今年も残すところ、あとわずかとなりました。こう記しながら、もし子供から「どうして今年があとわずかなの?」と訊かれたら、あなたならどう答えますか?

あなた「そりゃ、もうすぐお正月が来るからだよ」
子供「どうしてお正月が来ると今年があとわずかなの?」

あなた「1年はお正月から始まるからだよ」
子供「どうして1年はお正月から始まるの?」

あなた「そりゃ、そう決まってるからだよ!」
子供「どうして1年はお正月から始まるって決まってるの?」

 あなた「そりゃ(うるせーな・・・)昔からそうなの。1年は365日で、去年も、その前も、その前も、ずーっとそうだから、お正月からなの」

子供「どうして・・・」
あなた「お母さんに訊きなさい。お父さんはちょっと出かけてくる」

 こんなやり取りになってないでしょうか?

 1年は365日。これは誰でも知っている。天体の運行を通じて、具体的には地球の公転周期として、比較的簡単に説明できるかと思います。

 また、小さな誤差があるのは、閏年で調整している。それは4年に1度あって・・・という話もできるでしょう。

 なるほど、1年は365日、閏年で調整。これは納得がいきます。でも、これは周期が1年という話ですから、いつから始めてもよさそうですよね?

 つまり、1月1日でなく4月30日を1年の初めにしてもよい。「なぜ?」「私の誕生日だから」と偉い王様が言えば、それで通りそうな気もします。

 あるいは4月30日を「新しい1月1日」にしてもよさそうなものですが、実際にはこのやたらと寒い時期に1月1日が設定されている。

 「どうして?」と小さな子供に尋ねられたら、あなたならどうお答えになるでしょう。子供というはトンでもないことを訊くものです。

 「どうして冬休みには、クリスマスとお正月と2つあるの?」「プレゼントとお年玉と両方あるのはいいけど、まとめて2つ来るより、もう少し離れてた方が、僕は便利なんだけど」

 なんて生意気なガキが出てきたとしたら、さて、あなたならどのようにお答えになるでしょうか?

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古代人の見る宇宙

 なぜ1月1日が今のように定められているか?

 本当に正確に問われれば「様々な経緯を通じて、一番妥当な線で、現在は1月1日を決定している」としか言いようがないと思います。

 また、さっきの「お父さん」が言うように、去年も、その前も、そのまた前も・・・とずっと昔から1年の周期が繰り返されてきたから、何となく、この時期に1月があり、1月1日もある・・・そういう側面もないわけではない。

 では、さらに遡って古代人は、どのように1年を考えていたのか。もっともっと遡って、原始人はどんなふうに考えていたのか?

 そうやって突き詰めていくと、人類発生以前の地球上には「1年」という考え方は存在しなかったことが分かるでしょう。

 天体の運行周期としての1年は、もちろん地球誕生以来ずっと(いろいろな変化はあるにせよ)あったはずです。

 でも、それを「1年」と人類が理解するには、それなりの文明、高度な知能と、暦を理解することが可能な天体観測機器が必要不可欠でした。

 そう、天体としての地球の運動が、四季折々の別を決定し、時計も、カレンダーも、およそすべての、人類が時間を司るすべての尺度を与えていた。

 そこで、1年を発見する前後の古代人の気持ちになって「年の初め」を考えてみたいと思います。

 大昔、まだ高度な文明が発達する以前、人類は狩猟で獲物を追い、木の実や果実を取って命をつなぐ雑食性のサルと言っていい存在だった。それが今日の人類へと決定的な一歩を踏み出したのは「灌漑農法」発明の影響が大きいと言われます。

 原始人も春夏秋冬の四季は感じていたはずです。動物たちだって冬眠もすれば恋の季節も迎える。

 でも、それが何日周期で回っているとか、1年なんて概念は動物には関係ありません。季節の巡るなか、本能に命じられるまま、渡り鳥は旅だち、獣は冬毛と夏毛が生え替わった。

 ところが、どこかで誕生した「農業」・・・当初は、生えてるものを取ってくる「略奪農法」だったことでしょう。

 それが、水路を引き、計画的に種を撒いて麦や米、穀物類や野菜などを育てる「灌漑農法」などの発展に伴って、何月何日(ごろ)に種を水にふやかせ、とか、この時期になったら田植えをしろ、といった「農事カレンダー」が必要になり、切実な技術として暦というものが発達し始めた。

 何しろ、一つタイミングを間違えれば、作物は全滅、共同体は餓死の危険性があった。ですから、暦を司るということは、村の時間を支配するということで、王者たるもの必携のテクノロジーでした。

 そして、「時計の技術」現実には、文字盤ではなく宇宙という回転体(本当は地球が回っているわけですが、最初は天動説でしたから)を読み解く技術が発達した。

 古代エジプトのピラミッド、古代中国の易姓革命や片違え、日本の陰陽道・・・すべて実はこうした本質が、地球上様々な共同体で発現したもの、と見て外れないと思います。

 アストロノミーは中国語で「天文」という。なかなか意味深い表現ですね。天を文字のように読むというわけです。

 いつ何をすればよいか、は「天」という文字に書かれている。ですから、当初の天文には暦の科学の側面と、占いの側面が不即不離、一体の形になっていました。

年の初め、時間の誕生

 古代の人々は、現在の私たちと違って、刺激の少ない世界に棲んでいました。しかし、逆に言えば繊細な自然界からの情報に敏感だった。

 夜空には今よりはるかに多くの星が瞬き、それらの微細な変化に、純朴だけれど澄んでいた当時の人々の視線は注がれた。

 今と違って電気などありません。お日様が昇れば明るくなり、日が沈めば基本、世の中は真っ暗です。街灯もなければ監視カメラもない。夜の森には恐ろしい狼や妖怪変化が集い、寒いところにいれば病魔がやってきて私たちの命を脅かす・・・。

