2017年7月に亡くなった日野原重明さんの講演録集

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 書名に「ナース」「医療者」という言葉が入っているが、一般の人でも手軽に楽しく読み進められる。難しい話は一切ない。読後に多くの人が「先生のしゃべり口調を思い出した」との感想を口にするほど、講演の臨場感が伝わってくる。

楽しい「くすぐり」がそこかしこにちりばめられており、「ヘルニア手術の後でもやっぱり安静は不要だった」などは、著者のおちゃめな一面を垣間見ることができて必読だ。ウイットに富んだ話に笑えて、泣けて、そして納得できる1冊である。
日刊工業新聞2017年12月25日

ナースキャップを付けなくなった理由

 2015年、ベトナムの医療を見学に行った時、懐かしさもあって驚いたことがありました。今は、どこの病院に行っても見られることのないナースキャップを看護師が全員つけていたことでした。

 20数年ほど前、大学病院に勤務していた時、ナースキャップを廃止する運動が勃発していました。不潔だ、髪型に線がつく、カーテンに引っかかる、禿(はげ)るといった理由が挙げられていたように記憶しています。

 看護学校では、看護師になることを誓いキャンドルを持ち、先輩看護師にナースキャップをかぶせてもらう戴帽式(たいぼうしき)があると聞き、いい話ではないかと感じいっていました。

 医師らにこのような儀式はなく、羨ましいとさえ思っていました。心の中に、崇高な思いを明確に刻むことは、人の心を強くするもので羨ましい儀式と思っていました。

 米国の病院でもナースキャップはなくなっています。ある病院では1年に一度全員でナースキャップをかぶる日があると聞きます。ナースになった人たちの憧れであったものが、時代と共に変化しています。持っていないわよ、かぶり方なんて忘れてしまったわ、現役の看護師に聞くと返ってくる言葉です。

 戴帽式とは、看護学校で看護師を志すのにふさわしいと認められた看護学生に、看護師のシンボルであるナースキャップが与えられる儀式です。「博愛・責任・清潔」を表すキャップをかぶることによって、看護師という職業に対する情熱や人の命にかかわる責任感を再認識します。

 そして、専門的な知識と看護師としてふさわしい態度を身につけることを決意します。ナイチンゲール像から受け取ったキャンドルの灯をかかげナイチンゲール誓詞を朗唱します。看護される相手の立場に立ち、思いやりの心をもって看護を行うことを心に強く刻みます。

 本当にナースキャップは看護師になることの崇高な誓いと共に消えてしまったのかと、若い看護師に聞いて回りました。嬉しいことに、看護学校では戴帽式はおこなわれており、学生実習の時は、ナースキャップをつけて実習していたとのことでした。

 しかし、数年前でさえ現場ではすで既にナースキャップをつける看護師はいなかったと言っていたそうです。プロフェッショナルを育てる重要な第一歩の灯である戴帽式はこれからも行ってほしいと願うのは私だけでしょうか。

 「プロとは、ある崇高な技術や知識をめざし無限の努力をし続けることである」と、教えてくれた先輩の言葉を思い出しました。
(文=東海林豊・東京さくら病院院長)
日刊工業新聞2016年7月22日