人類の滅亡まで20年といわれたら…?(写真:Bobboz / PIXTA)

【キーワード】支出税

個々人の消費支出を課税ベースとする税制度。間接税である消費税とは異なり直接税であり、累進税率の適用が想定される。現行税制の問題点を解決できる理想の税として古くから経済学者らによって提唱されているが、個人の消費額の正確な把握は困難であるなどの執行上の問題があり、現在までに採用された事例はない。

【この小説のあらすじ】

理想の税制を導入するという夢を果たせず世を去った父は、その想いを手紙にしたため4人の子どもたちに託した。子どもたちはそれぞれ父から与えられた大掛かりな計画を実行してゆく……理想の税制への思いは時空を超えて……

人々はテレビを見て戦慄した

――20年後に小惑星が地球に衝突し、人類は滅亡する

この衝撃的なニュースが地球を駆け巡ったのが5年前。


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人々は絶望したが、それはいっときのことだった。誰かが「20年もあれば軌道は変わる。衝突の可能性が100%のはずはない」と言うと、人々はその説を信じようとし、各国の観測者が衝突の確率は高くないと主張し始めると、人々の恐怖は和らいだ。

ところがある日の朝、人々はテレビを見て戦慄した。

神妙な面持ちの総理大臣が真っ直ぐにこちらを見つめ、小惑星が地球に衝突する確率は99.99%と述べたのだ。総理大臣は平時と変わらぬ冷静な行動を国民に求め、小惑星衝突が自分の責任であるかのうように、深々と頭を下げた。

人々は泣き、叫び、暴れ、破壊した。多くの人が働くことをやめ、生産も流通も滞り、経済が大混乱に陥った。

ただ、経済の混乱はまもなく収束した。人類の滅亡まで20年しかないが、20年もあるということもできる。やけくそになって生きるには20年は長い、と人々は気づいたのである。生産も流通も戻り、経済は回復した。

そうして5年が経った。いずれ人々は滅亡の日を再び意識し始めるだろうが、いまのところは心に平穏を保ち、日々を過ごしている。

列車は都心から西に向かっている。

車窓に広がる水田に、雪を頂いた山々の姿がくっきりと映っている。田植えの盛りの季節であり、腰を折り農作業に精を出す人々が後方に飛ぶように流れてゆく。

江田二郎は窓の外を見ながら、

「稲は秋には実る」

と、あたりまえのことを口ずさんだ。

「えっ、なんかいった?」

と、二郎の前の席に進行方向に向かって座る少女が尋ねた。

「ああ、なんでもないよ」

少女の名はアザミ。二郎の妹の三奈の娘である。三奈は半年前に経営する会社の本社を都心の西の地方都市に移転し、平日はそこに単身で住んでいる。私立小学校に通うアザミは父親と一緒に都心に居残った。

明日は二郎たちの父、アザミの祖父の命日で、墓参りのために二郎はアザミを連れてこの列車に乗った。この線路の沿線に本社を置く三奈は途中の駅で乗ってくる。

「おじいちゃんの話、もっと聞かせてよ」

まもなく世界が終わる

アザミの手には携帯型のゲーム機が握られているが、飽きたのだろう。ゲームで遊ぶよりも昔の話を聞きたがるなど自分が子どものころにはありえなかった。この世がまもなく終わるとなれば、子どもといえども自分のルーツを知りたくなるということなのか。

「どこまで話したっけ」

「おじいちゃんは大蔵省という役所で税金の仕組みをつくる担当をしていて、一般消費税という税金をつくろうと頑張っていたというところまで聞いた」

「そうだったな」と、二郎はうなずき、「そのころ景気がひどく悪くなって、税金が十分に集まらなくて、政府はいっぱい借金をした。そのときの総理大臣は、孫の代に借金を残してはならないといって、借金をなんとかするために新しい税金を作らなくてはいけないと考えた。税金は所得か消費か資産にかけるものなんだけど、当時は所得にばかり税金がかかっていた。だから消費にかける税金をつくって借金を返そうと総理大臣たちは考えたんだ。おじいちゃんはその税金のために頑張った」

