2017年のベースアップは2年連続で前年割れだった(写真:共同)

デフレ脱却のカギとなる春闘がいよいよ年明けから本格化する。アベノミクスによる景気拡大はいざなぎ景気を上回り、戦後2番目の長さを記録した。企業業績も好調で、2018年3月期上期の経常利益は過去最高を更新している。

人手不足も深刻だ。2017年11月の有効求人倍率は1.56倍で43年10カ月ぶりの高水準、正社員の求人倍率は1.05倍で集計開始以来最高の数字を記録している。失業率の改善も進み、完全失業率は2.7%となった。3%を構造的失業率とすれば、完全雇用状態になっている。

それでも伸び悩む賃金

一方、これだけ景気が拡大し、労働需給も逼迫しているにも関わらず、賃金はなかなか上がっていない。10月の毎月勤労統計によれば、実質賃金は前年比0.1%減と伸び悩む。景気拡大の実感は薄く、消費も弱い。日本銀行の物価上昇率2%達成にも距離があるのが現状だ。それだけに、2018年の春闘がこうした状況を打開できるかが最大の注目ポイントとなる。

第2次安倍晋三政権以降の春闘を振り返ると、過去4年は2%台の賃上げを継続してきたものの、ピークは2015年の2.38%で、2016年2.14%、2017年2.11%と2年連続で勢いは鈍化していた。


この状況を受け、安倍首相は今回の春闘で「3%の賃上げが実現するよう期待したい」と発言。過去も経済界に賃上げ要請は行ってきたが、具体的な数値にまで言及したのは今回が初めてだ。12月26日の経団連審議委員会では「ずばり3%以上の賃上げをお願いしたい」とさらに表現を強めている。

言及にはとどまらず、法人税で賃上げ優遇税制も導入する。大企業では3%、中小企業では1.5%の賃上げを実施することで、2018年度から29.74%となる実効税率を25%程度まで引き下げることができる。安倍政権の「官製春闘」は、今まで以上に意味合いが強まっていると言えるだろう。

優遇税制によって実現された法人税率25%はOECD(経済協力開発機構)諸国の平均で、経団連が要求していた水準に当たる。経団連側はこの決定を受け、3%の賃上げを後押しする方針に動いている。榊原定征会長は、3%の賃上げについて「そうした社会的要請があることは意識し、前向きな対応を呼びかけたい」と、踏み込んだ発言をした。

連合は「2018春季生活闘争方針」で、2015年から続く4%(うち定期昇給分2%)の要求水準を継続した。水準引き上げはせず、下請けを含めた中小企業の賃金底上げを後押しするなど格差是正に力を入れていくという。政府や経済界と違って、労働組合は例年どおりの枠組みで動いており、迫力に欠けるようにも見える。

立ちはだかる業種要因と日本型雇用慣行

3%の賃上げは本当に実現するのだろうか。野村証券の美和卓チーフエコノミストは「今後も賃金の上昇率は抑制されるだろう」と語る。

その1つの要因が業種だ。現在人手不足感が強いのは、運輸や飲食サービス業など労働集約的でパート比率の高い業種に当たる。これらの低賃金な業種で賃金が上昇しても、日本全体からみれば影響は限定的だ。逆に給与水準の高い金融業などでは、人員削減の動きも出てきており、全体の上昇圧力はそれほど大きくない可能性がある。

さらに、低賃金の業種では効率化が遅れてきた面があり、賃上げよりも設備投資を優先する可能性が高いという。

2つ目は日本独特の雇用慣行だ。日本は年功序列の賃金体系を取っている。経験や人的能力に比例して賃金が上がる構造のため、若いうちの賃金は安い。

厚生労働省が発表した賃金構造基本統計調査において、大卒初任給が過去最高を更新していることからも確認できるように、現在不足感が強いのは若年層だ。そのため、先の業界要因と同様に、賃金の安い若年層の賃金が上昇しても日本全体への影響は大きくない。

賃金が高く、人数も多い中高年を含めてベースアップ(ベア、賃金表自体の底上げ)を行うのは企業にとってコスト負担が大きく、経営者も回避しがちだ。先行き不安が強い中、労働組合もベアより安定雇用を優先する傾向が強いため、3%へのハードルはかなり高いだろう。


労働者への分配に対する企業のスタンスを見ても、消極的な状況が続いている。企業が生み出した付加価値は、雇用者報酬、配当、内部留保という3つの形で労働者と株主・会社に配分されるが、この労働者の取り分の比率(労働分配率)が下落し続けている。

要因として頻繁に指摘されるのは、グローバル化やIT化による労働代替だ。グローバル化が拡大するにつれて、新興国の安価な労働力との競争にさらされ、賃金水準は低下してきた。

ITと機械に代替される労働力

IT化の技術による労働代替も進んでいる。ホテルの受付にロボットを設置したり、無人レジの導入が進んだりと、多種多様な業種にIT化の波が押し寄せ、人間の労働に対する相対的価値は低下している。近年はAI(人工知能)の登場により、この傾向がさらに強まっていくと指摘され、実際にAIの活用に重点を置く企業が増えている。

「スーパースター企業」の影響も指摘される。特定企業の市場シェアが拡大して独占や寡占が起きている業界ほど労働分配率は低下しやすい。みずほ証券の末廣徹シニアマーケットエコノミストによると、「日本でも製造業においてスーパースター企業の影響が見られる」という。今後、M&Aなどが加速し、独占や寡占が拡大していけば、労働分配率はさらに低下していきかねない。

企業が配当やROE(自己資本利益率)を向上させる姿勢を強めているのも、労働分配率下落の要因だ。政府が推進するガバナンス(企業統治)改革もあって、ROE重視の経営が一段と求められている。2014年に経済産業省が発表した「伊藤レポート」でもROE8%という水準が提示され、日本企業は株主還元を重視するようになってきている。

日本企業のROEは確かに海外と比較して低水準にあり、今後も引き上げることが求められるが、労働分配率、賃上げといった政策とは矛盾する部分もあり、企業は難しい状況に立たされている。

日本企業を取り巻くこうした環境を踏まえれば、賃上げ3%はかなり厳しい要求だろう。デフレ脱却には賃上げが必須だが、業績好調の日本企業は安倍政権の要請にどこまで答えられるだろうか。