エルサレムをイスラエルの首都に認定したトランプ大統領(写真=Abaca/アフロ)

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12月18日、国連安全保障理事会は、エルサレムをイスラエルの「首都」と認定した米トランプ政権に撤回を求める決議案を採決しました。米国が拒否権を発動し、廃案となりましたが、なぜ各国は米国と真っ向から対立しているのか。それはこの問題が「第3次石油危機」を招くリスクを秘めた大問題だからです。問題の背景をカントリーリスクの専門家・茂木寿氏が解説します――。

■世界3大一神教の聖地エルサレム

最初に、エルサレムという都市はどのようなところなのかを押さえておきましょう。旧約聖書のエイブラハムの時代から派生したとされるユダヤ教、キリスト教、イスラム教の「世界3大一神教」の共通の聖地がエルサレムです。エルサレムは、ユダヤ教にとってはダビデ王、ソロモン王時代の神殿があった場所、キリスト教にとってはイエス・キリストが布教し、磔刑・復活した場所、イスラム教にとってはムハンマドが昇天した場所となっています。

特に東エルサレムにある旧市街(約10の門がある城壁に囲まれた地域)は神殿の丘と呼ばれる場所を中心に、イスラム教徒地区、キリスト教徒地区、アルメニア人地区、ユダヤ人地区に分かれています。その中心部にある神殿の丘には、8世紀初期に建立されたイスラム教で最も古いモスクの一つであるアル=アクサー・モスクの他、 ユダヤ教、キリスト教、イスラム教にとって重要な関わりを持つ聖なる岩を祀る黄金のドーム等があります。

この丘は当然ながらイスラエル政府が実効的に領有していることから、施政権はイスラエル政府が有していますが、アル=アクサー・モスクを含めた神殿の丘の管理は、イスラム教団体が有しており、その団体を支援しているヨルダン政府が間接的に管理を行っているなど、イスラエルの建国以来の複雑な歴史を反映しています。

そのため、この神殿の丘を訪問する際には、イスラム教徒は全ての入口から入場できる一方、それ以外の宗教徒の入場は1カ所に限定され、無用な衝突等を避けるため、聖書などの宗教的な物の持ち込みも禁止されています。また、イスラエル政府もユダヤ教徒の聖地である神殿の丘の西側の壁(嘆きの壁)付近で、これまでもイスラム教徒とユダヤ教徒の衝突が頻発したことから、神殿の丘については、イスラム教徒を優先し、無用な衝突を避ける姿勢をとっています。

現代史におけるエルサレムは、1947年11月の国連によるパレスチナ分割決議で国際管理下におかれることとなりましたが、国際法的にも位置付けはあいまいでした。1948年5月14日のイスラエル独立に際して発生した第1次中東戦争の結果、1949年6月に双方が国連の停戦勧告を受け入れ、西エルサレムをイスラエルが、東エルサレムをヨルダンが統治することとなりました。その後、イスラエルは1967年の第3次中東戦争で、旧市街を含めた東エルサレムを占領したことから、イスラエルはエルサレムを首都と宣言しました。一方、パレスチナ自治政府も東エルサレムを首都と主張しています。

■地政学リスクの中心地イスラエル

イスラエルの歴史については、ここでは詳細な説明は省きますが、紀元前20世紀以降から現代に至るおおよその歴史は以下の通りです。この波乱に満ちた歴史が、世界の中でもイスラエルを地政学リスクが最も高い地域のひとつに押し上げていると言えます。

エイブラハムによる移住⇒12部族時代⇒エジプトへの移住⇒エジプトからの帰還(出エジプト)⇒イスラエル王国(ダビデ王・ソロモン王)⇒イスラエル王国とユダ王国の分裂⇒アッシリアによる征服(バビロン捕囚)⇒イスラエル王国の再建⇒ローマ帝国による征服⇒ユダヤ人の離散⇒ビサンチン帝国による統治⇒イスラム教徒による統治⇒十字軍による征服⇒アイユーブ朝(イスラム)による統治⇒オスマントルコ帝国(イスラム)による統治⇒英国委任統治領⇒国連のパレスチナ分割決議⇒独立宣言⇒独立戦争を含め4回の中東戦争⇒中東和平(オスロ合意)⇒中東和平の停滞……

