デジタルトランスフォーメーションの潮流が勢いを増しつつある。テクノロジーを巧みに活用して革新的な製品やサービスを生み出す「ディスラプター」が一気に台頭し、ビジネスの主役に躍り出る。そうした例は、もはや珍しくない。

 新たな変革期の主導権を握り、競争を勝ち抜くため、あらゆる産業でイノベーションの必要性が求められている。そうした中、オープンイノベーションラボやハッカソンなど、多様なアイデアやスキルを持った人たちが集まる「場」づくりが、国内で目立つようになってきた。

 だが、場を用意しただけでは、イノベーションは起きない。肝心なのは、やはり人材である。人々が集まる場に、イノベーションをリードする人材という「魂」が加わることで初めて、革新的な製品やサービスの芽が出る。そして成長し、花開く可能性が大きくなる。

 魂となる人材を、いかにして育てるか。これこそ、デジタルトランスフォーメーション時代に突入した産業界が抱える喫緊の課題の一つといえる。

 そこで本連載では、早稲田大学のアントレプレナーシップ(起業家精神)教育プログラム「WASEDA-EDGE人材育成プログラム」の成果を踏まえながら、イノベーションの担い手育成の勘所を探っていく。WASEDA-EDGEの最大の目的は、グローバル展開可能な新規事業を創出する人材の育成である。組織マネジメントやリーダーシップなど起業家に求められる基礎能力や、鋭利な発想と体系的な方法論を駆使しながら新たな市場を切り開いていくイノベーションの地力を鍛える。

 アイデアから具体的な製品やサービスを形作り、新たなビジネスにチャレンジしてみよう。そんな意欲を持つ「起業家人材」は、既存企業が新規事業を立ち上げる際にも役立つはずだ。

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海外の大学では定着しているアントレプレナーシップ教育

 海外では大学教育の現場に、起業家精神を養うアントレプレナーシップ教育が定着している。

 日本での知名度が高い大学を例に挙げるならば、米スタンフォード大学や米マサチューセッツ工科大学(MIT)がある。スタンフォード大は、製品やサービスを創出する方法論として日本企業の間でも注目度が高まりつつある「デザイン思考」のカリキュラム「d.school」を展開。MITは60種類超のコースからなる「Martin Trust Center」を運営し、起業家を志す学生を教育面で支えている。バブソン大学やメリーランド大学のように、ほぼ全学を挙げてアントレプレナーシップ教育に力を注いできた大学もある。

 欧州に目を向けると、例えばスウェーデンのチャルマース工科大学,ルンド大学,フィンランドのアールト大学などがアントレプレナーシップ教育に熱心なことで知られており、、起業家人材の育成に取り組む海外大学の例には事欠かない。

 ひるがえって、日本はどうだろう。アントレプレナーシップ教育が身近な欧米に比べると、体系立てたカリキュラムは必ずしも十分に整っていなかった。残念ながら、若い人材の起業意欲を醸成したり、知見を体得させたりする点で、これまで欧米に後れを取ってきたと言わざるを得ない。

起業家人材は教育によって育成できる

 そもそも、イノベーションの担い手となる起業家人材を、教育によって本当に育てられるのか。アントレプレナーシップ教育の実効性を疑問視する人がいるかもしれない。結論から先に言えば、できる。

 文部科学省の「グローバルアントレプレナー育成促進事業」として2014年度にスタートしたWASEDA-EDGEの受講者数は年々増え続け、2016年度までの3年間で延べ2000人を超えた。その中から10件程度の起業事例が、これまでに生まれている。

 位置情報分析ベンチャーのタップアラウンドは、その一つ。GPS(全地球測位システム)の電波が届かない屋内や地下空間でもスマートフォンなどの位置情報を捕捉できる、位置情報の測定プラットフォームを構築した。このほどビデオリサーチを引受先とする第三者割当増資を実施し、開発体制の強化に動き出した。

 skyer(スカイヤー)は、橋梁の保守点検や農林水産業、報道、エンターテインメントなど幅広い用途で利用拡大が見込まれるドローン(小型無人機)に着目したベンチャーだ。実践的な操縦訓練により、安全運航を徹底するドローンパイロットを養成するスクール事業を手掛ける。

 AI(人工知能)技術に長けたEAGLYSは、高性能なAIを素早く低コストで構築できるAI自動構築エンジン「V.I.K.I.」を開発。物件価格の査定業務の自動化、動画内の物体特定・追跡の自動化、ユーザーの嗜好性を解釈したリコメンド機能など、大手企業の業務自動化および収益力向上を支援している。

 このほか複数人の受講者が目下、起業に向けて準備を進めている。

受講後に高まる起業への関心度と、新規事業の立ち上げ意欲

 自ら問題意識を持って課題やニーズを発見する。課題解決やニーズの充足に必要な専門的な技術や知識を習得する。体系的な方法論を活用して、アイデアを実ビジネスにつなげる。WASEDA-EDGEのプログラムを通して、こうした能力が培われた成果が、起業という形で着実に表れつつあると言ってよかろう。

 何より、プログラムを受講することで、起業への高い関心や新規事業立ち上げに対する強い意欲が、受講者に芽生え始めたのが大きい。教育による起業志向の向上効果は、WASEDA-EDGEの受講者を対象に実施したアンケート調査の結果に顕著に表れている。

図1 受講による起業への関心度の変化――WASEDA-EDGEの受講者アンケートから


 自らが新しい会社を立ち上げる「起業」への関心度合いを聞いたところ、「非常に関心がある」と回答した受講者の割合は受講前に23.3%だったが、受講後に34.2%と約11ポイント増加した。一方、受講前に「どちらともいえない」「関心がない」「まったく関心がない」とした受講者は、合計で32.9%に達していた。それが受講後は約14ポイント減の19.2%にまで下がった。

図2 受講による新規事業立ち上げの関与意欲の変化――WASEDA-EDGEの受講者アンケートから


 起業しないまでも組織の中で新規事業の立ち上げる際に関与したいかどうかも、同じ調査で聞いた。その結果、「積極的に関与したい」とした受講者は、受講の前後で35.8%から46.6%に増加。反対に、「どちらともいえない」「あまり関わりたくない」「絶対に関わりたくない」という消極的な回答の合計は、32.1%から17.8%にまで減った。

 次回は起業家人材を育てる仕組みとして、WASEDA-EDGEのプログラムの構成と内容を紹介する。

筆者:郄田 祥三