアなどのヨーロッパ先進国OEM(相手先ブランドによる生産)専業メーカーである。

 ロシアブランド会社はこれらの製品を輸入しながら、自社のロシアブランドをアップグレードし、高値販売する。

 BORKの場合、アップグレードされたハイエンド製品は、「BORK PLATINUM COLLECTION」という名で販売されているが、その製造国の中にはスイスやイタリアといった一流国が入る。  

 今後の日本企業、それも中小企業の製品のロシア展開を考えるときに、全国展開をしているロシア高級品ブランドに、自社製品をOEM提供する、というのは極めて効果的な対ロ戦略になると筆者は考えている。

 今、日本企業がロシア国内で開かれる展示会や博覧会で必死の努力をしているのは、メーカーズブランドで全国展開の手伝いをしてくれる中間業者―卸売業―を見つけることだ。

 しかし、ロシアにおける卸売業は、きわめて商圏が狭いうえ、インターネットトレードの発達とともに、卸業そのものが衰退していく運命にある。

 全ロシアの主な主要都市をカバーし、さらに日本の中間業者のように厚い在庫を持つ財力のある卸売りはロシアには存在しないと言ってよい。

 それなら、すでにロシア中に販売ネットワークを構築しているロシアブランドに製品を供給し、自社ブランドに固執しないのも商売の方法ではないだろうか。

 ロシア企業は、自身では製造できない高度な商品を他国の製造業に委ねる形で成長を図ろうとしている。このロシア企業の経営姿勢こそが今後の日本の中小企業における対露売り込み戦略の要になると筆者は考えている。

筆者:菅原 信夫