イスラエルは1948年5月14日に独立を宣言しましたが、これに反発するアラブ諸国との間で第1次中東戦争(イスラエル独立戦争)、1956年7月には第2次中東戦争、1967年6月には第3次中東戦争が勃発し、イスラエルがゴラン高原、東エルサレムを含むヨルダン川西岸全域、ガザ地区、シナイ半島を占領しました。これに対しアラブ諸国は1973年10月に失地回復のため、イスラエルに攻め込み、第4次中東戦争が勃発しています。何れの戦争でも、イスラエルは敗北することはありませんでしたが、アラブ諸国との間の関係は決定的に悪化することとなりました。

その後、シナイ半島を占領されたエジプトとの間で交渉が行われ、1979年3月にエジプト・イスラエル平和条約が締結されましたが、これを主導したエジプトのサダト大統領は1981年10月に、この平和条約をアラブに対する裏切りであると反発する勢力により、暗殺されることとなりました。このような現代史が、イスラエルに高い地政学リスクをもたらしています。

■エルサレム帰属問題はパレスチナ問題の根幹

ヨルダン川西岸地区、ガザ地区には数多くのパレスチナ人が居住しています。こうした地域に対するイスラエルの実効支配に対し、パレスチナ人の抗議活動は1967年の第3次中東戦争以降、特に強くなっており、これまでもパレスチナ武装勢力のよるテロ、抗議活動や武力衝突等が数多く発生しています。

1987年12月9日には、ガザ地区で発生したイスラエル人のトラックとパレスチナ人のバンの衝突事故で4人が死亡した事故が発生し、この事故をきっかけに武力衝突が発生しました。この衝突は1993年8月のオスロ合意及びパレスチナ自治政府の設立に伴い沈静化する時まで続きました。これは第1次インティファーダ(パレスチナチ民衆の蜂起)とよばれています。

1993年に交わされたオスロ合意は、中東和平を実現するという点において、画期的な合意でした。イスラエル、パレスチナ自治政府が相互に国家承認(二国共存)し、パレスチナ自治政府の暫定自治の開始から3年以内に重要問題を解決するという文言なども盛り込まれました。この重要問題の中に、ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の問題と共に、エルサレムの帰属問題も含まれていたのです。

つまり、イスラエル、パレスチナ自治政府ともエルサレムの帰属問題の重要性を認識し、当然ながら、国際社会もパレスチナ問題の根幹と位置付けていることから、エルサレムの帰属問題は「二国共存」の象徴的問題と捉えられていると言えます。

しなしながら、この中東和平も頓挫しています。2000年9月28日には、イスラエルの当時のシャロン・リクード党首・外相(後に首相)が1000名の武装した側近と共にアル=アクサー・モスクに入場したのがきっかけに衝突が頻発、この状況は2005年2月のシャルム・エル・シェイク(Sharm El-Sheikh)でのイスラエル・パレスチナの首脳会談による合意まで続き、この期間だけで3000人以上が死亡したと言われています(第2次インティファーダ)。

■なぜトランプ政権はエルサレム首都宣言をしたのか

第2次インティファーダの起きるきっかけがエルサレムで起こった事件であったように、エルサレムの帰属問題はパレスチナ問題の根幹と言えます。このような環境下で、今回のトランプ政権によるエルサレム首都宣言が発表されました。イスラエルとしては、エルサレムを首都とすることは悲願であることは間違いありません。しかしながら、そのイスラエルですら、現在でも市内中心部の神殿の丘について慎重に対処しており、この問題が非常に大きいことを認識しています。

昨年の米大統領選挙において、トランプ大統領はエルサレムをイスラエルの首都に認め、在イスラエル米国大使館をエルサレムに移転することを公約に掲げました。トランプ氏は2017年1月に就任した直後、米国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると発表しました。しかしながら、トランプ政権内、パレスチナ自治政府及び国際社会からの反発により、移転計画は、一旦は頓挫しました。

