ホンダのバイク販売店を訪れると、新しいスクーターを購入したばかりの客に出会った。新車に早速乗り、”ご満悦”の表情を浮かべていた(記者撮影)

アジアのラストリゾート(最後の楽園)と呼ばれるインド。人口も産業も急成長が続いている。そんなインドは世界最大のバイク市場で、交通手段はまだ自動車よりもバイクが主だ。年間販売台数は2000万台に迫ろうとしており、2位の中国(約700万台)を大きく引き離す。

2017年12月中旬の平日、ニューデリー市内のバイク販売店では、職場や学校の昼休みにふらっとバイクを見に来る人が目立つ。皆、友達や家族と連れ立って来る。この店の店長によれば、1日平均45人もの客が来て、その場で商談を始め、12〜13台ほど売れていく日もあるという。日本では見ることのない光景だ。

この巨大市場でトップシェアを握るのが、地場の老舗バイクメーカーであるヒーロー・モトコープ社(以下ヒーロー社)だ。自転車販売店だった前身企業から数えると、創業から60年以上の歴史を持つインドの大企業である。自転車の販売網を生かし、またがるタイプのオートバイを中心にインド国内の新車販売の約4割を占めている。

インドシェア1位目指し、ホンダが猛追


ニューデリーにあるホンダのバイク販売店(記者撮影)

そんな中でトップの座を奪おうと勢いづいているのが、ホンダだ。アジア諸国では50%強という驚異的なシェアを誇る同社は、アジア通貨危機を契機にインドネシアやベトナム、タイなど東南アジア諸国で躍進。「ホンダ」という言葉自体が「バイク」を意味する国もあるほど、ホンダのバイクが深く浸透した。2017年度はインドでも600万台(うち輸出31万台)の販売を見込んでおり、現在シェアは約3割弱だ。


職場や学校が昼休みになると、店には連れ立ってバイクを見に来る客であふれる(記者撮影)

もともとヒーロー社とホンダは1984年から、開発・生産・販売について26年間合弁事業を行っていた。外国メーカーであるホンダが、ヒーロー社の販売網の恩恵を受けつつ、技術供与を行ってきた。しかし2010年、開発などの方向性の違いから合弁を解消。結果的に、ホンダはインドの国内シェアでヒーロー社に水をあけられてしまった。販売網はヒーロー社が6000店だったのに対し、ホンダは800店と圧倒的な差があった。

しかしホンダはこの5年で大きく巻き返した。2012年ごろに2割以下だったシェアは、今3割が見えるところまで来ており、ヒーロー社の牙城を着実に崩し始めている。複数のディーラーを経営する家族などと契約して支店を増やす戦略を進め、現在は5600店(ホンダの専属ディーラーは950店)体制となった。都市部などでは、ヒーローと互角に戦える地域もある。

販売台数を牽引しているのが、ホンダのロングセラースクーター「アクティバ」だ。近年、インドでは「スクータライゼーション」と呼ばれる現象が起きている。通常のまたがるタイプのバイクから、高価格帯のスクーターに需要がシフトしているのだ。2017年11月現在、インドのバイク販売台数のうち4割弱をスクーターが占めている。

背景には、年収35万〜350万円の中間層が毎年2000万人ほど増加していること、都市部だけでなく農村部でもスクーターの走りやすい道路が整備されたこと、女性の乗車率が高まっていることなどがある。

主力車を現地文化に合わせ、ヒットに


ホンダのインドでの主力車種「アクティバ」。現地の文化に合わせて開発された地域専用車だ(記者撮影)

ホンダは都市部を中心にスクーターが強く、インド国内で5割以上のシェアを握る。使い勝手や走りを追求したインド専用車としてのアクティバの魅力が受け入れられた。世界的にはプラスチックの外装を用いたモデルが増えているが、あえてボディには鉄板を使い、インド人の「金属は丈夫で資産価値が高く、中古でも高く売れる」という価値観に合わせたという。

2017年2月発売の新型「アクティバ4G」は、1台5万1324ルピー(約9万円)という地場系メーカーに合わせた価格設定が功を奏し、販売が好調。アクティバシリーズは今年4月から10月までの7カ月で200万台、9秒に1台のペースで売れている。ヒーロー社や業界3位TVS社といった競合の主力車を押さえ、スクーターセグメントでの圧倒的トップの地位をさらに強固にした。10月に発売された若者向けのスクーター「グラッツィア」の売れ行きもよいという。