二郎は話を区切ってアザミの表情を見た。平易に話したつもりでも難しすぎたか、と思ったのだが、アザミは二郎の目をしっかりと見返している。二郎は安堵し、続けた。

「でもね、消費にかける税金、すごく人気がないんだ。お給料とかは月に一回だけど、買い物をするのは毎日だよね。毎日毎日税金をとられると思えば、まあいやな感じがするよね」


買い物をするのは毎日(写真:photoman / PIXTA)

「そうかなぁ。どっちにしても払うのだったら毎日でも月に一度でも同じなんじゃないの。それにみんなのために使うおカネなんだし」

「みんながアザミのように考えてくれればいいんだけどね。そうもいかないんだ。それにね、公平な税金は何かというとき、同じくらいの生活をしている人は同じくらいの負担をすべきというのと、豊かな人ほどいっぱい負担すべきという2種類の公平がある。給料の少ない人は食べ物代とか家賃とかで給料のほとんどを使ってしまう。給料をいっぱいもらう人は給料のうちのちょっとしか使わない。だから使った金額に税金をかけると、給料に対する税金の割合は給料が少ない人ほど大きくなっちゃうだろ。それは不公平だという考え方もあるんだ」

アザミは首を傾げた。理解できなかったか。

アザミが言った。

「働いていないけどおカネをすごく持っていて、いっぱいお買い物をしたり旅行したりする人もいるでしょ。お給料に税金をかけるとそういう人の税金が少なくなって、そっちのほうが不公平じゃない」

二郎はアザミの聡明さに触れ、うれしくなった。

「確かにそうなんだけどね。でも、そんなこんなで一般消費税は国民にすごく人気がなかったんだ。おじいちゃんの頃の総理大臣が『一般消費税やります』っていって選挙を戦ったら大負けしちゃった。それで一般消費税は実現しなかった」

「おじいちゃんはショックだったろうね」

遺された手紙

「そのためにずっと働いてきたのだからね。おじいちゃんはそのあとすぐに亡くなるんだけれども、過労に加えて、そのときのショックがあまりに大きかったことが関係しているんだろうな。おじいちゃんはすごく悔しかったはずだ。それでおじいちゃんはね。ぼくら兄弟に手紙を残したんだ」

「手紙?」

「そう。おじいちゃんが死んだあとに僕ら4人兄弟に宛てた4通の手紙が出てきた。そこにはおじいちゃんから僕らへのお願いが書いてあった。おじいちゃんは突然死んじゃったけど、自分が死ぬとわかっていたのかもしれないし、おじいちゃんのやりたいことは時間がかかりすぎて死ぬまでには実現できないから、早めに手紙に書いておいたのかもしれない」

「手紙になんと書かれていたの」

「4通の手紙にはそれぞれ宛て名が書かれていて、僕らは自分宛てのものを読んだのだけど、兄弟のものは読んでいないんだ。だから一郎兄さんや三奈、四郎の手紙に何が書かれていたかは知らない」

「なんて書かれていたんだろう。知りたいわ」

「僕のは教えてあげるし、きっとみんなも教えてくれるよ。もうすぐ兄さんがこの列車に乗ってくる。まずは一郎おじさんに聞いてごらん」

アザミはにこりと笑い、うなずいた。

車窓の田園風景はまもなく地方都市の街並みに変わり、列車は速度を落とし始めた。

デッキと客室を隔てる自動ドアが開き、江田一郎が入ってきた。手にビニール袋を提げている。プラットホームのキオスクで弁当を買ったのだろう。一郎は二郎とアザミを見つけて「よう」と陽気に声をかけた。そして二郎の隣に座り、さっそくビニール袋から弁当とお茶を取り出した。

「兄さん、ずいぶんと身軽だね。SPはもうつけないのかもしれないけど、1人で電車に乗ってくるとは思わなかった。そのうえ荷物が弁当とお茶だけとはね」

「総理も辞めてしまえばただの人さ。午前中で講演会が終わって秘書と車は都心に帰らせた」

一郎は前内閣総理大臣である。1年前に総理を辞し、政界をも退いた。もとは大蔵官僚で、30代で政界に転じ、50歳になってすぐに総理に上り詰めた。任期5年目に政変がありいったん退任したが、5年後に返り咲き、その後5年間総理を務めた。

