2017年11月14日、黒田総裁(右端)もECB本部で開かれた中央銀行総裁の会議に参加。左からイエレンFRB議長、ドラギECB総裁、イングランド銀行のカーニー総裁(写真:ロイター/アフロ)

市場が注目する2018年のテーマの一つは、日本銀行が政策変更に動くかどうかだ。2017年は現状維持が続いたが、2018年は長期金利の誘導目標を引き上げるのではないか、という観測が市場関係者の間で浮上している。黒田東彦総裁の任期は2018年4月8日までだが、市場では続投との見方が大勢で、続投しない場合も現在の路線は継承されるとみられているため、その前提での議論である。

日銀は2016年9月にイールドカーブ・コントロール政策(以下、YCC)を導入して以降、オーバーナイト金利(無担保コールレート翌日物金利)をマイナス0.1%、長期金利をゼロ%に誘導する政策を続けている。国債買い入れの量について、表向きは「保有残高の増加額年間約 80 兆円」をメドとして残しているが、実際には2017年11月末時点で前年同月比61兆円の増加にとどまった。2017年12月には60兆円を切っている可能性があり、事実上、金融政策の目標は量から金利へ変更されたと言ってよい。だが、YCCについてはこのまま継続されるのか。見方は分かれている。

リバーサル・レートで注目されたが・・・

政策変更の可能性が騒がれ出したのは、11月13日に黒田総裁が、スイス・チューリヒ大学で行った講演で、リバーサル・レート論に言及したためだ。リバーサル・レート論とは金利が低すぎることで金融仲介機能を阻害し、むしろ金融引き締め効果をもたらしてしまうという現象のことだ。そのため、この講演後、銀行や生命保険会社、年金基金などの資産運用への影響に配慮して、日銀は長期金利の誘導目標を修正するのではないか、という期待感や思惑が金融機関や債券市場に広がった。

しかし、12月22日の金融政策決定会合後の記者会見で黒田総裁は、「金融仲介機能に現段階で何か問題が生じていることはない」「特に『リバーサル・レート』という学術的な分析を採り上げたからといって、変更が必要だということはまったく意味していません」と答えるにとどまった。

確かに、アベノミクスの金看板である2%の物価目標にこだわる黒田総裁が、にわかに金融機関に配慮して政策変更を行うというのも納得しにくい。市場関係者の間では、リバーサル・レート発言は、審議委員の中で唯一、追加の金融緩和を主張している片岡剛士氏への牽制、とする見方も多い。


これに対し、リバーサル・レート論ではなく、物価が上昇するため政策変更に動くと予想するエコノミストも出てきている。

日銀が掲げる2%の物価上昇率目標には程遠いものの、日銀が消費者物価の基調を見ることができるとして重視している「日銀版コアCPI」(生鮮食品とエネルギーを除いた消費者物価指数)が2018年後半には1%まで上昇すると予想。

物価上昇によって、現在マイナス領域にある実質金利(名目金利から物価上昇率を差し引いた金利)がいっそう下がるため、YCCにおける長期金利の誘導目標を引き上げる余地が出てくるのではないか、という見方だ。

物価上昇で実質金利が下がりすぎるため

日銀出身であるJPモルガン証券チーフエコノミストの鵜飼博史氏は「強い引き締め効果をもたらすオーバーナイト金利の変更は2%目標を達成するまで行わないが、10年金利については緩和効果が大きくなりすぎないように、調整していくと考えられる。2018年7月にフォワードガイダンスを出して、市場に日銀の考え方を周知させた上で、9月と12月に長期(10年)金利のターゲットを0.25%ずつ引き上げるのではないか」と予想している。

鵜飼氏の見立ての根拠は次のようなものだ。日銀は現在の緩和状況を適切としているが、それは名目金利ゼロ%、中期インフレ期待が1%なので、実質金利はマイナス1%というものだ。これまでの経験上、物価が1%上昇すると、中期インフレ期待は0.5%ぐらい上昇すると考えられるので、そのとき、実質金利は0.5%分下がる。そのため、名目金利を0.5%引き上げるのが妥当だというものだ。