ニューデリー市内にあるヒーロー社のバイク販売店(記者撮影)

とはいえ、バイク全体でのシェア首位を取るには、まだ課題が多い。ホンダのインド現地法人、ホンダ・モーターサイクル・アンド・スクーター・インディア(HMSI)の営業担当者によると、今後はスクーター需要の伸び率がより高くなる農村部への営業が焦点となるという。その点、ヒーロー社はインドを代表する優良企業であり、農村部の隅々まで販売網を敷く。村民から頼まれれば井戸まで掘ってしまうなど、インド国民からの信頼は相当厚い。

ホンダとしては手薄な農村部を中心に販売店を増やしていく考えだが、それに加えてホンダブランドを浸透させていく必要がある。そのための取り組みの一つが、2013年から始めた「安全運転講習」だ。

インドではバイクによる死亡事故が後を絶たない。毎日300人の子どもがバイク事故で命を落とすという交通事情を受け、ホンダは女性や子ども、法人向けにバイクの乗り方や交通安全を教える施設、「トラフィックトレーニングパーク」を現地の警察などと共同で運営している。


ホンダは安全講習施設「トラフィックトレーニングパーク」では、女性や子どもなどにバイクの乗り方を教えている(記者撮影)

教室はインド国内の15カ所拠点で開かれており、小学校から大学まで出張授業も行っているという。他の地場メーカーが継続的に取り組めていない独自のCSR(企業の社会的責任)事業だ。こうした取り組みを拡大することでホンダのイメージアップを図り、ゆくゆくは販売を押し上げたい考えだ。

さらにホンダへの追い風となりうるものがある。「バーラトステージ6(BS6)」と呼ばれる排ガスの新規制だ。BS6は2020年からの適用を予定しており、同じく2020年から適用される欧州の排ガス規制「ユーロ5」と同じレベルだ。インドでは2017年に「BS4」(「ユーロ3」と同レベル)が始まったばかりだが、さらにNOx(窒素酸化物)の排出量を70〜85%削減しなければならない。たった3年の間に規制ランクを一気に2段階上げる形だ。

この背景には、インドの深刻な大気汚染がある。首都ニューデリーでは2017年12月24日現在、大気汚染の指数「AQI」が332(北京は124)と「危険(Hazardous)」レベルに達している。要因の2割程度が自動車やバイクなどの排ガスといわれているうえ、国際的な圧力もあり、政府は環境対策の強化を急ぐ。2030年までに自動車の全車両を電気自動車とするという目標を打ち立てたのもその一つだ。

ホンダは排ガス規制を”味方”にできるか

各社は排ガス処理の新技術を導入せざるをえず、商品への価格転嫁は必至だ。その点、ホンダは現地メーカーよりも技術力で優位と見る声は多い。ユーロ5レベルに対応する先進国向けの量産技術を活用し、インドでの価格転嫁を抑えることができれば、ホンダは一気に巻き返せるのではないかという期待もある。また、TVS社は独BMW、業界4位のバジャージ社は英トライアンフと、それぞれ欧州の2輪大手メーカーと技術提携関係にあるが、業界トップのヒーロー社は提携の話が出ていない。


ホンダのインド2輪事業を取り仕切るHMSIの加藤稔社長(記者撮影)

ホンダでインドの2輪事業トップを務める加藤稔・HMSI社長は、「すべてのバイクメーカーがインドに注目している」と話す。2018年1月1日付で就任したヤマハ発動機の日高祥博新社長も、「2018年に市場が伸びるのはインドだ。これまで進めてきた投資の成果を発揮し、利益を伸ばしていく」と語る。

加藤社長は「シェアはあくまで結果にすぎない」と冷静だ。一方で、「(最大市場といえども)インドのバイク保有台数は11人に1台というレベル。今後5〜10年で全人口の7割、約10億人が購買層になる」と期待を寄せる。ポテンシャルが高い重要市場のインドでホンダがシェアトップを奪取できれば、ホンダの2輪事業全体に大きな弾みがつく。盤石な地場メーカーとの真っ向勝負は、これからが本番だ。