結婚に必要なのは、お金or愛?

それは、女にとって永遠のテーマである。

“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。

しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。

その名は、愛子。

金に目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?

広告代理店で働く29歳の愛子は、婚約者の知樹と幸せな毎日を過ごしていた。

愛子は会社で見事プロジェクトリーダーに抜擢されるが、突然プロジェクトが中止となりショックを受ける。

一方、同時期に医者との結婚を決めた親友の明日香は、結婚式に全てのエネルギーを注ぐため早くも会社を退職してしまう。




「愛子。今年も“出世の石段”、登る覚悟はできてる?」

急勾配の石段を見上げた知樹が、ごくりと唾を飲み込んだ。

2018年の元旦。愛子は知樹と共に、愛宕神社に初詣に来ている。86段の階段を登り切ると出世する、と言われる“出世の石段”が有名な神社で、二人はここに新年のお参りにくるのが毎年の恒例行事となっている。

-出世、か…。

その言葉がちくりと小さく愛子の胸をさした。

2017年、やっとの思いで掴んだ“プロジェクトリーダー”の座。しかし、そのプロジェクトは運悪く白紙になってしまった。

「愛子、今年は何を願うの?」

石段を登りきった後で、社殿の参拝を待つ行列に並びながら、知樹に尋ねられた。

-昨年は仕事に始まり仕事に終わった一年だったわ…。今年は結婚もするし、少しは家での時間も大切にしたいなあ…。

12月の後半も仕事に追われ、あっという間に一年の終わりを迎えてしまった。そんな年末の出来事を、愛子はそっと思い返していた-。

プロジェクトが急遽中止となったことで、愛子が向かった先は、翔太のいる「ナッシェン」だ。コラボスイーツのデザインもパティシエとの綿密な打ち合わせにより既に決定し、発注も確定していたのだ。

「藤原さん、このたびは本当に申し訳ありませんでした…!」

翔太からある程度責められることも覚悟の上で深々と頭を下げる。しかし、翔太はにっこり笑って言った。

「愛子さん。今回は残念ですが、また別の企画の際にぜひ弊社をよろしくお願いいたします」

さらに、今回の件で費用は一切発生しないように処理する、とまで言ってくれた翔太に、愛子は心から感謝した。これまでのやり取りの中で「ナッシェン」との信頼関係は、しっかり築けていたようだ。

帰り際、ビルの玄関まで見送ってくれた翔太が、愛子に声をかけた。

「そういえば、今回の企画とは全くの別件なのですが、愛子さんに会わせたい人物がいるんです。急ですが、今夜お時間いただけませんか?」


翔太が愛子に会わせたい人物とは誰なのか?


降って湧いたような転職のチャンス


「…差し支えなければどういったお話か、詳しく伺っても良いでしょうか」

愛子が尋ねると、翔太は答えた。

「実は、会わせたいのは、私の姉なんです。姉が会社を経営しておりまして、愛子さんのような優秀な人材をちょうど探しているところでして」

翔太は簡単に姉の経歴を説明した。もともとラグジュアリーブランドのPRマネージャーとして働いてきた彼女が、自身のプロデュースする女性向けのファッションブランドを立ち上げたのは2010年のことらしい。




前職で培った手腕を発揮し、立ち上げ以降みるみる知名度をあげ、売上を伸ばしていった。伊勢丹などの一流百貨店やバーニーズ、エストネーションでも取り扱われている、今勢いのあるブランドだ。

今後はアジアマーケットの開拓を狙っており、そこで海外営業のマネージャーとして愛子に話が来た、というわけだ。

突然の話に驚き戸惑っていると、翔太はにっこり笑って言った。

「気軽に会ってもらって、興味なければ断って全く問題ありませんよ。では今晩20時で」

結局強引に翔太に話をまとめられてしまった。愛子は、そう簡単に転職する決断を固められるはずがない、と思いながらも胸が高鳴るのを抑えられない。

-ファッションブランドの、海外営業かあ…。話だけでも、聞いてみようかな。

そして愛子はその夜、指定されたザ・ペニンシュラ東京のラウンジ『ザ・ロビー』へと向かった。



翔太の姉は約束の時間ちょうどにやってきた。翔太は会議が長引いたため1時間ほど遅れて合流するとのことで、早速彼女は本題を切り出した。

「弟がいつも愛子さんのこと、すごく優秀な方だって話していてね、それでピンと来たの。うちの海外営業にどうかなって。すごくお会いしたかったのよ」

翔太の姉は、具体的な業務内容に続いて会社の特徴を丁寧に説明した。

「社員数はまだ少ないけれど、うちの社員は9割、女性なの。小さなお子さんのいるママも何人かいるのよ。残業は、展示会シーズン以外は基本的に無し。女性にとって生涯働きやすい環境であることが会社のモットーのひとつなの」

