(写真提供=SPORTS KOREA)

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ソウルと開催地である平昌や江陵(カンヌン)を結ぶ高速鉄道・KTXの開通は、平昌五輪のムードを盛り上げる絶好の機会であった。

しかし、開通の前日である12月21日、忠清北道・堤川市のスポーツセンターの火災で29人が亡くなり、祝賀ムードは吹き飛んだ。

しかも、翌22日は堤川(チェチョン)市で聖火リレーが行われる予定であったが、これも中止になった。

いよいよ平昌五輪というときに…

似たようなことは4年前にもあった。

ソチ五輪が終わり、次はいよいよ平昌五輪というときにセウォル号事件が起き、韓国中が深い悲しみに包まれた。

その一方で、平昌五輪は、朴槿恵大統領(当時)の友人である崔順実の利権の場となった。

今年に入り、大統領も代わり、ムードを盛り上げたいところだが、北朝鮮情勢が水を差す。

国家プロジェクトである五輪は、その国の姿をよく映し出す。

韓国では「安全不感症」という言葉は、もう何十年も言われ続けてきたし、利権の構造も相変わらずだ。
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「日本には地震」という韓国人。「韓国には北朝鮮リスク」という日本人

それはともかく、今年も残り少なくなった。

今年の漢字は「北」であった。

度重なるミサイル発射や核実験は、常軌を逸したものであったが、北朝鮮の脅威自体は今に始まったことではない。

韓国ではむしろ、日本の反応を大袈裟だと、奇異に感じる人も多かった。

一方、韓国では、地震に国中が騒然となった。

日本の震度で4程度の地震で、建物の外壁が崩れるなど、被害が続出した。小さな揺れでも、子供たちは校舎の外に避難していた。

原発が集中する韓国南東部には多くの断層があることは知られており、高麗時代には朝鮮半島でも大きな地震も発生している。

白頭山も過去には大噴火をしたことがある。

こうしたことから韓国でも、地震が起きてもさほど不思議ではないが、韓国人の多くは、地震がないと信じていた。

北朝鮮の暴発も、地震も脅威である。

それでも人々は一般に、慣れない脅威に対して、より敏感に反応するものだ。

日本には地震があるから怖い、という韓国人は多かったし、韓国には北朝鮮リスクがあるという日本人は多い。

しかし、地震も北朝鮮も、日韓に共通する脅威であることを思い知らされた一年であった。

今年の日韓に共通する漢字は「友」

今年の日韓を振り返るとき、共通する今年の漢字は「友」ではないかと思う。

森友に加計問題。安倍首相周辺の友人・知人絡みの疑惑に、政界は一年中揺れた。

韓国では朴槿恵が、友人・崔順実絡みのスキャンダルで大統領の職を失い、自身も逮捕された。

社会的には、父親が娘の友達を殺害するという事件に、韓国中が騒然となった。

子供をうかつに友達の家に行かせられないという、悲鳴に近い声もあった。

釜山では、同級生の集団リンチで血まみれになる女子中学生の映像がSNSを通して広がり、社会に衝撃を与えた。

座間の連続殺人事件は、身の毛がよだつ猟奇さであった。ここでもSNS時代の人間関係の負の側面が浮き彫りになった。

外交では、安倍首相とアメリカのトランプ大統領の蜜月ぶりが注目された。2度のゴルフなど、親密ぶりを世界にアピールしたが、トランプ大統領にすれば、日本は武器を売り込むお得意様としか映っていないようにも思えた。

一方、韓国は、中国とアメリカに挟まれ苦しんだ。

韓国は面子や格付けを気にするだけに、トランプ大統領の滞在日数が日本や中国に比べ少ないとか、文在寅大統領の訪中の際の「一人飯」問題とか、康京和外相の訪日で、安倍首相と面会したときの椅子の高さとか、あまり、本筋とは関係のないところの議論で熱くなった。

日韓友好という面では、朝鮮通信使が世界記憶遺産に登録されたほか、市民レベルの交流は通常感じられる以上に活発だが、過去問題のつまづきから、なかなか前に進めない。

年が明ければ、平昌五輪の開幕も近づいてくる。

文在寅大統領は、安倍首相や習近平国家主席などに対して、平昌五輪の開会式への出席を呼び掛けている。

しかし、五輪の開会式のVIP席が、交友関係を誇示する場になったのは、いつからか。

VIPが何人来ようと五輪の本質とは、何の関係もない。

むしろそれでなくても厳しい警備が、海外要人の出席でより厳しくなるだけに、一般の観客にとっては、迷惑でもある。

北朝鮮の参加には相変わらず強いこだわりをみせているが、韓国側は焦り過ぎている。

どちらにしても最終的な結論が出るのは、大会直前になるだろうから、もっと腰を落ち着かせる必要がある。

朴槿恵前大統領は、平昌五輪にさほど関心を示さず、それが盛り上がらない要因の一つとされている。

その点、文在寅大統領は熱心なようだが、権力者が熱心だと、今度は政治利用の問題が出てくる。

スポーツ、とりわけオリンピックの良さは、国家間の関係がどうであれ、互いに全力で戦うことで、相手に対する敬意や友情が生まれることだ。

この一年、「友」は否定的に使われることが多かったが、来年は肯定的に使われる年であってほしいものだ。

(文=大島 裕史)

初出:ほぼ週刊 大島裕史のスポーツ&コリアウォチング