2017年12月1日にミシュランガイドの最新版『ミシュランガイド東京2018』が発売された(撮影:今井康一)

1000円以下で食べられる庶民的料理の代表格であるラーメンがミシュランを賑わせる存在になっている。『ミシュランガイド東京2018』では1つ星を獲得した店が2店舗、ラーメン部門に掲載され「お墨付き」を得たのは計24店舗になった。『ラーメン超進化論』を著し、年間700杯食べるラーメン官僚の田中一明氏がその熱狂に迫ります。

私が本格的にラーメンの食べ歩きを始めた1995年よりも2000年、2000年よりも2005年、2005年よりも今のほうがおいしい店の数が多い。それだけ、ラーメンの魅力を堪能できる機会が得られやすくなったということだ。今なら、活動拠点を一都三県に置くのであれば、控えめに見積もっても1000軒程度までは、店探しに苦労することはないだろう。

1995年頃は、たとえ、都内を中心に活動したとしても、訪問した店が300軒を超えたあたりから、おいしい店を探すのにかなりの苦労を伴った。なぜなら、私自身が身をもってその苦労を経験したのだから。20年前と今とを比較すれば、誰にもおすすめできる優良店の数がざっと3倍以上に増えた計算だ。

この話を聞けば、きっと、次のような疑問を抱かれることだろう。「わずか20年程度の間に、ラーメンのレベルがそこまで上がったのか? そんなことは、ありえないのではないか」

2017年12月現在、「Japanese Soba Noodles 蔦(つた)」と「創作麺工房 鳴龍(なきりゅう)」という、グルメ本の世界的な権威である「ミシュランガイド」が☆を付けたラーメン店が2軒ある。

それは、グルメ界を揺るがす大ニュースだった

「ミシュランガイド」が、ついに、ラーメン専門店を掲載し始めた。これまで、長きにわたり高級グルメご用達のガイド本としてその名を轟(とどろ)かせてきた「ミシュランガイド」が、である。

皆さんは、高級グルメと聞くと、どのような料理を思い浮かべるだろうか。懐石料理、寿司、鉄板焼き、フランス料理、イタリア料理。おっしゃるとおり。きっと、口に入れた瞬間から笑みがこぼれ、頬が落ちそうになるほどの美食を振る舞う実力店が、たくさん存在するのだろう。が、いかんせん値段が高すぎる。1度の食事で数万円を支払うといった行為は、私のような懐具合が寂しい庶民にとっては、手の届かない贅沢なのだ。

それらに比べて、ラーメンの価格は何と安いことか!

何枚ものチャーシューがトッピングされるチャーシューメンや素材にこだわったラーメンでも注文しない限り、1000円を超えることはなかなかない。にもかかわらず、食事としても十分満足に値する。

麺、スープがあり、チャーシュー、メンマもある。麺からは炭水化物が摂取できるし、スープには鶏ガラ、豚骨、煮干し、昆布、野菜のうま味がたっぷり溶け込んでいる。チャーシューはたんぱく質の塊。摂取できる栄養は必要十分だ。私はラーメン愛好家なので、多少のひいきはあるかもしれないが、ラーメンという食べ物のコストパフォーマンスの高さは、誇って良いと思う。

私はこれまで、「ミシュランガイド」に掲載される店舗と聞けば、料理のクオリティ以前の話として真っ先に、値段が途方もなく高いお金持ち御用達の店、というイメージを抱いていた。確かに、以前の「ミシュランガイド」は、財布に数枚の1万円札かゴールドカードでも忍ばせていなければ扉を開くことすらためらわれる高級店ばかりを掲載していた。また、それがこのガイドのアイデンティティだったとも言える。

多くの方がご存じだと思うが、「ミシュランガイド」とは、「ミシュラン」というフランスのタイヤ会社が、自動車を運転する人々に向けて発行するガイドブック。中でも特に有名なのが、レストランやホテルのガイドだ。格付けを行い、レストランやホテルを掲載するのだ。

レストラン・ホテルガイドは、「ミシュラン」の本社があるフランス国内を中心に、日本、アメリカ、ヨーロッパなどの各都市で発売されている。1900年に初めて発行されてから、100年を超える歴史を誇る、権威あるガイドブックだ。

レストランについては、料理の味を☆印で3段階、快適さ・サービスをフォークとスプーンの印を用いて5段階で評価している。たとえば、☆印については、

☆  :その分野で特においしい料理
☆☆ :極めて美味であり遠回りをしてでも訪れる価値がある料理
☆☆☆:それを味わうために旅行する価値がある卓越した料理

という具体的な基準を設け、その基準に沿った形で審査員による厳密な評価が行われている。

「ミシュランガイド」は、言うまでもなく、「食」を格付けする書籍の最高峰に位置する。☆印が付かない場合もあるが、それでも、掲載されるだけで一定の評価が得られていることの証明になるとさえ言われ、このガイドに掲載されれば、「あなたのお店は良い店ですよ」というお墨付きが与えられたものとみなされる。