怒りの矛先を一身に受けた総理

「でも兄さんはただの総理ではなかったのだからね。危険はないのかい」

「ただの総理ではないっていうのは、あれのことか」

と、一郎は人さし指を立てて天をさした。小惑星のことだ。小惑星衝突の発表を聞いた国民は怒りの矛先をその発表を行った一郎に向けた。一郎が総理在任中に暴漢に襲われそうになったのは一度や二度ではない。

二郎がこくりとうなずくと、一郎は

「まあ、おれが小惑星を地球に呼んだわけではないしな。発表から5年が経ってみなが冷静になった」

「一郎おじさん。訊きたいことがあるのだけど」

と、アザミが言った。一郎は体を乗り出してアザミの頭のうえに手を置いて、

「なんだい。なんでも訊いていいよ。国の秘密でもなんでも教えてあげる」

「国の秘密じゃなくて、おじさんの秘密」

「おれの秘密?」

と一郎は小さく首を傾げた。

「おじいちゃんからのお手紙。なんて書いてあったの」

一郎は首を傾げたままで二郎を見て補足を求めた。

「アザミがぼくらファミリーのことに興味をもったらしくてね。さっきまでお父さんのことを話していた。お父さんが死ぬところまで話して、お父さんからの手紙に触れた。手紙の内容については本人から聞くことにしよう、順序立ててまずは兄さんから聞こう、とアザミに言ったんだ」

アザミが継いで、

「二郎おじさんは、一郎おじさんがもらった手紙に何が書かれていたか知らないんだって」

一郎は傾げていた首を戻し、

「そう。みんなほかの兄弟がもらった手紙の内容を知らない。ただ、みんな手紙に従っていままでの人生を生きてきたようだから、察しはつく。なかでも一郎おじさんの内容はみえみえだろうな」

二郎は一郎に向かい「当然」という言葉を笑顔で示した。

「一般消費税のことは二郎おじさんから聞いたね」

アザミがうなずく。車窓から見えていた街並みは終わり、列車は山間に入っていった。線路に沿って流れる渓流は雪解け水で水量を増し白波を立てている。

一郎が語り始めた。

「おじさんへの手紙にはまず『消費税を実現しろ』と書いてあった。大学生のころ、おじさんは外交官になろうと思って勉強していたんだけど、その手紙を見て大蔵省に志望を変えた。大蔵省に入ってからは消費税のことばかりを考えていた。おじいちゃんの手紙には消費税についていろいろ書かれていた。そもそもどうして消費税を導入しなくちゃならないかとかね。最初に手紙を読んだとき、学生だったおじさんは、税金ってすごくおもしろいと思ったことを覚えている。アザミはどうして消費に税金をかけなくてはならないか、わかるかな」

「国におカネがなくて、おカネが必要だったからでしょ」

「それもあるけれども、おじいちゃんの手紙にはそのことは一言も書かれていなかったよ。消費に税をかけるべき理由はいくつかあって、たとえば、所得というのは社会に貢献した人がもらえるものだよね。だから所得に税金をかけると、社会に貢献した人ほど税金を払うことになってしまう。消費は社会からなにかを持ち出すということだから、消費に税金をかければ社会からの持ち出しが多い人ほど税金を払うことになる」

「アリさんばかりが税金を払うのはおかしいからキリギリスも払うべきということね」

「なるほど。いいね、その例え」

と、一郎は親指を立ててみせ、続けた

「それから、たとえば、一発芸人さんの場合。芸人さんがある年にドカンと売れて、でも来年からは売れなくなるだろうと思い、あまりおカネを使わないで、実際に次の年から売れなくなって、そのあとずっとつつましやかな生活を続けたとしよう。でも、所得税は所得がドカンと増えた年にドカンとかかってしまうんだ。消費は計画的になされるから所得ほど浮き沈みがないという点でも税金の基準にするのにいいといえる」