トランプ政権が突然、今回の宣言に至った背景には2点挙げることが出来ます。1点目は実績に乏しく、公約をほとんど実現していないトランプ政権として、昨今の支持率の低下を食い止めるため、何かしら実績を挙げることが必要であったという点です。

もう1点が、米国内のユダヤ人の存在感が挙げられます。ユダヤ教徒は全世界に約1400万人いるとされていますが、イスラエルに約600万人で、ほぼ同数が米国内に居住しているとされています(この2カ国で全世界の8割以上)。イスラエルでは全人口の約75%がユダヤ人であるのに対して、米国では全体の2%以下に過ぎません。にもかかわらず、ユダヤ人の米国内での存在感は非常に大きく、政治・経済・社会の全ての面で、米国を主導しているとも言われています。また、トランプ政権内にも娘イヴァンカの夫で大統領上級顧問を務めるクシュナー氏をはじめユダヤ教徒が少なくないため、米国内のユダヤロビーを意識し、今回の宣言に至ったと言えます。

今回のトランプ政権の宣言については、当然ながら冒頭の国連決議に見られるように国際社会も一斉に批判を強めています。パレスチナ側も当然、一斉に反発していますが、イスラエル国内、特にユダヤ人の中でも賛否両論があります。また、イスラエル政府内にも一部戸惑いもあり、今回のトランプ政権の宣言をもろ手挙げて歓迎できない状況です。さらに、米国内のユダヤ人社会においても、賛否両論が渦巻いている状況です。

■最悪のシナリオは第3次オイルショック

今回のトランプ政権の宣言については、イスラエルとパレスチナの二国共存を根底から覆すものとして、世界各地で抗議活動が頻発しています。特に、イスラム社会では過激な抗議活動となる可能性があります。それに伴い、イスラエル国内のパレスチナ人による抗議活動が拡大することは必定です。万一、第3次インティファーダのような状況となった場合、下記のような点が懸念されます。

(1)パレスチナ側のイスラム原理主義系の強硬派ハマスは現在、ガザ地区を実効支配し、ファタハ主導(アッバース政権主導)のパレスチナ自治政府の正当性を認めていない立場である。そのため、今回の問題に関し、存在感を高めるため、過激な抗議活動を行う可能性が高い。
(2)それに伴い、強硬派ハマスの存在感が高まり、相対的に現状のファタハ主導のパレスチナ自治政府が弱体化した場合、ハマスを中心とする強硬派がイスラエル国内でテロ等の手段に打って出る可能性がある。
(3)さらに、世界のイスラム原理主義系テロ組織がこれに呼応し、世界各地でテロを頻発させる可能性も高まる。
(4)穏健派のアッバース政権主導のパレスチナ自治政府を支援するサウジアラビア等とこれに対抗する立場で強硬派のハマスを支援しているとされるイラン、シリアとの対立が深まる可能性が高い。
(5)現状、イスラム社会、特にアラブ諸国が反米的な姿勢に転じる可能性が高まっているが、その場合、中東情勢がさらに複雑化、不安定化し、原油価格が高騰する等の影響が出る可能性も高まる。
(6)イスラム諸国間の対立を考えると、実際には起こる確率は低いものの、最も懸念される事態は、パレスチナ人の蜂起の拡大に伴い、アラブ諸国がこれに介入することにより、第5次中東戦争のような状況に発展することであり、そうなれば世界は第3次オイルショックに直面する可能性も否定できない。

このように今回の問題が、日本をはじめとする国際社会に甚大な影響を与えることは間違いない状況であることを肝に銘じることが必要です。

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茂木 寿(もてぎ・ひとし)
有限責任監査法人トーマツ ディレクター。有限責任監査法人トーマツにてリスクマネジメント、クライシスマネジメントに関わるコンサルティングに従事。専門分野は、カントリーリスク、海外事業展開支援、海外子会社のガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)体制構築等。これまでコンサルティングで携わった企業数は600社を越える。これまでに執筆した論文・著書等は200編以上。政府機関・公的機関の各種委員会(経済産業省・国土交通省・JETRO等)の委員を数多く務めている。

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(有限責任監査法人トーマツ ディレクター 茂木 寿 写真=Abaca/アフロ)