宮原知子の素顔に迫る(David W. Carmichael/Wikimedia Commons)

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 12月23日、女子フィギュアスケートの全日本選手権を圧巻の4連覇で制した宮原知子(19)。同時に2018年2月開幕の平昌五輪への切符を見事に掴んだ。だが、彼女は2017年1月に左股関節の疲労骨折が判明し、1年近く実戦から離れていたのだ。見事な復活はどうして出来たのか、孫の素顔を祖母が語った。

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 まあまあ、こんな鬱陶しいところに――。

――京都府山科に暮らす宮原知子の祖母・宮原淳子さん(80)である。知子さんの両親は、父・亮さんは京都大学医学部を卒業した医師であり、現在は府内の病院で呼吸器外科部長、母・裕子さんもまた、医師で血液内科の副部長という多忙の身にある。それゆえ、祖母である淳子さんも、孫のために一肌脱いだのだ。

宮原知子の素顔に迫る(David W. Carmichael/Wikimedia Commons)

 すいませんね、散らかっておりますけど。みなさんがサトちゃんにお花をいっぱい下さるのでね。息子(知子さんの父・亮さん)の家は、誰もいないことが多いので、こちらにおいてるんです。これは先日のNHK杯のお花ですね。こうしてね、お水を替えて長持ちするお薬ってあるでしょ、アレを入れてね。白は白でまとめて、って感じにしています。

 サトちゃんはホントに無口で、何を考えているのか分からないような子やったんです。こっちで尋ねても、ウン、ソウヤ、とか言うばかりでね。妹の方は1人で喋ってまして、姉のサトちゃんは黙ってる。たまに妹がおかしなことを言うと、それおかしいで、とか言うくらい。

ケガで大人になった

 でもね、ケガして変わったんですよ。11カ月、東京の病院に行ったりしとったでしょ。そこには卓球の選手や、サッカーの選手とか、同じようにケガをした選手がいっぱい来はるんですってね。そこでみなさんが生活する姿を見たり、「みんなそうよ」と励まされているうちに、1人じゃないと考えるようになったんやないやろか。

 それから色々話すようになって、19歳らしい女子になりました。精神的な成長にびっくりしているんです。木曜日はスケートの練習はオフなんですけど、学校終わってこちらへ一旦来て、英語の勉強に京都に行くんです。そこで、タクシーを拾ってね。その時にも「ばあちゃん、寒いなあ。知子、ユニクロでこんなん買ってくるけど、ばあちゃんにも買ってこよか?」なんて言ってくれてね。私、涙したんですわ。

 父親も、ちょっと大人になったなあ、と言ってます。

――身長151センチと決して恵まれた体格とはいえない宮原だが、天才肌とは言われない。しかし、2011、12年の全日本ジュニア選手権で優勝し、15年の世界選手権で銀メダル、16年四大陸選手権で優勝し、全日本選手権は4連覇。これらを支えてきたのは圧倒的な練習量と言われる。

 息子たちがアメリカの大学に留学したのは、サトちゃんが4つの時でした。アメリカのショッピング・モールにスケート場があって、やってみるか?と聞いたら、

「やる!」

 と言うたんだそうです。それからスケートにはまったようですよ。

 日本に帰ってきた時には小学校の3年生になっていました。京都にあったスケート場は醍醐スケートリンクだけ。あの子の両親は忙しいですから、学校が終わると、私が連れて行っていたんです。けど、私なんかじゃ、スケート靴のヒモも結べませんやろ。そこへたまたま通りかかって「結びましょか?」と言って下さったのが、コーチの濱田美栄先生やったんです。それが出会いで、いまも濱田先生にずっとお世話になっているんです。もちろん、ちゃんとお願いしたのは両親ですよ。

――だが、京都唯一だった醍醐スケートリンクは閉鎖されてしまう。スケートを続けるには、大阪、奈良、兵庫などへ出向かねばならなかった。

 学校が終わる頃にお弁当を作って、リュックに入れて迎えに行くんです。私、車の運転はできないので電車です。3時頃ここを出て、学校でサトちゃん連れてスケート場に送って、私が家に戻るのは9時頃でしたかね。柏原(大阪府)やら奈良やら……、スケート場に送ってました。でもサトちゃんの練習が終わるのは、私なんかよりもっと遅い。そのころには仕事を終えた両親が車で迎えに行くのでね、私は送るだけ。大体毎日でしたね。

SP曲のハリウッド映画「SAYURI」は原書で読む

 ショートの曲は「SAYURI」ですよね。サトちゃんは、その原書を読んでるんですよ。京都が舞台ですし、アメリカの幼稚園で友達になった子のお母さんが、アメリカを発つ時に下さったものなんですって。ずっと本棚に置いてあったのに、自分の曲になって気付いたそうですよ。サトちゃんはテレビを一切見ないので、英語の本を読んだり、孫子の兵法とか、なにかスケートのプラスになるような本を読むことが多いですね。

 ケガの原因は栄養不足と睡眠不足やったらしいですけど、なんでやろ。なんでも食べる子ですよ。私の田舎料理も、お煮染めとか卵巻きとかイワシたいたんとか、おばあさんの料理が好きなんですよ。お魚が大好きですね、カレイ、サンマ、ブリでも、料理も好きですよ、木曜日は毎週ここへ来るので、一緒に料理して一緒に食べるんですよ。炬燵の間に運んで食べるんです。

 でも睡眠不足はあったかもしれませんな。スケートの練習が終わって家に戻るのは深夜、それから勉強してたと言いますから。でも、いまは8時間寝てる、と言うてます。

五輪代表のお年玉は5000円

 サトちゃんは誰彼がこうとか、他人のことは言わないし、他人は見えないんですわ。自分が一生懸命やってその練習したことが十分出せたら満足なんです。誰に似たんでしょうな、お爺ちゃんは3年前、95歳で亡くなったんですが、製薬会社で薬の分析をしてる人で、余計なことは言わない人でした。。私はこうしてガチャガチャ喋ってるんですけどね。

 大会前のメールには、こうありました。

《楽しんで、頑張るで!》

 私も応援、行ってましたよ。それで、ほんまに優勝して……よかったです。オリンピックは韓国ですから、パスポート取ってきました。初めての海外です。一所懸命、応援せんと。

 お正月には親戚もみんな集まるんです。サトちゃんには、栗ご飯と、目の下50センチのタイやな、って言っといたけど、平昌決まったから、目の下1メートルのタイでもいいですわ。お年玉ですか? うちは年齢が違っても額は一緒、5000円に決まっております。3歳でも19歳でも5000円です。オリンピックですからなあ、何かお祝いせんと……。

――4連覇も果たし、五輪の切符も手に入れた宮原。メダルの前に、お年玉が期待出来るかも――。

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週刊新潮WEB取材班

2017年12月29日 掲載