アザミは首をうんうんと振りながら聞いている。

消費税を導入するためには…

「大蔵省に入ってから消費税のことばかりを考えていたといったけれども、実は税金の仕組みを考えていたというよりも、国民の機嫌をどうやってとるかということばかりを考えていたというべきだな。おじいちゃんの手紙には、消費税を導入するためには国民の理解を得ることがいちばん大事と書かれていた。おじいちゃんたちの一般消費税は国民に人気がなさすぎて失敗したからね。おじさんは新聞や雑誌に消費税を紹介する記事を書いたり、講演会をしたり、テレビのコマーシャルを作ったり、そんなことばかりをしていた」

「へえ。いまのおじさんからは想像できないね」

「なんとか消費税を導入できたあと、おじさんは選挙に出て国会議員になった」

「それもおじいちゃんの手紙に書いてあったの」

一郎は、はにかんだ笑みを浮かべ、

「実はそうなんだ。手紙には総理を目指すためには40歳になる前に政界に転じる必要があると書いてあった。親に言われて総理大臣になったなんて、恥ずかしいから人に言わないでね」

一郎は片目をつむってみせた。国家の最大級の秘密を知ったような気がしたアザミは目を見開いて無言で笑った。

「そのころもう二郎が大蔵省に勤めていたから大蔵省での仕事は二郎に任せて、おじさんは政治家として弟たちのサポート役になったんだ。さて、このあたりで二郎おじさんとタッチ交代したほうがいいかな。な、二郎」

一郎はそう言って手のひらを二郎に向けた。二郎はそれに手をぶつけてパシリと音をたてた。

「僕の手紙には、まず消費税の税率を上げることが書いてあった。おじいちゃんは消費税は最初はすごく低い税率で導入しなくてはならず、税率を上げていくのは大変だとわかっていたんだろうね。実際に何年もかかって税率を上げていくことになったんだ。それから僕の手紙には、消費税とは別のミッションも書かれていた」

「別のミッション?」

「マイナンバーって知っているかい。国民一人ひとりが持つ番号だ。おじさんも持っているし、アザミも持っている」

「知ってる。でもそれが何のために必要なのかは知らない」

「国民それぞれがどういう状態にあるかがわかりやすくなり、役所がその人にあったサービスをミスなく迅速に提供できるようになるとか、役所での手続きが簡単になるとか、いろいろメリットはあるのだけど、おじいちゃんはちょっと違うことを考えていた」

「なに、違うことって」

「おじいちゃんはね。おそらくすごい税金の仕組みをつくりたいと思っていた。税金にはいろいろな種類があって、それぞれに問題があって、複雑なのだけど、そういう問題を一気に解決できる税金の仕組みだ。おじいちゃんはその税金を実現したいと思っていて、消費税は、おそらく、そのための第一段階にすぎなかった」

アザミは瞳を輝かせ、

「うわぁ、すごいじゃない。どんな税金なの」

「支出税。去年導入された新しい税金だよ」

「聞いたことがある。消費税の代わりにできた税金でしょ」

「そう。消費税と同じで人が消費した金額に税金をかけるものだ。消費税は、実際にはモノやサービスを売った人が納める税だけど、支出税はそれらを買った人が税金を納めるんだ」

「わからない。どっちも同じような気がする」

「さっき豊かな人ほどいっぱい税金を負担するのが公平という考え方があると言ったでしょう。だから消費税は不公平だという人がいっぱいいたけれども、支出税ならこの問題がなくなるんだ。所得税と同じように、支出の金額が多い人に対する税金の割合を高くすることができる」

「それじゃあ、最初から支出税を導入すればよかったのに、なぜ消費税からだったの」

「ある人がいくらおカネを使ったか、正確にわからなかったからだよ。いくら使ったか教えてくださいといったって、ちゃんと答えない人がいるし、正直な人でも、1年間にいくらおカネを使ったかなんて正確にはわからないよね。だから支出税は理論的にはすばらしい税金だとわかっていたけど、実現不可能と思われていた。でもおじいちゃんは、いつの日か必ずやるべきだと思っていたんだな」

マイナンバー導入も支出税のため

アザミが「ああそうか」と言いながら両手のひらをポンと合わせた。

「だからマイナンバーなのね。誰がいくら使ったかを知るためにはマイナンバーが必要なんだ。そうでしょう」

「そのとおり。マイナンバーということばは昔はなかったから、僕への手紙には国民総背番号制度をやれと書いてあった。僕はマイナンバーのために頑張った。とはいっても、一郎おじさんと同じように宣伝が中心だけどね。プライバシーの侵害だといって国民は拒否反応を示したからね。おじいちゃんの手紙には宣伝活動に全力を尽くせとも書いてあった」

