11月の週末に、初めてグアムに旅した。私のグアムに対する最初のイメージは「のんびりしている島だね」だった。写真は筆者提供。

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11月の週末に、初めてグアムを旅した。正直言って、グアムの空港に足を踏み入れた際「日本と中国の空港より随分小さいし、建物もちょっと古い」と思った。さらに、入国手続きで2時間待たされたこともあり、私のグアムに対する最初のイメージは「のんびりしている島」だった。

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宿泊したホテルでは、日本人と韓国人観光客が多いことに気づいた。テレビ番組は英語・日本語・韓国語・中国語がある。グアムには多元文化が存在することがわかった。

街を歩いても、日本人と韓国人をよく見かける。韓国人観光客はほぼ家族連れ、一家が楽しんでいる様子。日本人観光客は友人同士や一人旅が多いそうである。もちろん、ショッピングセンターでは、集団の中国人観光客もいる。

街には警官の姿が見られず、平和的でのんびりとした雰囲気が漂っている。そして、昼間の日差しは眩しい。都市の中心部に高い建物があまりないこともあり、人と空の距離が近く感じる。大自然の中で生きている、と実感した。

どこの海もきれい。時の流れに合わせ海の色が変わってくる。海で泳ぐと、魚たちが人間と競争するように人の周りを泳いでいる。

グアムの歴史と言えば、戦争・戦地というキーワードが避けられない。グアムは第二次世界大戦期間中、日米が激しく戦った場所である。1944年のグアムでの日本人戦没者は約2万人とされる。

私は太平洋戦争博物館を見学した。博物館の屋根には日米両国の国旗が掲げられている。館内には戦時中に使用された日米の軍服・戦車・武器や軍人の写真などが展示されている。日米両国の関連資料が別々の部屋で展示されており、この戦争博物館には日本と米国の両方の思いが込められている。

倉庫のような吹き抜けのスペースに、軍用ジープ、戦車などが複数展示されている。戦争の残骸がその悲惨さを語っているようである。観光客が戦車・大砲の前で記念撮影する。その度に、戦車が平和の光を浴びているように感じた。

旧日本軍の軍人が戦地で書いた絵も展示されている。富士山を背景とした女性の肖像画もある。残酷な戦争に巻き込まれた若者たちもかつて恋の輝きに惹かれていたのだろう。

この太平洋戦争博物館は米国の元軍人が個人で所有する博物館だと聞く。客観的に日本と米国の両側の立場から戦争の足跡を探ってきたはずである。恨みではなく、歴史の重みが示されているのだ。

いつか、日本と中国の国旗が共にひらひら舞う共同の戦争博物館ができたらいいなと思わずにはいられない。現在、日本の戦争博物館である靖国神社の遊就館には「戦争の栄光」が潜んでいるようで、中国の抗日戦争記念館では過剰な「愛国教育」が溢れている。

太平洋戦争で戦った日本兵と米国兵はすでに昔の恨みが氷解されたが、日本と中国の旧軍人たちが相手に自分の深い思いを伝える日はくるだろうか。

ちなみに、北朝鮮が2017年にグアムを標的にミサイルを発射すると発言していたが、グアムの人々はどう見ているのだろうか。「北朝鮮のミサイルが飛んでくる…」この話題をグアム現地の人に聞いてみると、「そんなワケ無いだろう。金君のお陰で、グアムの観光客が増えてきた」と楽観的な態度を見せていた。

ただ、現在の世界情勢はいろんな意味で厳しい状況が続けている。戦争の憂いが払拭されていない。太平洋のきれいな海を眺めながら、アジアの観光客が愛するくつろぐ場所であるグアムが永遠に戦地にならないよう、祈った。

■筆者プロフィール:黄 文葦
在日中国人作家。日中の大学でマスコミを専攻し、両国のマスコミに従事。十数年間マスコミの現場を経験した後、2009年から留学生教育に携わる仕事に従事。2015年日本のある学校法人の理事に就任。現在、教育・社会・文化領域の課題を中心に、関連のコラムを執筆中。2000年の来日以降、中国語と日本語の言語で執筆すること及び両国の「真実」を相手国に伝えることを模索している。