ミシュランがラーメン専門店に星を付けた

そんな「ミシュランガイド」が、冒頭に述べたように、近年、大衆食の代名詞のような存在と認識されてきたラーメン専門店を掲載し始めた。

2014年12月5日に発売された『ミシュランガイド東京2015』から「ラーメン部門」が新たに設けられ、22軒のラーメン専門店が「ビブグルマン」カテゴリーに属する店舗として掲載されたのだ。

「ビブグルマン」とは、「ミシュラン」のマスコットキャラクターである「ビバンダム」の愛称(ビブ)に、「欲張り・食いしん坊」といった意味のフランス語(グルマン)を掛け合わせた造語。「ミシュランガイド」の評価指標のひとつであり、☆印は付かないが、コストパフォーマンスが高くおすすめできるレストラン・飲食店に与えられる賞だ。

グルメ界はもとより世間は、驚きをもって、その事実を受け止めた。各種メディアは、「ミシュランガイドに、B級グルメの代表選手であるラーメンがついに登場」といった見出しを付けてこの話題を採り上げた。今でもインターネットで検索をすれば、その当時の熱気を窺い知ることができる。

ところが、事態はそれだけにとどまらなかった。

2015年12月4日に発売された『ミシュランガイド東京2016』において、東京・巣鴨のラーメン専門店「Japanese Soba Noodles 蔦」が、ラーメン史上初の一つ星を獲得したのだ。「ミシュランガイド」が「蔦」のラーメンを、ラーメン部門で特においしい料理だと保証したということだ。

さらに翌年の『ミシュランガイド東京2017』では、「蔦」に続いて東京・大塚の「創作麺工房 鳴龍」が、ラーメン史上2軒目の一つ星を獲得し、現在、日本国内には2軒の一つ星ラーメン店が存在している。

誰も予想し得なかった快挙

私は、「Japanese Soba Noodles 蔦」が一つ星を獲得した2015年12月当時、ラーメン好きの知人や、仲が良いラーメン店の店主に対し、「ミシュランガイド」がラーメン専門店に☆を付けることを予想していたかどうかを尋ねてみたことがある。

結果は明白、そのような事態を想定していた者は誰もいなかった。興味深いことに、一つ星を獲得した張本人である「Japanese Soba Noodles蔦」の店主・大西祐貴氏でさえ、発表される直前まで、「『ミシュランガイド』は、コストパフォーマンスに着目した『ビブグルマン』という評価指標を設けている。この指標は、まさに価格が安いラーメンのためにあるようなもの。だから、ラーメン店に☆が付くはずがない」と考えていたという。

ましてや、ラーメンに対して、お酒を飲んだ後の締めに食べるB級グルメといった程度の認識しか抱いてこなかった大多数の日本人にとって、ラーメン専門店にミシュランの☆が付いたという事実は、驚天動地の出来事に他ならないものだった。

実際のところ、ラーメン史上初の☆付き店舗となった「蔦」に対する反響は、「ビブグルマン」カテゴリーに掲載された前年とは比較にならないほど大きいものだった。インターネットメディアはもちろん、テレビやラジオも、こぞってこの話題を採り上げた。

一介のラーメン愛好家に過ぎない私に対しても、複数のメディアから「どうして『蔦』は一つ星を獲得できたと思うか?」「『蔦』のラーメンは、☆印が付くほどおいしいのか?」といった取材があったほどだ。


「蔦」に関しては、ワイドショーや情報番組の1コーナーにとどまらず、「蔦」だけにスポットを当てたドキュメンタリーが作られるほどの注目の浴びようだった。たとえば、2016年1月に放送された『情熱大陸』(TBS系)では、ミシュランで☆を獲得した「蔦」の人気の過熱ぶりや、新たに世界で勝負を挑むために行動する大西店主をカメラが追っている。同年3月に放送された『ドッキュ麺』(フジテレビ系)では、「蔦」の味の秘密や製造工程から、大西店主のラーメンに対する信念や哲学に至るまでが、1時間にわたって徹底的に掘り下げられた。

私が知る限り、これまで、単独のラーメン専門店や店主が、ここまでクローズアップされた例はなかった。そのような番組を作っても高視聴率が見込めないことは明らかだったからだ。ところが、ミシュランスターの前では、これまでの常識など一瞬で覆されてしまった。ラーメン専門店に☆が付いたことは、それほどまでに画期的な出来事だったのだ。