「なんだぁ。一郎おじさんは総理大臣になるし、二郎おじさんも偉いお役人になってすごいなって思ってたけど、おじいちゃんのお人形さんみたいだね」

とアザミが言うと、一郎も二郎も嫌な顔をせず、

「そうだよ、まさにそのとおり」

と、笑った。

「マイナンバーを導入してから僕はいよいよ支出税の導入に向けて動き始めるのだけど、その話をするためにはアザミのお母さんの話を先に聞いたほうがいい。ほら、もうすぐ次の駅に着く。お母さんが乗ってくるから直接聞いてみよう」

列車がトンネルから出ると左右に視界が広がった。山間部を抜け広い盆地に入ったのだ。滔々(とうとう)と流れる川を鉄橋で越えるとしだいに人家が増えていく。向こうに人の息吹の絶えない街のにぎわいが見えてきた。

三奈は大学で情報科学を学び、一般企業に就職したが、まもなく独立し、インターネット産業の黎明期にインターネット関連事業を幅広くおこなう会社を立ち上げた。会社は上場を果たした。

自動ドアが開き、入ってきた三奈を見て、アザミが手を上げて「ママ、こっちこっち」と声を掛けた。

三奈は嬉しそうな笑顔でそれに応え、アザミの隣に座った。

「次はママの番よ」

「なに? ママの番って」

「おじいちゃんのお手紙。一郎おじさんのを聞いて、二郎おじさんのを聞いたから、次はママのを聞かせてもらおうと思って待っていたの」

「おじさんたちに教えてもらえばよかったのに」

「ほかの人の手紙に何が書かれていたか知らないんだって」

「ああ、そうね。一郎おじさんや二郎おじさんの手紙の内容は読まなくてもだいたいわかるけど、私のはわからないかもね」

二郎がうなずき、

「三奈が手紙に従い、何をしたかは知っている。でも、そこに何が書かれていたかはわからない。僕も知りたいよ」

列車は再び新緑のなかに入っていく。三奈はアザミの頭越しに窓の外を見て、

「私のもらった手紙は、とっても厄介だったわ」

と記憶をたどり、語り始めた。

手紙の意味がわかった

「兄さんたちの手紙には具体的なことが書かれていたでしょう。でも私のは抽象的でよくわからなかった。私の手紙にはね、おカネの流れが正確にわからなければならない、と書いてあったの。一郎兄さんの消費税や二郎兄さんのマイナンバーのようなはっきりとしたミッションは書かれていなかった。

高校2年のころにようやくわかったの。支出税のためにおカネの流れを正確に把握することが必要なのだということを。そのとき、手紙の意味がわかってうれしかったけど、具体的には何をすればいいのかが全然わからなくて重たい気分になったことを覚えている。全然わからないけれども、ともかくコンピュータだろうと思って、文系志望を変えて理系に進むことにした」

二郎は天井を見上げ、天に語りかけるように、

「お父さんには、どうすればカネの流れが明確になるか、具体的なアイデアがあったのだろうか」

「まだインターネットのイの字もなかったころだから、具体的な考えは何もなかったんじゃないかな。ただ、技術が進歩すればいい方法が見つかると考えていたんでしょう。技術の進歩に数十年くらいかかると想定して、当時まだ小学校低学年だった私にこの役割を担わせたんだと思う」

一郎が黙ってうなずいた。三奈が続け、

「インターネットが出てきたら、手紙の謎かけの答えはインターネットに違いないと思ったからインターネットの会社を作った。外国為替証拠金取引が始まると、いよいよおカネとインターネットがつながる、と思って参入した。そして仮想通貨が世に出てきたときは、『これだ。これが答えだったんだ』と思わず叫んだわ。すぐに取引所を設立したりマイニングを開始したり、仮想通貨の分野に全力を注いだ」

