ローリングストーン誌が選ぶ「2017年再発盤」ベスト15

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『サージェント・ペパーズ』の復刻版やボブ・ディランのゴスペル時代のお宝作品から、メタリカの豪華版『メタル・マスター』まで、2017年の再発盤からお勧めの15作品を厳選する。

1. ボブ・ディラン 『トラブル・ノー・モア(ブートレッグ・シリーズ第13集)1979-1981』

ボブ・ディランのブートレッグ・シリーズのひとつで、改宗したキリスト教福音主義からの影響が濃く、物議を醸した時代の作品が並ぶ。サウンドチェック、リハーサル、ライヴには反骨精神と実直さが全面に出ている。9枚組エディションには、1981年6月のフルコンサートが収録されている。ディランが徐々に世俗的な曲へと回帰する時期で、『風に吹かれて』から『ガッタ・サーヴ・サムバディ』に至るまで、倫理観や見識が一貫していることがわかる。ライヴを支える強力なR&Bキラーには、フレッド・タケット(ギター)、ジム・ケルトナー(ドラム)、スプーナー・オールダム(ピアノ)らが名を連ね、黒人ヴォーカルユニットが天使の声を聴かせる。

2. ザ・ビートルズ 『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド:アニバーサリー・スーパー・デラックス・エディション』

50年経っても色褪せることのない、ビートルズのイギリス国内通算8枚目のスタジオアルバム。60年代のスリルに溢れた世界最高のポップバンドが絶頂にあった時期の作品だ。ジャイルズ・マーティン(オリジナル版のプロデューサーであるジョージ・マーティンの息子)による新たなステレオミックスは、”『サージェント・ペパーズ』は、ロールのないロックの到来だ”という批判を完全に覆す。キャバーンクラブで鍛えられたリンゴ・スターのドラミングが前面に出され、アウトテイクでは、絶叫の中でもバンドの高い演奏技術を実感できる。バンドはその後、『ホワイト・アルバム』と『アビイ・ロード』というクリエイティヴなヒット作も出しているが、『サージェント・ペパーズ』ほどは、自由かつカラフルで恍惚に浸れる作品にはならなかった。

3. U2 『ヨシュア・トゥリー(デラックス・エディション)』

今や絶滅寸前の理想主義やアメリカ開拓の夢を乗せた、通算5枚目のアルバムのリリース30周年を記念したリイシュー。CD2枚組のバージョンと豪華ボックスセットには、1987年9月、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたライヴが収録されている。アイルランド出身のバンドが頭角を現し、勢いに乗ってきた時期で、青年期の霊的交わりを求めた『アイ・ウィル・フォロー』から、伝説の砂漠ヨシュア・トゥリーに広がる救いの約束と爽快な冒険物語へとつながる。このライヴは、『魂の叫び』が目指したU2の成熟した切迫性を描いたコンサートの記録だ。20周年記念パッケージの内容も引き継ぐスーパー・デラックス・ボックスには、豊富なスタジオ・アウトテイクも含まれる。

4. ハスカー・ドゥ 『サヴェージ・ヤング・ドゥ』

本作のリリースは、ドラマーだったグラント・ハートの突然の死と、タイミングが意図せず一致してしまった。4枚組LPボックスは、ミネソタ州で結成されたハードコア・トリオの最初のスタジオアルバム『Everything Falls Apart』(1982年)からの作品も含まれる。1979年〜1982年のバンド初期の作品で、60年代で言えばハンブルク時代のビートルズによる初めてのラフなスタジオ録音のようなアルバムだった。実際、1979年後半に録音されたデモは、ブラック・フラッグというよりもスター・クラブでのラモーンズに近かった。しかしバンドは1981年のライヴアルバム『Land Speed Record』(本セットには含まれず)で、新たな境地を見せつけた。その後バンドは、不満だらけのSSTレコードを経て、サイケデリック・パワー・トリオとしてワーナー・ブラザーズ時代を過ごした。アルバムのカバーは、アメリカ中西部の厳しい冬に敬意を表して、吹雪がデザインされている。

