東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

自分が好きになるくらいの男を、他の目ざとい女たちが見過ごすはずがないのだ。

取材先のスリランカで知り合った商社マン・洋平(30歳)と運命的な出会いを果たした彩花(26歳)。

しかし洋平には、付き合って2年になる彼女・繭子(29歳)がいる。

彼女の存在に気づいたものの諦めきれない彩花は、初デートを実現するが、その後連絡が途絶えてしまう。

仕事帰り、偶然洋平と繭子を見かけてしまった彩花は、本命彼女の前で存在を無視され、自分の立場を思い知る。しかしその日の夜、洋平からフォローのメールが届く。彼の意図は、一体?




彩花side-既読スルーしたLINE


「彩花、まだ帰らないの?」

夏美さんに声をかけられ時計を見ると、20時半を過ぎていた。

名古屋でOLをしていた時代には考えられないが、夏美さんとともにGirls Tripで働くようになってからは、仕事に集中して時間を忘れてしまうということがよくある。

「うーん、あとちょっとだけ…」

両腕をぐーん、と伸ばしながら答えると、夏美さんは「そう。あまり無理せず、ね」と言ってオフィスを出て行った。

先日、某旅行代理店に提案したスリランカ・コラボツアーの企画に反応があり、順調にいけば形になりそうだ。

…こんな時、打ち込める仕事があって本当に良かった。

少し気を許すと脳裏に浮かんでくる、あの夜のこと。本命彼女の前で消された、私の存在。

「…集中しよう!」

私は心を灰色に染める残像を消し去るように、ひとり頭を振った。

あの日、洋平くんから届いたLINEは既読スルーした。いくらフォローがあったとはいえ、無視された心の傷はそんなことで癒えない。

それに…ここで私が簡単に許してしまったら、彼の中で私の価値はその程度のものになってしまうだろう。それだけは、避けなければならない。

-自分に自信を持てない人は、選ばれないものよ。

夏美さんの言葉を、私は何度も復唱するのだった。


洋平くんとはもう終わり…には、ならなかった


屈辱の日から2週間以上が経ち、洋平くんからのLINEを待つ癖もようやく消えたある日のことだ。

“今日の夜、空いてる?”

夏美さんとの打ち合わせを終えてスマホを確認した私は、そこに並ぶ文字列を二度見し、思わず声を上げた。

「え!?」

洋平くんから突如として届いた短すぎるLINEは、私を無視したことなどすっかり忘れてしまったかのように何の悪びれも無い、あっさりしたものだった。

それでも高鳴る胸を、返信してしまいそうになる手を、私は必死で堪える。

こんな彼都合の、しかも当日の誘いに乗ってしまってはいけない気がする。

どうしたものか、無い知恵を絞り出すようにうーん、うーんと唸りながら上を向いたり下を向いたりしていたら、その一部始終を見ていたらしい夏美さんに笑われてしまった。

「本当にわかりやすいわね。洋平くんからLINEでもきた?」

「夏美さん…!」

さっぱり正解がわからない私は、救いの手とばかりに夏美さんに駆け寄った。




妻と恋人の、大きな違い


「さすがに、この軽い誘いに当日のこのこ行くのは無いわね。もう一度会うにしても、今日の誘いは断わって、彩花の都合のいい日を逆に指定したら?」

「で、でもそれで断られたら?今度こそもう会えなくなるかも…」

本命彼女の前で無視されるという屈辱を味わい、軽く見られている自分を変えようと決意した私ではあったが、いざ洋平くんからの誘いを受けてしまうと、それを断るなんて勿体ないという気持ちがわいてくる。

私が小声でうじうじ言っていると、夏美さんは呆れた、と言わんばかりにため息を零す。

「そういうのが、自信がないっていうのよ。洋平くんも彩花に会いたいと思っているなら、絶対に調整するはずでしょ。断られて終わるなら、彼にとって彩花はその程度ってこと。潔く諦めて」

叱咤するような強い口調でそう言うと、夏美さんはふいに何かを思い出すように遠くを見つめた。そして今度は私に、静かにこんなことを問いかけるのだった。

「…ねぇ彩花、妻になる女と恋人で終わる女の、大きな違いって何だかわかる?」

-妻と、恋人で終わる女の違い…?