アザミが三奈の袖を引いて、聞いた。

「ねえねえ、仮想通貨って?」

「ああ、そうか。お札が流通していたころを知らないアザミは仮想通貨といわれてもわからないか。アザミが幼稚園に通っていたころまではこの国のおカネは小さな長方形の紙か丸い金属でできていたのよ。それらは実際に触れる通貨でしょ。で、いまのおカネはパソコンのうえとか端末のうえとかでしか見えなくて、触ることもできないから仮想通貨」

「ふうん」

と、アザミは疑うような声を出した。

二郎がアザミに言った。

「お母さんと一郎兄さんと僕とが共同して法定デジタル通貨、つまり国の発行する仮想通貨の“eエン”を作り、紙や金属のおカネをなくしたんだ」

三奈が継いで、

「紙や金属のおカネがなくなって、コンピュータ上でだけおカネのやり取りが行われるようになって、国民のすべてのおカネのやり取りを政府が知ることができるようになったの。そうして私のおじいちゃんから与えられたミッションはコンプリートしたってわけ」

一郎が首を振り、

「コンプリートではないな」

二郎も同意し、

「そう。まだ先がある。おじいちゃんから与えられた最終目標は支出税の導入だからね。消費税を実現して、税率を上げていって、マイナンバーを導入して、円を廃止してeエンを作って、それでようやく準備が整ったんだ。お母さんと僕とで支出税の制度と徴税の仕組みを作り上げた。そして一郎おじさんが中心になって国民を説得して支出税を導入することができた。お札をなくしてしまうことも、所得税中心の仕組みをがらりと変えてしまうことも、あまりにも大きな改革だから、一郎おじさんがもし総理大臣じゃなかったらきっと無理だったろうね」

世論の空気を変えたもの

「そうだろう、そうだろう」と、一郎は誇らしげに胸を張ったが、「とはいえ、実のところ、一郎おじさんは大したことはやっていないんだ。支出税には国民の強い反対があったけど、その雰囲気を大きく変えたのは一郎おじさんではない」

アザミが間を置かずに訊いた。

「それが四郎おじさんということ?」

一郎はうなずき、

「それは四郎おじさんに直接訊くといいよ。ほら、もうすぐ駅だ」

次に停車するのは支線の起点となる山間の駅である。空気の澄んだ高原地帯を抜ける支線の沿線にはリゾート地が点在し、世界クラスの観測設備を有する天文台などがある。

二郎の携帯電話が鳴った。二郎は電話を持ってデッキに出て、短く話をして席に戻った。

「四郎からだった。急用ができて遅れるそうだ。明日の夜には行けるだろうと言っていた」

一郎が残念そうにまゆを歪め、

「明日の夜かぁ。おれは明日の夜には都心に戻らなくてはならないから、昼過ぎまでしかいられない。みんなで一緒に墓参りをしたかったのにな。兄弟そろってお父さんに報告をしようって1年前から言っていたのに」

駄々をこねるような一郎をなだめるようにアザミが言った。

「おじさん。それはまた今度ね。チャンスはあるからだいじょうぶ。まだ当分小惑星は来ないから」

翌朝。湖と、その湖岸にこぢんまりと集まる街並みを眼下に見下ろす山腹に建立された寺の、広大な境内の一角に建つ墓の前で4人が手を合わせている。

都心ではとうに桜は終わっているが、ここではちょうどいまが満開で、まだ冷ややかさのある風に乗って花びらが舞っている。

一郎と二郎、三奈は目をつむり、父が手紙で与えた使命を心のなかで唱え、それを果たしたことを報告している。アザミは片目を空けて3人の様子をのぞいてみた。が、3人は手を合わせた姿勢のままでじっと動かない。

アザミが腕に疲れを感じ、こっそり手を合わすのをやめたとき、本堂のほうから「おーい」と声が聞こえた。

「あ、四郎おじさんだ」

アザミが言うと、三奈が振り返り、

「よかった。間に合ったわね」

「今朝早くに家を出て車で来た」

二郎がアザミの肩に手を置いて、言った。

「四郎。待ってたよ。とくにアザミがね」

「アザミが?」

「アザミは昨日から僕らファミリーのことを研究しているんだ。四郎の話も聞きたいそうだ」

「ファミリーのこと?」

「お父さんからもらった手紙のことさ。それぞれがもらった手紙に何が書かれていて、どう実現してきたか」

「もう兄さんたちの話は終わったのかい」

「ああ、おまえの話で完結する」

四郎は腰をかがめてアザミの目線に合わせ、

「そういうことならお話ししよう。今日はこっちに泊まるから、今晩ゆっくり話してあげる」

1人手を合わせて墓に向かっていた一郎が、目をつむったままで言った。

「お父さん。四郎が来ました。おれは東京に帰らなくてはならないので今晩では四郎の話を聞けません。おれも聞きたいので、四郎のお父さんへの報告をおれにも聞かせてください」