5. 『アメリカン・エピック』

ジャック・ホワイトとT・ボーン・バーネットというルーツの探求者たちが共同プロデュースし、2017年春に米PBS系列で放送された『アメリカン・エピック』は、20世紀前半の音楽業界をテーマにした3部構成のドキュメンタリー。ネイティブアメリカン、移民、下層階級者、野心に燃える人々が初めて脚光を浴び、ディスクに収まった。同ドキュメンタリーのサウンドトラックは、CDとアナログ盤が用意され、カーター・ファミリー、ミシシッピ・ジョン・ハートや、歌う炭鉱夫ディック・ジャスティスら有名な先駆者たちだけでなく、アパラチアのシンガー、ケイジャンのダンスバンド、ブルーズやゴスペルの名手、ネイティブアメリカンの合唱隊、ハワイのシンガーなど、アメリカの真の歌い手たちに至るまで広く脚光を浴びせている。彼らのほとんどは、マイクの前ではなく苦しい生活と労働の合間に歌っていた人たちだ。偉大なるアメリカを再び聴きたければ、このレコードのどの場所にでも針を落としてみるといい。

6. モントローズ 『ハード☆ショック!』

1973年10月、元エドガー・ウィンター・グループのギタリスト、ロニー・モントローズの名を冠したカルテットがデビューアルバムをリリースした。これは、あらゆる意味でヴァン・ヘイレン・ストーリーの始まりでもあった。タイトで筋肉隆々なリズムセクション、リーダーの繰り出す速弾きとパワフルなリフ、華麗でマッチョなヴォーカルによるハードロック・サイクロンが吹き荒れる5年前のことだった。ヴァン・ヘイレンはクラブ時代、本アルバムのラストトラック『メイク・イット・ラスト』をカヴァーしていた。それがモントローズのプロデューサー、テッド・テンプルマンの目に留まり、テンプルマンはヴァン・ヘイレンの最初の6枚をプロデュースすることとなる。1985年、モントローズのオリジナル・ヴォーカリスト、サミー・ヘイガーがデイヴィッド・リー・ロスに代わりヴァン・ヘイレンに参加する。彼の歌にはインパクトがあり、モントローズでは曲作りにも関わっていた。モントローズは1973年4月、KSAN FMのトム・ドナヒューがキャスターを務める番組に出演し、この時初めて彼らのプレイが広く一般に公開された。当時はまだ正式なバンド名もついていなかったが、演奏や歌は、今聴いても素晴らしい。このラジオコンサートは、本リイシューのディスク2に収録されている。(さらに詳しい情報を知りたい皆さんへの情報として、1974年12月にKSANで放送されたライヴは、セカンドアルバム『ペーパー・マネー』のリイシューに含まれることをお知らせしておく)

7. アリス・コルトレーン 『ザ・エクスタティック・ミュージック・オブ・アリス・コルトレーン・トゥリヤサンギータナンダ』

夫でジャズサックスの巨匠だったジョン・コルトレーン亡き後も、ピアニストでハーピストのアリス・コルトレーンは、ふたりに共通したスピリチュアル・ミュージックを追究し、『ア・モナスティック・トリオ』(1968年)や『ジャーニー・イン・サッチダナンダ』(1971年)などのソロアルバムを発表している。引退後は、信仰と社会奉仕に身を捧げた。1975年、コルトレーンは南カリフォルニアにヴェーダーンタ・センターを設立。90年代中頃まで、アシュラム(修養所)でのパフォーマンスや、チャントや電子メディテーションのカセット録音を続けた。本作は、俗世に発表された彼女のさまざまな音楽を集めた初のコンピレーション・アルバムだ。『至上の愛』(1965年)でジョンが追究した確実性と、空間的な電子音楽のインプロヴァイゼーションや合唱を融合し、フィールドコールや黒人教会のテスティモニーが、パーラメント・ファンカデリックやアース・ウィンド・アンド・ファイアーのハーモニーと結びつく。俗世間とは離れた場所で作られた音楽が、誰にも分け隔てなく癒しと平穏をもたらす。

8. ザ・ローリング・ストーンズ 『オン・エア』

ロンドンのクロウダディ・クラブで毎晩熱狂に包まれていたバンド最初期の音源がついに公開された。BBCラジオで放送された1963年〜65年の音源で、カヴァー曲も含め、観客入りのライヴで録音されたものも多い。”ラスト・タイム”の”サティスファクション”となるだろう。さらに嬉しいことに、チャック・ベリーの『ロール・オーヴァー・ベートーヴェン』、ボ・ディドリーの『コップス・アンド・ロバーズ』、バスター・ブラウンの『ファニー・メイ』など、デッカ時代のシングルやアルバムにも未収録だった貴重な音源も含まれる。音質の悪いトラックもいくつかある。1964年2月に録音されたビートルズ作の『彼氏になりたい』のライヴにはノイズが入っているが、ラジオ放送を録音したものかもしれない。BBCはよく、再利用できないようにマスターテープを消去していた。しかし、イギリスの反逆児的な白人ブルーズミュージシャン、ブライアン・ジョーンズの突き刺すような震えるスライドギターは聞き違えようがない。