 そんな、不思議に満ちた古代や中世の人々は、お天道様の挙動に現代人よりもはるかに敏感だった。

 1日はほぼ一定の長さであるのに、夏場は日の出が早く、夕方も遅くまで明るいのに、冬場は朝いつまでも暗く、やっとお日様が上がったと思ったら、さっと暗くなってしまう。

 そこそこ以上に緯度の高い地域では、こうした変化が顕著です。日本は島国で独特な気候をもちますが、温暖なアフリカや地中海で、カイロが福島、アテネが仙台程度の北緯であることは注意しておいてよいでしょう。

 ローマはほとんど函館、ヨーロッパ諸都市はオホーツク海よりも北に位置し、夏場は夜10時頃まで明るく、冬場は朝8時になってもほの暗い。

 今、主として北半球を前提にお話していますが、事実サマータイムという生活の工夫が必要不可欠な高緯度地帯で、欧州文明は生まれ、育っています。

 人間誰しも(夜や雨の日がいい場合もありますが)基本は、お日様が出ている方がいいですよね。暗いよりは明るい方がいい。

 古代の人々は、農耕の必然から季節の変化に敏感で、寒い冬の間は「早く明るく暖かく楽しい春が来ないか」と楽しい季節の到来を心待ちにしていたはずです。

 今日のように進んだ科学はありません。ですが、だからこそより切実に、季節の到来を待ち望んだに違いありません。

 1年の間で一番、日照の短い日を「冬至」と呼びます。冬が到達点まで達したということで、今日の正確な暦では毎年12月20日前後になります。

 現代人は、春夏秋冬を「春は暖かい」「夏は暑い」「秋は涼しい」「冬は寒い」と考えがちですが、古代人は例外なく、こうした「状態」として季節を捉えず、変化、勾配、あるいは理系の方には「微分係数」なんて言ってもいいかもしれません、傾きで考えていました。

 「暖かくなる」のが春。「暑くなっていく」のが夏、「涼しくなっていく」のが秋、「寒さが厳しくなっていく」のが冬。常に季節は変化しており、電気も科学技術も未発達だった次代の人々は、その変化に耳を澄ませながら、四季折々の生活を営んでいた。

 「1年の始まり」とは「日が長くなり始める日」つまり「冬至以降」を指すものとして定まったと考えて、まず間違いはないようです。

 つまり「正月元旦」と「冬至」は本質的には同じ理由で定められている。

 12月20日頃と 1月1日では違うじゃないかと言われれば、それは「誤差の範囲」であるというのが正解と思います。

 古代人、例えば欧州ではローマで「ユリウス暦」が、カエサルによって定められました。紀元前45年に1月1日を、1年を「365.25日」と定め、4年に1度の閏年を定義した。

 日本ではいまだ縄文時代だったこんな太古の昔、当然ながら天動説で暦は作られていたわけですが、現代と同じ4年に1度の閏年まで正確に算出していた、古代ギリシャ・ローマの暦法の正確さにこそ、私たちは驚くべきだと思います。

 望遠鏡もなければ天体観測の装置もない。肉眼目視と手で記録するだけの天文学で、ここまでの精度を出していた。その範囲で、地球の周期性は正確に求められ、同じ程度の正確さで考えたとき、1年で最も日が短い時期について、半月ほどの誤差があった。

 実は「冬至」と「新年」に加えて「クリスマス」もほぼ同じ原理から定められていることに注目しておくべきだと思います。

 1日が長くなり始めるというのは、宇宙の再生、命の再来、再び麦や米を撒く春の到来を告げるすばらしいお祭りです。

 キリスト教がローマの国教とされた4世紀以降、古代人は大切な生命のカレンダーと、世界の作り主である神様と三位一体である救い主イエス・キリストの誕生日を、同じ時期であると考えるようになった。

 そして、この「1日が長くなり始める、待望の春の到来日をキリストのミサ=クライスト・マスすなわちクリスマスと見なして、キリスト教原始農耕社会の1年の基本に据えたと考えてほぼ外れない。

 意味としては「お正月」=「クリスマス」=「冬至」であって、それらの日付がずれているのは誤差の範囲に暦年の社会慣習が尾を引いた結果、というのが、もし子供からしつこく「なぜ? なぜ?」と問われたとしたら、答えることができる、最も煎じ詰めた回答ということになるかと思います。

 欧州では、クリスマスを待つ4週間がアドヴェントとして祝われる経緯に前々回触れましたが、これは1年で最も夜が長い時期。

 農閑期の夜長を、焚き火を炊いて人々が集まり、「1か月かけて春の到来を待とうではないか。そして、朝が早くなり始める分水嶺、きっかけの冬至を、宇宙の作り主、神様の誕生日としてお祝いし、そこから1年を始めよう」という、実に素朴だけれど、地球のリズムに正直な、原始的なお祭りの本質を示しているのですね。

 ポストトゥルースなどと言い、なんでも作り物で通ってしまいそうなバーチャルな世の中になっていますが、こうした自然法則や地球の息吹に、大人も子供も、もう少し敏感であっていいのではないでしょうか?

 ニュートンもアインシュタインも、実はこの種の事柄を考える中から、古典力学や特殊相対論を見出している事実は、高度な先端科学を大学生たちに教える観点でも思い出しておいてよいことだと思います。

 子供の素朴な好奇心をもう片親に振るのも一法ですが、数学や天文物理を冬休み、子供と一緒に考えてやるというのも、あってよいように思います。

 そういう育ち方をした子の方が、後々伸びるような印象を、そろそろ大学で教えて20年になりますが、個人的には持っています。

筆者:伊東 乾