企業が抱える膨大なデータへの対応が不可欠です(写真:taa / PIXTA)

2008年から7年にわたり、総額1500億円を超える不正会計が行われていた東芝の巨額不正会計問題は日本中に衝撃を与えた事件でした。当時の社長・田中久雄氏は、不正の直接的な指示を会見で否定していました。しかし、その後、第三者委員会は、歴代3社長による組織的な不正への関与があったと認定することになります。そのきっかけになったのは、田中元社長の幹部に対する利益のかさ上げを促すメールでした。

この1通のメールから、組織的な会計操作に経営陣も関与していた証拠が積み上げられていったのです。もし、メールが発見されなかったら、東芝の解体へと続く発端となったこの問題は、言った言わないの押し問答が繰り広げられ、あいまいな結論になっていたかもしれません。

このように、たった1通のメールが大企業の命運を左右します。ピンチに陥ることもあれば、逆に救ってくれることもありえるでしょう。しかし、現代社会は、言わずと知れたデジタル情報社会。メールだけでなく、チャット、LINEはコミュニケーション手段としてビジネスでも使われるケースがあります。また、書類はワードやエクセル、パワーポイントでの作成がほとんど。カメラやビデオといった動画も含めると、企業が抱えるデジタルデータの規模は、ギガバイトからテラバイト、ペタバイトのレベルに達しようとしています。

著しくIT化が遅れている日本の法律業務

ただし、「たった1通のメール」のような、調査や裁判に必要な情報を、膨大なデジタルデータの山から探し出すのは、人間だけでは、どれだけ人手と時間を費やしても、もはや不可能な時代になりました。

そこに登場したのがリーガルテックです。

法律(リーガル)と技術(テクノロジー)からつくられた造語で、拙著『リーガルテック』でも紹介していますが、言葉から想定できるように、リーガルテックは、法律業務に携わる人たちの仕事をサポートするために開発された情報通信技術(IT)のことをいいます。

最先端を走るアメリカでは、法律業務におけるリーガルテックの活用は、すでに主流になっています。それだけでなく、100万人といわれる弁護士たちが差別化を図るための武器として、リーガルテックのツールを選別するようになってきています。

リーガルテックを使わなければ法律業務はできない。これが世界の司法の現場なのです。ところが日本はというと、リーガルテックにおいては世界から大きく立ち遅れています。

「法律の作業現場をイメージしてください」というと、多くの人が分厚い法令集や積み上がった書類の山に埋もれる弁護士の姿をイメージするのではないでしょうか。そのイメージに該当するのは、日本の司法だけ。アメリカをはじめとする世界の司法の現場では、スッキリしたデスクの上に置かれたパソコン上で作業するデジタルデータの時代に移行しています。

人工知能(AI)で裁判の証拠を探し出す

すでにアメリカでは、大量のデジタルデータを解析し、必要な証拠を抽出・整理する作業はリーガルテックの専門家に依頼するのが主流です。

アメリカでリーガルテックが発達した背景にディスカバリ制度というものがあります。これは、訴えを起こしたのが個人であれ、企業であれ、裁判所が訴えを認めた時点で、原告と被告がそれぞれに訴訟に関連した証拠を収集し、開示し合う制度です。証拠は「誠実に、正確に、期限内に」が求められ、証拠の隠ぺいや遅延には非常に重い制裁が科せられます。リーガルテックは、この制度の下で進化しました。

そこで、リーガルテックを活用して、さまざまなフォーマットのデジタルデータを管理し、訴訟案件が発生したらデータを収集し、保全し、検索機能を使って必要なデータを抽出する。そして、定められた形式に沿ってレポートを作成し、印刷する。リーガルテックのeディスカバリ対応ツールは、プロセスすべてをカバーするものもあれば、プロセスの一部に特化したものもあります。

eディスカバリのソリューションを分類すると大きく3つに分かれます。

すべてのデータを1つのシステムにまとめる

キーワード検索を実行し、ターゲットデータに当たりをつける

プレディクティブ・テクノロジー(予測解析)を使って関連性のあるドキュメントを探し出す

なかでも、ここにきて進化が著しいのは、プレディクティブ・テクノロジー。人工知能(AI)の学習機能を活用して、短時間で特定のデータを抽出する機能の精度が格段に高まってきています。身近なところでは、アマゾンのリコメンド機能として活用されているものと同じような技術です。

リーガルテックの老舗企業であるカタリストが開発したソフトウエアを使うと、100万件規模の膨大な資料のランク付け作業が5分以内に終わります。また、全体の12%をレビューした段階で、関連性の高い文書80%を抽出することができます。

企業のグローバル化に必要不可欠なリーガルテック

そして、よく言われることではありますが、アメリカで起きていることは、数年後、日本でも起きます。とくに、司法の現場で起きていることは、アメリカが先行していることもあって、今のアメリカが、数年後の日本の姿になることは間違いありません。

日本企業のグローバル化に伴い、海外の消費者に日本企業が訴えられるケースもよくあります。2009〜2010年にトヨタ自動車が「アクセルペダルの戻りが悪い」とアメリカで集団訴訟を起こされたことがありました。裁判はトヨタが和解金を支払うことで決着しましたが、訴訟費用を含めると30億ドル(約3000億円)以上かかったといわれています。この問題は、後日、急加速による事故のほとんどは個人的な運転操作のミスだったことがわかっています。日本では考えられない訴訟です。

現段階では、日本企業は国際訴訟に慣れていない企業が多く、紙の書類をデジタル化する費用までかかることもあります。開発されているソフトウエアの仕様が英語対応のものが多いため、無駄な作業が増えるケースもあります。そこを人手に頼ると、やはりコストがかかってしまいます。


日本企業が多額の賠償金を支払っても和解に応じるケースがあるといわれるのは、こうした訴訟費用の問題が絡んでいることもあるといいます。また、証拠の取り扱いが適切でなかったため、証拠隠滅を指摘され、極めて不利な和解に追い込まれることも多いのです。

国際カルテルや特許を巡る訴訟に日本企業が巻き込まれるケースも増えてきています。ビジネスのグローバル化のなかにいる日本企業にとって、海外のライバル企業との国際訴訟は避けて通れない時代なのです。そして、日本企業の動向に目を光らせる海外の司法機関との戦いも避けることはできません。

ビジネスのグローバル化、IoTで世界とつながる社会に生きる私たちは、知らないでは済まされない未来がすぐそこにあるのです。それは、リーガルテックとは切り離せない社会でもあります。