何だろう…例えば家庭的であるとか、男性を立てられるとか、そういう類のことだろうか?

これ、という答えが思い浮かばず私が黙っていると、夏美さんはどこか噛みしめるような言い方で私に告げた。

「それはね、主導権を握れる女かどうか。短期間付き合う分には、都合よく思い通りになる女を選ぶこともあるかもしれない。その方が楽だしね。

でも…長い人生を共にする相手として最後に選ばれるのは、人生も幸せも相手に委ねない、“自分がある”女よ」


本命になりたければ、主導権を握るべし。夏美さんのアドバイスで、彩花はある行動に出る


彼女持ちの男に、伝えておくべきこと


すれ違う恋人たちにも、今日は不思議と心が踊る。

人混みをかき分けながら表参道を歩く私は、自分でも意識せざるを得ないほど高揚していた。頬をきる風はとても冷たいはずなのに、寒さも感じないほど。

夏美さんのアドバイスに従って、私は当日の誘いを断り、代わりに週末のランチを提案した。

断られれば、それまで。ダメ元で送ったLINEだったが、意外にも即レスでOKのスタンプが届いたのだ。




はやる気持ちから、私は自然と早足になってしまう。

待ち合わせの場所『ザ ストリングス 表参道』のエントランスをくぐり、『カフェ&ダイニング ゼルコヴァ』へと足を進める。

そして右奥、窓際の席に座る洋平くんの姿を認めたとき私の高揚は最高潮に達して、そんな自分に思わず苦笑した。

-彼の何が、こんなに私を惹きつけるのだろう?

自分でも、よくわからない。

彼女なんていないと言ってみたり、あっさりFacebookを見せたり、彼女がいながらこうして私を誘ったり、挙げ句の果てには彼女の前で私を無視したり。

はっきり言って、非難するポイントしかないくらいだ。

“恋は、するものではなく落ちるもの”

使い古された言葉だが、やはりそれは真理なのかもしれない、と私は思った。私が洋平くんに惹かれる気持ちはまさに理屈ではない、恋に落ちる、という感覚だったから。



「この前は、ごめんな。その…無視しちゃって」

泡で乾杯したあと、洋平くんはそう言って、とても優しい声を出した。

窓から差し込む柔らかな光は、彼の表情をくっきりと象る。気まずそうに、しかし目を逸らすことなく私を見つめる洋平くんを確認してから、私は「もう、いいよ」と首を振った。

今日ここに来たのは、彼を責めるためじゃない。私は洋平くんに、どうしても伝えておきたいことがあった。

「洋平くんは…どうして今日、私を誘ったの?」

「うーん、なんでだろう?」

さっそく核心を突こうとする私をやり過ごすかのように、彼は曖昧に笑う。

しかし真剣な眼差しから逃げられないと思ったのか、洋平くんはしばし考えるようなそぶりを見せた後、少し照れた表情で言葉を続けた。

「彩花と話すと、前向きになるからかな。夏美さんや仕事のことを楽しそうに話すのを見てると、俺も頑張らなきゃって気持ちになるというか」

-彩花と話すと、前向きになれる。

その言葉は、私にとって最大級の賛辞だった。

私にとって夏美さんがそうであるように、洋平くんにとって私がパワーの源でありたい。それが、私の願いだったから。

-私やっぱり、洋平くんに選ばれたい。

むくむくと大きくなるその気持ちは、もう止められそうになかった。

だからこそ、今日、彼に言っておかなければならないことがある。私は、覚悟を決めた。

「もう気づいてると思うけど、私、洋平くんのことが好きなの。だけどその…二番手っていうか、浮気相手で終わる気はない。だから…」

突然の告白に面食らっている彼に、私は構わず続けた。

「次に私のことを誘う時は、彼女と別れてからにしてください」

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繭子との別れを迫る彩花。一方、繭子と洋平の関係にも少しずつ変化が…