二郎が四郎の背を押して墓の前に立たせた。

四郎は目をつむり手を合わせ、こう語り始めた。

四郎の言葉

「お父さん。お父さんが死んだときのことを、小さかった僕はよく覚えていません。いただいた手紙の内容は一郎兄さんに読んでもらいましたが、何のことかまったくわかりませんでした。

字が読めるようになったあとに自分で読んでみましたが、やっぱりわかりません。わけのわからないことを遺言するなんてひどいと思いました。兄弟のもらった手紙の内容は知らないけれども、一郎兄さんや二郎兄さん宛てに何が書かれていたかは明らかです。

姉さんへは何と書かれていたかわかりませんが、お父さんが姉さんにやらせたかったことが何であったかはわかります。しかし僕のは、ひどいじゃないですか、ただ『ぜつぼうが ぱらだいむしふとを うむ』って。一郎兄さんに読んでもらったとき、僕は『パラダイムシフト』はむろんのこと『絶望』の意味さえ知りませんでした。字が読めるようになってから自分でも読んでみましたが、やっぱりわかるはずがありません。僕はすぐにお父さんの手紙のことを忘れました。

でも、手紙のことは忘れても、お父さんは僕の心のなかにずっといてくれました。お父さんは亡くなる前の冬に僕を連れて田舎に帰り、車で山に登って空を見せてくれました。そして宇宙のことを話してくれました。宇宙はビッグ・バンによって生まれたこと、宇宙にはいくつもの銀河があること、太陽は天の川銀河の中心から離れたところにあること、太陽ができたあとのガスや塵(ちり)が集まり惑星が生まれたこと、地球には過去に何度か巨大隕石が衝突し、6500万年前の衝突ではそのせいで恐竜が絶滅したことなどを教えてもらいました。

そのときから僕は天体に興味を持ち、天文学者になりました。あるとき、総理大臣になっていた一郎兄さんが訪ねて来ました。そして言ったのです、『おまえの出番だぞ』と。僕にはなんのことかわかりません。お父さんの手紙のことをすっかり忘れていたのですから。兄さんは何十年ぶりかにお父さんの手紙の内容を聞かせてくれました。そう、『ぜつぼうが ぱらだいむしふとを うむ』です。

まもなく僕は天下の大発見を公表しました。小惑星が地球に衝突する、と。すぐに世界じゅうから僕の発表を疑問視する声が上がりました。しかし兄さんが僕の発表にお墨付きをくれたことで、みなが僕の発表を信じるようになりました。その結果、人々は絶望し、どうせ死ぬのだからと生産をしようとしなくなり、貯蓄は取り崩し、先を競って消費をするようになりました。地球の資源の取り合いです。

やがて、誰も生産しないのでは人類は小惑星が衝突する20年を待たずに滅んでしまう、といわれるようになりました。兄さんたちはそのときを待っていたのです。所得に税金をかけることは何かを生産したりして社会に貢献した人に罰を課すようなものだ、支出に税金をかけて社会から持ち出した人のほうに負担を求めなくてはならない、と言って、所得税廃止と支出税導入という大税制改正を打ち出したのです。税制のパラダイムシフトです。国民はみなその考え方に納得し、支出税法案が成立しました。そうしてお父さんの夢が実現したのです」

アザミが高い声で言った。

「えっ、えっ、えっ。じゃあ小惑星が地球にぶつかるって話は?」

四郎が振り返り、言った。

「一郎おじさんはずるいんだ。すぱっと総理大臣を辞めちゃって。四郎おじさんはもうすぐ太陽系でいちばんの大嘘つきって呼ばれることになる」