そのとき、ちょうど前日に、退職する先輩から言われた一言が心に蘇った。

-愛子も結婚するんだし、今後の人生についてよく考えた方がいいわよ。

結婚していつか母親になっても、今の激務を続けるべきか、これまで何度か考えたことがある。だから非常に魅力的な話だと思った。そして何より、いくら同じ営業職とは言え、未経験の業界でいきなりマネージャーのポストに就けるというのもありがたい話だ。

しかし、ひとつだけ問題があった。提示された年収が、現在の年収より200万近く低いのだ。


会社を辞めた明日香は念願の結婚式準備に精を出すのか?


良い給料を求めれば激務がつきまとうし、ワーク・ライフ・バランスを重視した働き方を望むなら、その分給料は下がる。当然理解しているつもりでいたことだが、200万という数字は愛子に現実を突きつけた。

今の生活水準を保とうとするならば、知樹に頼らず愛子自身がしっかり稼ぐことが大切なのである。

-年収をとるか、ワーク・ライフ・バランスをとるか。どっち…?

結局愛子はその場では結論を出せず、少し時間が欲しいと伝えたのだった。

遅れて翔太が現れ、姉は嬉しそうに弟に向かって言った。

「愛子さんって、やっぱり翔太から聞いていたとおり素敵な人だったわ」

翔太はそうでしょう、となぜか得意げな顔をしていたが、思いついたように話題を変えた。

「そういえば、愛子さんにお願いした、お友達を紹介してという依頼ですが…これ以上ご迷惑をおかけしたくないので、忘れていただいて結構です」

「え…いいんですか?」

翔太はニコニコ笑いながら頷く。突然の心変わりに疑問を抱きつつも、愛子は重い任務から解き放たれたことにホッとするのだった。


暇を持て余す女


明日香は、先月末で会社を退職したものの、暇をもて余して毎日を過ごしていた。

結婚式準備に思う存分時間を費やすつもりでいたが、ウエディングプランナーとの打ち合わせが始まるのはまだ随分先だと聞かされ、拍子抜けしたところだ。仕事を辞めてからはなんだか心にはぽっかりと穴が空いたようである。

退屈しのぎにInstagramを開くと、PR会社の元同僚の投稿が目に飛び込んできた。ファッション関連の華やかなイベントの様子。それは、そもそもは明日香が担当していたクライアントのアパレル会社のPRイベントだった。

「何よ…私から引き継ぎされただけのくせに、まるで自分の功績かのように偉そうに載せちゃって…」




それにしても退屈だ。そうだ、新年会と称して、愛子や他の友人でも食事に誘ってみようか。明日香は早速グループLINEにメッセージを送る。

-あけましておめでとう!皆に会いたいし、早速来週の平日に新年会しない?

すると皆からすぐに返信がきた。

-年始は会社の新年会があったりでバタバタなので、1月後半だと助かる!
-私も年始は仕事が溜まっていてちょっと厳しいかも。ごめんね!

次々続くつれない返信に、明日香は肩を落とす。

「みんな口を揃えて仕事・仕事って…。正月早々、ご苦労様ねえ」

ひとり呟きながらも、胸が痛んだ。明日香が手放してしまった、“働く女”としてのステータス。自分がもう永遠に関わることのない世界で、愛子や他の友人は、今もこうして生き生きと働いている。

愛子の姿が頭に浮かんだ。パンツスーツを着こなして、ヒールで勇ましく闊歩する愛子。それは、明日香が就職する前にぼんやりと夢見た、自分の理想の姿そのものだ。

だけど、虚しい気持ちを否定するように、ぶるぶると首を横に振った。

「仕事になんて、何の未練もないわ…」

-ちまちまと給料を稼ぐより、こうして働かなくても何不自由なく暮らせる方がよっぽど幸せに決まってる。

明日香は自分に強く言い聞かせ、大量に買い込んだウエディング雑誌に没頭するのだった。

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愛子、知樹と初めての喧嘩。