需要家は供給側に求める仕様を本来必要な水準より高めに設定するのが一般的で、多少の変更はきく。「合意の上で仕様を見直していれば、問題にはならなかったはずだ」。トヨタの購買担当者のそんな胸中を、素材メーカーの幹部は感じ取った。

 不適合品を仕入れていた需要家の間や関係業界には、このような対処法があるにもかかわらず、なぜ不正に走ったのかとの疑問がある。神鋼グループから硬度が表記と異なる材料を仕入れていた軸受けメーカーの品質担当役員は「硬度のほかにも問題を隠しているのではないかと疑いたくなる」と不信感をあらわにする。

 こうした疑心暗鬼が広がれば、深刻な顧客離れを引き起こす。素材大手の役員は「顧客と率直に意見交換できる信頼関係を築けなかったのだろうか」と首をかしげる。

 神鋼が11月にまとめた社内調査の報告によると、経営の評価が収益に偏り、生産現場にも生産量や納期を優先する組織風土が定着していたことが、改ざんの温床になった。このような環境が、品質について顧客と腹蔵なく話し合う機会さえも奪ったと考えられる。

 有識者の間にはトクサイが売り手と買い手のなれ合いを生み、改ざんの動機になったとの指摘がある。本来は特例措置であるトクサイが常態化すれば、品質向上を目指す意欲がそがれかねない。

 真の信頼関係はなれ合いでなく、供給側と需要側が手を携え、さらに高い価値を追求する中で築かれる。そのことをすべての製造業者が再認識する必要がありそうだ。

経営者と現場、両者の歯車をかみ合わなければ…
 検査データ改ざんの再発をどう食い止めるか。各社が最優先しているのは、データの入力を自動化するなどの物理的な予防策だ。改ざん問題が発覚した神戸製鋼所、三菱マテリアル、東レの事業部門や子会社では、検査値を手書きで記録するケースや、システムに入力した後でもデータを容易に書き換えられるケースがあった。

 各社は再発防止策の一環として、試験・検査装置の計測データをサーバーに直接取り込むなど、人が介入できない仕組みづくりを進めている。ただ、検査の仕組みを変えても不正を生んだ温床が残る限り、不正は形を変えて再発しかねない。

 2015年の免震ゴム性能偽装問題など性能データの改ざん・捏造(ねつぞう)が相次いで発覚した東洋ゴム工業は、検査記録の自動化など検査の仕組みを見直す一方で、不正を防げなかった組織風土の改革にも力を入れた。タイヤ部門と非タイヤ部門に分かれ、交流もない中で縦割りになっていた事業本部制から、機能別組織への変更などを実施した。

 この間にも新たな不正事案の発覚が続いたものの、改革の成果も表れてきた。問題の免震ゴムの交換品を開発するため、部門の壁を越えて総力を結集。こうしてできた交換品が国に承認され、16年夏に生産再開にこぎ着けた。北川治彦広報企画部長は「不正の発覚で失ったものは大きいが、得たものも大きい」と振り返る。

 神鋼などの改ざん問題も、風通しの悪い縦割り組織が温床になったとされる。縦割り組織には業務の専門性を高める効果が見込める半面、全社一丸となれば発揮できるはずの力を封じ込めてしまう弊害もある。縦割り組織を放置したことで失ったものは、製品の品質や性能に対する信頼だけではないはずだ。

 有識者の間には、生産現場のデジタル革命など劇的に進むパラダイムシフトに対応しきれない経営者を問題視する声もある。みずほ総合研究所(東京都千代田区)の坂入克子上席主任コンサルタントは一連の改ざん問題を「現場頼みの合理化や工夫、効率化といった小手先の改善で変化を乗り切ろうとした結果だ」と指摘。「経営者と現場が、事業環境の変化に先んじて会社の新しい『かたち』をともにつくっていかなければ、同じような不正や不祥事が今後も続く」と警鐘を鳴らす。

 坂入コンサルタントは「企業経営者には既存のビジネスモデルや業務プロセスを一から変えていく覚悟が必要だ」と強調する。激しい変化に対応するため、経営者はどういった“改革”を進め、生産現場はどのような“改善”に取り組むか。これを明確にし、両者の歯車をかみ合わせなければ、問題の根絶は難しい。