物価が1%まで上昇するという見方には「フィリップス曲線が生きている」という前提がある。フィリップス曲線とは、失業率とインフレ率の関係を表したもので、インフレ率が高い時には失業率が低くなり、逆にインフレ率が低い時には失業率が高くなる関係を示している。グラフの横軸に失業率、縦軸に物価上昇率をとると、右肩下がりの曲線を描くことができる。だが、日本だけではなく米国でも、失業率が低くなって完全雇用の状態になっているのにインフレ率が上昇しないため、フィリップス曲線が本当に妥当なのか、議論の的になっている。

鵜飼氏は「モデル推計では、需給ギャップ1%分の変化に対する物価の反応は、1990年以降と2005年以降を比べると3分の2程度になり、効果発現までの期間もやや長くなっているが、プラスの影響は維持されている」という。つまり、失業率の低下ほどインフレ率は上昇しなくなっているが、失業率が下がるとインフレ率が上がる、という関係は維持されているというのだ。

この見通しのリスクとしては「企業が依然として、先行きの収益成長を慎重に見て、賃上げや製品価格の値上げをしない可能性があること」だと、鵜飼氏はいう。ただ、「過去のベースアップの動きを見ると、雇用市場の需給と企業収益、消費者物価で決まっており、今の好環境からすればベアは1%程度見込めるのではないか」(鵜飼氏)と話す。

デフレのトンネルから抜け出したか

モルガン・スタンレーMUFG証券の山口毅チーフエコノミストも「日銀の政策変更があるかどうかは物価次第。2018年の10〜12月期には日銀版コアCPI上昇率がプラス1%に達すると見ている。1%が近づいてくれば、長期金利の誘導目標を0.25%程度に引き上げ、より大きな金利の変動を容認するようになるだろう。早ければ7〜9月期にも実施される」と予想する。


山口氏は「2017年7〜9月期に4つの物価指標(CPI、GDPデフレーター、単位労働コスト、内閣府のGDPギャップ推計値)が20数年ぶりにプラス転換した可能性が高く、日本経済はデフレの長いトンネルから脱却しつつある」とする。

2016年に名目GDPが538兆円と過去最高を更新したことにも注目している。やはり「需給ギャップと基調的物価との間のフィリップスカーブの関係は3四半期程度のラグを伴って存在している」と「フィリップスカーブは死なず」説をとる。


黒田総裁は続投?日銀も一歩を踏み出すのか(撮影:今井康一)

ただし「出口戦略」ではない?

ただし、前述の鵜飼氏は、物価は目標の2%にははるかに届かず、「長期金利ターゲットを引き上げても、金融緩和の程度の調整にとどまり、出口戦略の一環ではない」と見る。山口氏も「長期金利ターゲットを0.25%程度に引き上げた後、2019年末までは据え置く」と予想する。

FRB(米国連邦準備制度理事会)が利上げを進め、ECB(欧州中央銀行)も2018年1月から量的緩和の縮小に着手する中、「日銀も出口に向かう」というほど簡単ではなさそうだ。

日銀は12月28日に、12月20・21日開催の金融政策決定会合における「主な意見」を公表した。その中には「今後、2%に向けて物価が上昇し、経済の中長期的な成長力が高まるもとでは、金融緩和政策の効果は強まることになる。そうした環境変化や政策の副作用も考慮しながら政策運営にあたることが必要である」「先行き、経済・物価情勢の改善が続くと見込まれる場合には、『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』の枠組みのもとで、その持続性を強化する観点も含め、金利水準の調整の要否を検討することが必要になる可能性もあるのではないか」などといった意見もあった。

物価をめぐっては、企業の慎重な価格設定の姿勢は続くと思われるが、足元では世界経済が拡大し、原油価格も回復。国内では人手不足感が募り、企業収益は最高益といったかつてない好条件が確かにそろっている。そこでこうした政策委員会の雰囲気も踏まえれば、日銀も小さな一歩を踏み出すのかもしれない。だが、その先にはまた、米国の利上げや中国経済の減速による世界景気転換のリスク、日本のオリンピックに向けた財政拡張が一巡することの影響など雲もかかっている。