9. ザ・ジャム 『1977』

イギリスのブルーズ・ブームの再来である。1977年2月からの10か月間にスポットライトを浴びせた5枚組ボックスセットで、1977年4月のデビューシングル『イン・ザ・シティ』がリリースされる前のデモや、DVDでは、アルバム『ザ・モダン・ワールド』のプロモーションのために出演した11月のテレビ番組でのパフォーマンスも観られる。当時20歳にも満たないシンガー・ソングライターでギタリストのポール・ウェラーは、ザ・フー的なリズム・アンド・ブルーズをベースに、アルバム『オール・モッド・コンズ』(1978年)や『セッティング・サンズ』(1979年)では独特の燃えるような声を聴かせた。本リイシューには、1977年9月にロンドンのクラブで行われたライヴの未発表音源に加え、最初の2枚のアルバムと、フーの『ソー・サッド・アバウト・アス』やアーサー・コンレイの『スウィート・ソウル・ミュージック』などのカヴァー曲も含まれる。ヴィンテージ・モッズだ。

10. セロニアス・モンク 『危険な関係 1960』

ほとんど忘れられた存在だったピアニスト、モンクによる、約90分間の貴重な未発表音源。生誕100年を記念した2枚組CDセットは、彼からのユニークな贈り物だ。1959年7月27日ニューヨークのスタジオで、一日限りのユニットによって録音された。メンバーには、相棒であるチャーリー・ラウズ(テナーサックス)や、フランスからのゲスト、バルネ・ウィラン(テナーサックス)が含まれる。恋の駆け引きを描いた18世紀の小説を、映画監督ロジェ・ヴァディムが現代風にアレンジした映画『危険な関係』のサウンドトラック向けに作られた作品で、モンクのグレイテスト・ヒッツと言える。『Rhythm-a-Ning』や『Crepescule with Nellie』の別バージョン、『Pannonica』のソロバージョンとバンドバージョンなども聴くことができる。実際の映画にはモンクのバージョンは使用されず、モンクの元ドラマー、アート・ブレイキーがサウンドトラックを担当した。本リイシューに使われたテープは、2014年に発掘された。アメリカの巨匠が生きた中のたった一日の出来事だが、何と素晴らしい一日だっただろう。

11. 『アット・ザ・ルイジアナ・ヘイライド・トゥナイト…』

アメリカの歴史はここから始まった。1948年〜1960年に放送されていたラジオ&テレビ番組『ルイジアナ・ヘイライド』は、ナッシュヴィルの『グランド・オール・オプリ』と似て、カントリーミュージックの初心者から大ファンまで誰でも楽しめる番組だった。ルイジアナ州シュリーブポート市記念会館から放送されていた同番組で、放送デヴューしたアーティストも多い。20枚組CDには、ハンク・ウィリアムズ、エルヴィス・プレスリー、ウェブ・ピアース、ジョニー・キャッシュ、キティ・ウェルズ、ジューン・カーター、ジョージ・ジョーンズらが名を連ねる。セットにはベア・ファミリー・レコーズによる、アンティークラジオほどの重さがあるハードカバーの解説書が付く。番組のハウスバンドも注目に値する。シュリーブポート出身で高校卒業後すぐに番組に参加した、後のナッシュヴィルのピアノスター、フロイド・クレイマーや、14歳で番組のギタリストとして活躍し、後にリッキー・ネルソンのバンドに参加するジェームズ・バートンらがいた。バートンは、デイル・ホーキンスの『スージーQ』のギターソロで有名で、70年代にはエルヴィス・プレスリーのTCBバンドにも参加していた。

12. ラル&マイク・ウォーターソン 『ブライト・フィーバス』

60年代イギリスのフォーク・リバイバル・ブームの中、ウォーターソン家の姉、弟、妹の内の2人、妹ラルと兄マイクが組んだヴォーカルグループ。オリジナルアルバムは、伝統的スタイルと新しい波が交錯する70年代初めに作られ、全曲2人による作曲だ。チェロやオーボエなど斬新な楽器がフィーチャーされ、マーティン・カーシー(ヴォーカル)、アシュリー・ハッチングス(ベース)、リチャード・トンプソン(ギター)など、スティーライ・スパンやフェアポート・コンヴェンションのメンバーもゲスト参加している。ウォーターソン家のレーベルの経済的事情により、1972年には1,000枚のみがリリースされた。イギリスのフォーク・ミュージック関連のメディアは、彼らのモダニズム化を嘆き、アルバムを酷評するか、無視した。未公開のデモも含む2枚組の本リイシューで、ついに正しい評価を受けることとなった。2017年8月時点で、イギリスのアルバムチャートのトップ30以内に入ったのだ。

