丹羽宇一郎(にわ・ういちろう)1939年愛知県生まれ。名古屋大学法学部を卒業後、伊藤忠商事に入社。1998年、社長に就任。99年に約4000億円の不良資産を一括処理し、翌年度の決算で同社史上最高益(当時)を記録。2004年、会長に就任。内閣府経済財政諮問会議議員、内閣府地方分権改革推進委員会委員長、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画(WFP)協会会長などを歴任し、2010年、民間出身では初めて中国大使に就任。現在、公益社団法人日本中国友好協会会長、早稲田大学特命教授、福井県立大学客員教授、伊藤忠商事名誉理事。著書に『人は仕事で磨かれる』(文藝春秋)、『中国の大問題』『習近平はいったい何を考えているのか』(ともにPHP研究所)など多数。(撮影:野中麻実子)

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国連加盟161ヵ国が北朝鮮と取引を継続しているなか、追い詰める作戦が現実的なのか−−? 2017年上半期の米アマゾンのベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』の刊行を記念し、世界のパワーバランスの変化を踏まえ、日本は政治経済両面でどのような戦略を練るべきか、本テーマに造詣の深い実務家・識者に伺っていきます。パワフルかつ合理主義な辣腕ビジネスパーソンとして知られ元中国大使でもある丹羽宇一郎氏には、今しばらくアメリカ優位が続くという見通しを伺ったうえで、北朝鮮問題など安全保障政策で日本がとるべき道を聞いていきます。

――台頭する中国と、覇権国であるアメリカの関係を軸として、世界のパワーバランスの変化をどのようにとらえておられますか。

 紀元前にギリシアの二大勢力としてしのぎを削ったスパルタとアテネの力関係と比べて、現在のアメリカと中国の関係でいえば、まだ圧倒的にアメリカのほうが強い。軍事費で見ると、世界全体の1兆7000億ドルのうち、36%をアメリカが占めるのに対し、中国は13%、いまだアメリカと中国とでは3対1の差がある。経済力でも、アメリカの名目GDP19兆3600億ドル(IMF推計)に対し、中国は11兆9400億ドルですから、そう簡単には追いつけないし、仮に追いつけても世界の信用・信頼がないと真の意味で国の力にならない。まだまだアメリカには勝てないですよ。

――アメリカの優位は当面変わらないというわけですね。

 もちろん、習近平国家主席は2049年の中華人民共和国建国100周年に向かって、世界一の経済大国にしようとしているわけだから、10年後に両国のパワーバランスがどうなっているかはわからない。中国共産党設立100周年を迎える2021年までにアメリカを追い越すのは無理だろうが、それでもかなり接近はするだろう。
 経済がいっそう拡大していくと「衣食足りて礼節を知る」で、人権問題についても対応が穏やかになったり、労働者の考え方も整ってくるかもしれません。ただ、“United States of China”となってUSCとUSAが互角の戦いをするようになるまでには、まだ中国はあらゆる面の「量」と、特に「質」の点でアメリカに追いついていない。

――『米中戦争前夜』では新旧大国の力学により取るに足らないきっかけで戦争に突入する「トゥキディデスの罠」について歴史的に分析していますが、現在の米中関係にその恐れはなさそうということですね。

 そもそも戦争のかたちが大きく変わっていることを、見過ごしてはいないだろうか。第二次大戦以降、戦争というのは兵士対兵士の肉弾戦ではなくなり、さらに、最近は電磁波やサイバーアタック、生物兵器などの新たな戦いに入った。核兵器はかつては抑止力になり得たけれど、それは米ソの二大国しか保有していなかったからでしょう。今も全世界にある核兵器のうち9割を保有する米ソ両国以外に、北朝鮮を加えた9ヵ国(イギリス、フランス、中国、インド、パキスタンのほか、保有の疑惑がもたれるイスラエル、イラン)が保有している。ここまで広がると、誰かが1発撃って打ち合いになったら自分も滅びるし、世界全体が放射能に巻き込まれて出口なき侵略戦争になります。そんな馬鹿なことをやりますか。

 人間の愚劣さを前提にするならば、絶対ないとは言えない。でも、地球全体が滅亡する恐れがあるというときに、その武器を使うでしょうか。だとすれば、核兵器は防衛力としては結局役に立たないのではないか。そういう現代において「核の傘」なんて、穴が空いているか紙でできていて雨避けにならないものかもしれない。

国連加盟161ヵ国は北朝鮮と取引をしている

――日本は「核の傘」から出てくるべきでしょうか。

 無論、核兵器を保有している国は、今後も抑止力になると言わざるをえません。大枚をはたいてきたわけだし、捨てようと思っても捨て場はない。アメリカはみなをそそのかして、核は抑止力になる、自衛のためには武器がいる、といって軍需産業で儲けなければならない。核はもはや経済の問題であって、意地の張り合いでしかない。
 そういう茶番はやめるべきではないか。喧嘩というのは、強い者が多少は譲歩して、話をしようと相手に歩み寄らないと終わらない。強い者が弱い者を追い詰めれば、「窮鼠猫をかむ」で、死に物狂いで体当たりしてくるに決まっている。

――最近の北朝鮮対応はまさにそういう危険を感じます。

 日本はアメリカに追従して北朝鮮を経済制裁で締めあげて参ったというのを待っているけど、国連加盟193ヵ国中161ヵ国は北朝鮮と取引を継続しているんですよ。日本のメディアは取り上げないけれど、実際はほとんどの国が取引をしていることになる。最近も北朝鮮から小舟が日本に辿りついたりするのを見ると食べるのも十分な環境ではないのだろうけれど、国がつぶれるほど困ってはいやしない。それを中国や韓国も分かっているはずです。

 そういうなかで北朝鮮を追い詰めているのは、挑発にほかならない。エスカレートしたら同盟関係にともなって何千発かの爆弾の打ち合いになる。誰が得をして、生き残るんですか。日本はその引き金を、トランプ米大統領と金正恩朝鮮労働党委員長に任せるんですか。

――核戦争を防止するにはどうすればよいでしょう。

 北朝鮮を含めて核保有国10カ国のうち全体の9割を保有する米ロが、2年間でいいから実験や運用を一切凍結させると宣言し、両国を中心に国連などで保有国が集まってみなで核兵器を使わないよう決議するとか。それに当たっては、トランプ米大統領については仲がいいと自認している安倍首相が説得し、プーチン露大統領については関係が強いと思われるメルケル独首相が説得する。カギを握るのは第二次大戦の敗戦国であるドイツと日本です。常任理事国でもなく核も保有していない。

――外交下手といわれる日本に、その大役を果たせるでしょうか。

 カギを握っていて、しかも世界唯一の被爆国である日本が、アメリカの後を追いかけているようではダメでしょう。いまの世界のリーダーたちは戦争を知らない世代ばかりだから、これほど怖いことはありません。どの国も国民は誰も戦争を願っていやしない。第二次大戦中に日本の特攻隊に沈められたアメリカの掃海艇に乗船していたという元アメリカ兵の話によれば、「(日本の)特攻隊で死んだ人たちの家族も大変な思いをしたわけだし、それを憎いとは今は思わない。どの国民も戦争をしたくはなかったが、せざるを得なかったということを記憶に留めなければいけない」と言っていました。(後編に続く)

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