東京上空の雲の様子(写真:まちゃー / PIXTA)

身近な存在でありながら本当はよく知られていない雲の実態。雲研究者で『雲を愛する技術』を著した荒木健太郎氏が雲に対する愛と情熱を語ります。

「子どもの頃はよく空を見上げていたんだけど、最近は全然見てなかった」こんな話をよく聞きます。みなさんは覚えているでしょうか、いかにも夏という感じの、青空に映えるモクモクした雲の壮大さを。みなさんは見たことがあるでしょうか、激しい雷雨の過ぎ去った空にかかった、心打たれるような美しい虹を。

雲は空を見上げればほとんど毎日見ることのできるとても身近な大自然です。もしかすると、殺伐とした社会の中で大人になり、空を見上げる機会の少なくなってしまった方が多いのかもしれません。

雲を愛する技術とは

雲には様々な姿の子がいて、名前も違えば性格も違います。人間と同じく個性があるのです。みなさんにも気になる人がいれば、その人の名前や性格を知りたくなると思います。見た目の美しさや格好良さも含めて好きになってくると、その人を観察し続けるので、背の高さやよく一緒にいる人、育った環境、行動パターンがわかってきます。だんだん好きをこじらせてくると、行動を先読みして会いにいけるようにもなります。これらは全て人だけではなく雲の話に置き換えることができます。

地球で生きる私たちは、雲とは深い縁で結ばれています。雲はほとんど毎日顔を合わせるので、家族のような存在です。そんな身近な存在だからこそ、見た目だけでなく性格や行動パターンを少し知っておけば、相手のことを好きになって上手に付き合えるようになるのです。

雲と上手に付き合えるようになると、まず美しい雲や空に自分から会いにいけるようになります。現象のしくみや発生条件など少しの背景知識があるだけで、美しい現象と出会える確率が飛躍的に上がるのです。そして、雲の機嫌が悪そうなときは適度な距離を置けるようになり、気象災害から身を守れるようにもなります。

雲や空から天気の変化を予測することは「観天望気」と呼ばれており、雲たちは身体を張って私たちに空の気持ち(状態)を伝えてくれます。災害をもたらす雲は悪者扱いされがちですが、実は私たちに前兆現象を見せ、危険を知らせてくれるのです。このように、雲を愛する技術は日常的に雲を愛でて親しみながら、雲が私たちに伝えてくれる空の気持ちを汲み取るための技術です。


雲の愛で方は人それぞれですが、何といっても見た目が美しい子や格好良い子が大勢います。夏の空に立ち昇る入道雲、虹色に染まる雲や空、朝や夕方の焼け空など、出会えただけで心躍ります。大気の流れや状態によってその姿を変えるという雲の素直さ、必ず物理法則に則った挙動をするという雲の几帳面さも「愛でポイント」です。本書を読み進めていく中で、みなさんが雲への愛を深め、自分なりの雲の「愛でポイント」を見つけていただければ嬉しく思います。


虹色に映える雲も見ることができます(筆者撮影)

そもそも雲とは何かというと、「無数の小さな水滴や氷の結晶の集合体が地球上の大気中に浮かんで見えているもの」です。雲が様々な姿をしているのは、雲をなす小さな水滴である雲粒(うんりゅう・くもつぶ)や氷の結晶、氷晶(ひょうしょう)が雲内の大気の流れに乗っているからなのです。雲をなす雲粒と氷晶は総じて雲粒子(くもりゅうし)と呼ばれています。

雲粒子は毎秒1冂度の速度で大気中を落下しますが、大気中にはそれを超える上昇流がいたるところに存在しているため、大気中に浮かんでいられます。また、個々の粒子は小さすぎて見えませんが、非常に多くの水滴や氷晶が集まって太陽光のうち私たちが目で見える可視光線を散乱することで、私たちは雲を認識できています。空に浮かぶ雲1つひとつは、膨大な数の粒子たちが作り上げた姿であることを想像すると、胸が熱くなりますね。

「地震雲」はあるのか

世間一般で「地震雲」として騒がれている雲は、全て気象学で説明できる雲です。雲は地震の前兆にはなりません。しかし、それでもなお地震雲という非科学的な考えが世間で度々話題になるのは、雲愛の普及が足りていないからです。何の変哲もない普通の人が、名前を間違えられた挙句に怖がられているのと同じことが起こっているのです。

地震雲なるものはまず定義ですが、地震の前兆として現れる雲とするのであれば、科学に中立な立場からは「地震雲は存在が証明されていない」という説明が正確です。それなら将来的に存在が証明されるかもしれないと思うかもしれませんが、これは幽霊の存在を証明するのと同レベルで限りなく不可能に近い問題です。

地震雲の説明として地下深くの状態の変化に伴って大気中に電磁波が放出されて雲ができるといわれているようですが、このプロセスはよくわかっていません。仮に深い地中からの電磁波が雲に何らかの影響を与えていたとしても、少なくとも世間一般で地震雲と呼ばれることの多い雲はすでに力学的・雲物理学的に説明できるため、その影響を私たちが目で見て雲の形などから判断することは不可能です。

では世間一般ではどのような子が地震雲と呼ばれてしまっているのかを見てみると、最も多いのが飛行機雲です。飛行機雲は上空が湿っていれば成長して太くなりますが、観測地点から離れた空のものは遠近法で立っているように見えます。さらに、風下山岳波など上中層の大気重力波に伴う波状雲も地震雲と呼ばれることが多いです。

このような波状雲は地下の異常に伴う重力場変動で発生すると主張される方もいるようですが、大気重力波の発生には大気の状態が非常に重要であり、重力場の変動は無関係です。また、青空と雲の境界がはっきり分かれている場合も地震雲と呼ばれることが多いようです。このときの雲を衛星から確認すると、地上の停滞前線と偏西風に対応する雲が長くのびているのがわかります。

このように気団の境目で青空と雲域が綺麗に分かれるということはごくありふれた現象です。ほかにも、上空の流れに伴って発生する放射状、レンズ状の雲なども地震雲として怖がられることが多いようです。真っ赤な焼け空や深紅の太陽・月も地震に関係するといわれることがありますが、レイリー散乱で説明できます。

最近では彩雲やハロ、アークなどの大気光学現象までもが「これは地震雲ですか?」と私のSNSアカウントに問い合わせが来ます。もはや雲ではないものも含め、何でもかんでも地震と結びつけられているようです。

ここで紹介した雲たちは、普段から空を見上げていれば頻繁に出会える子ばかりです。地震雲という考えは、日常的に空を見ていない方がたまたま空を見上げたときに目に入った雲や、大きな地震の後に見かけた至って普通の雲に当てはめられているように思います。認知心理学の分野で取り扱われるのが良いかもしれませんが、自分の知らない現象を不吉なものとしてカテゴライズして安心しようという心理が働いているのかもしれません。

雲は愛でましょう


現に「これは地震雲ですか?」と質問をされた方に「これは普通の○○雲です」というと安心されます。それで安心して終わりなのではなく、地震が不安なら日頃から備えましょう。その上で雲は愛でましょう。雲を楽しみながら雲の声を聞けば、天気の変化を観天望気で予測することはできますし、充実した雲ライフが送れるようになります。

面白い雲や空に街ゆく人々が足を止め、雲友のみなさんが思う存分に雲愛を解き放ち、みんなで空を見上げて花を咲かせることができるような、雲愛に満ちた社会になることを私は夢見ています。そのために、まずは雲友のみなさんが充実した雲ライフを送れるようになることを切に願っています。