13. メタリカ 『メタル・マスター』

1986年3月にリリースされたメタリカのサードアルバムで、初期の4枚の中で最初にブレイクした作品だった。作曲や演奏もこなれてきた時期だったが、ベーシストのクリフ・バートンが突然この世を去るという悲しい傷跡の残る勝利でもあった。バートンはその年の9月、ストックホルムでのコンサート後、ツアーバスの事故により死亡した。メタリカのリイシューシリーズのひとつを構成する3枚組CDで、ほとんどのヘッドバンガーたちを満足させるに十分な内容だ。『バッテリー』、『メタル・マスター』、『ウェルカム・ホーム(サニタリウム)』のデモを聴くと、ドラマーのラーズ・ウルリッヒとシンガー&ギタリストのジェームズ・ヘットフィールドによる、エピソードを基にした曲作りの進化や、1982年に作ったデモテープ『No Life Til Leather』の頃のスピリットが見えてくる。約1時間のライヴ音源には、バートンが生前最後に参加したツアーからのものも含まれる。熱烈なファンには、CD10枚、アナログ盤3枚、DVD、バートンのラストライヴを録音したカセットのボックスセットがたまらない。筆者が初めてメタリカを観て、ライヴ後にインタヴューしたのは、ニュージャージーでのオジー・オズボーンの前座として出演した時のものだった。その1986年4月21日の未発表音源も、今回のリイシューに含まれる。今なおその時の興奮と熱狂が蘇る。

14. アートフル・ドジャー 『ザ・コンプリート・コロンビア・レコーディングス』

CD2枚組セットには、1970年代半ばのパワーポップ・クインテットによる3枚のアルバムが含まれる。もしも運命の女神がもう少し優しければ、ビッグ・スター、バッドフィンガー、ザ・ラズベリーズらの作品と共に歴史に刻まれたことだろう。その代わりアートフル・ドジャーは、ヴァージニア州フェアファクスの道路に埋まる、考えうる限りすべての地雷を踏んで回った。ブッキングエージェントはアイアン・バタフライやテッド・ニュージェントのコンサートに彼らを出演させた。レーベルは、別の所属アーティスト、ブルース・スプリングスティーンの爆発的人気に気を取られていた。1975年のアルバム『アートフル・ドジャー』には、リヴァプールから来たエアロスミスのようなアクションの『ウェイサイド』、67年のザ・フーを思わせる『フォロー・ミー』、バラード曲『イッツ・オーヴァー』など、FMラジオでかかればヒット間違いなしという曲もあった。しかし、どれもバンドの顔を有名にするまでには至らなかった。彼らには、もっと別のサクセスストーリーがあったはずだ。本リイシューを聴けばそう言う理由がわかる。

15. ティム・バックリィ 『ヴェニス・メイティング・コール / グリーティングス・フロム・ウエスト・ハリウッド』

『ヴェニス・メイティング・コール』はCD2枚組で、同時にリリースされた『グリーティングス・フロム・ウエスト・ハリウッド』は、1969年9月、ロサンゼルスのトルバドールで行われたライヴが2枚のLPに収められている。同ライヴは1994年にもリリースされているが、今回のリイシューでは、1994年版とは異なるステージからの音源を使用している。1969年は、バロック・サイケデリックからフォークジャズ・トランスまで、バックリィが精力的に歌い、制作に取り組んだ時期だ。このライヴの2週間後には、ドラマチックな実験的アルバム『ロルカ』を完成させている。1969年11月にリリースされた『ブルー・アフタヌーン』は、印象派の繊細さを感じさせる。楽器同士の殴り合いのような演奏は、まるでエレクトリック版マイルス・デイヴィスさながらだ。リイシューのそれぞれに別バーションが収められた『ジプシー・ウーマン』では、バックリィのスリリングなヴォーカルが聴ける。彼はその後、理解の難しい白人ソウル音楽へと走り、1975年に28歳の若さで亡くなった。本リイシューで聴くことのできる音楽は、彼の後年の楽曲よりも親しみやすい。