エリートとはフランス語のéliteが由来で、「選び抜かれた人」という意味だ。

東京大学出身、その後大学院を経て世界的IT企業のアメリカ本社への転職が決まっている亮介は、まさに世に言う”エリート”。

ビザ取得のため、日本に一時帰国している半年の間に、亮介は日本での婚活を決意する。

元カノの里緒と再会し、亮介はやり直そうと決意する。

そんな中、ジョギング中に知り合った恵の一言により、里緒が会社を辞めた理由が不倫に因るものだと知る。

確かめようと昔のバイト仲間の健太に確認すると、亮介の他に、元バイトの相田君も里緒のことを嗅ぎ回っていると聞く。

里緒に直接確認するが、怒って帰ってしまい、真相は闇の中…。




しんと冷えた空気に瞬く星空。

仕事終わりの帰り道、亮介の心は重く沈んでいた。

「里緒はどうしているんだろうか?」

先日、前の会社を退職した理由を聞いた時の里緒の態度が、かすり傷のようにヒリヒリと心に残って消えない。

亮介の想像では、「そんなの嘘よ」と、呆れ気味に言うと思っていた。

しかし実際には、少し取り乱したかのように怒り、そのまま立ち去ってしまったのだ。

ー里緒が不倫なんて、するはずがないと思うが…。

厄介なもので、一度拭えたかと思っていた女性への不信感が、また顔を出し始めた。

はぁ、とため息をついた時、ポケットの携帯が震えているのに気がついた。

ー今から会えませんか?

恵からのLINEだ。どうしようか、と考えていると、続けざまにもう1通届く。

ー彼氏と別れてしまって。

普段なら顔文字などで飾られたLINEが、今日は打って変わって簡素な文面だ。

ーわかった、今から向かうよ。どこにいるの?

以前会った時の悲しむ顔が頭に浮かんでしまい、断れなかった。それに今夜は亮介自身、一人でいたくない。

ーありがとうございます、『ミクソロジー バー ソース 2102』にいます。

亮介はタクシーを捕まえ、恵の元へと向かった。


弱っている恵に亮介は…?


やけに共通点の多い女


『ミクソロジー バー ソース2102』はアイリッシューコーヒやフルーツカクテルが非常に美味しくて、恵が好きなのがよく分かる。

店内に入ると、真っ赤な目をした恵が奥のカウンター席にちょこんと座っていた。

「彼氏と別れたって…大丈夫?」

恵は自嘲気味に小さく笑って、カクテルグラスを片手に言った。

「さっき、振られちゃいました。浮気を問い詰めたら、もういいって言われて。」

目からはすでに、大粒の涙がこぼれ落ちていた。

「そっか、残念だったね…。今すぐには思えないだろうけど、もっと好きになれる素敵な人が現れて、別れて良かったと思う日が来るよ。」

すると恵はその潤んだ瞳で、亮介をじっと見つめた。

「素敵な人…亮介さんみたいな?」

一瞬冗談かと思ったが、目は真剣に見える。

しかし“今は弱っているからだろう”と思い、あまり気には止めなかった。

「彼のことはもう良いんです。せっかくだし、楽しく飲みましょう!」

恵は空気を和ませるように無理に明るく振る舞い、話題を変えた。

「この間、ピーター・リックっていう写真家の展覧会があったので見に行って来たんですけど…」
「ピーター・リック好きなの?僕も昔から好きで、写真集も持っているよ。」

それは亮介が昔から好きな有名風景写真家の一人だ。あまり写真家の名前が会話に出て来ることはなかったので、少し驚いた。

「本当ですか?私も彼の色鮮やかな風景写真がすごく好きで。趣味が合うって嬉しいです。」

恵も驚いたように目を丸くし、先ほどの泣き顔が嘘のように晴れやかな笑顔を見せた。

その他、高校時代にバスケットボールをしていたこと、伊坂幸太郎が好きで良く読むことなど、何かと共通点が多く、会話も弾んだ。

「ふふ、私たちすごく共通点が多いですね。次は亮介さんみたいに趣味の合う人と付き合えたら良いのに。」

恵はお酒が回って来たのか、トロンとした目で亮介を見つめる。 弱った可愛らしい女性に潤んだ瞳で見つめられたら、普通の男性は平常心を保っていられないだろう。

しかし、亮介の心は全く動かなかった。

ー良い子だし趣味も合うけれど…。なぜだろう?どこか違和感を感じる…。里緒に気持ちがいっているからだろうか?

そう思った亮介は、これ以上関係が深まる前にと、早々に切り上げて帰ることにした。



それから何度か恵からLINEが届いた。 内容はたわいの無いことだったが、“彼氏と別れた寂しさを紛らわせたいがためだろう”と無下にもできず、何となくやりとりが続いていた。

ただ、今の亮介の頭を占めているのは、やはり里緒だった。あれ以来、何も連絡は取ってない。

ーこれからどうしようか。

諦めるにしても、このまま中途半端に終わらせたくはなかった。

けれど、こちらから連絡をしても拒否をされるだけだろう。

頭を抱えながら悶々と悩んでいると、自分の中にある一番大切な“想い”に気がついた。


亮介が気付いた事とは…?


亮介の反省と相田君の正体


ー僕の、里緒への気持ちはどうなんだ?その程度なのか?




“過去に不倫をするような人間だったのならやり直さない、噂が間違いであれば、やり直そう。”

仮にこんな告白をしたとして、一体誰が受け入れるのだろう?

もし不倫などの問題沙汰があったとしても、今の彼女が繰り返すとは思えない。そもそも自分が居れば、里緒がそんな事をしたく無くなるように努力すれば良い。

女性に不信感を覚えてから、傷つきたくないと頭で考えては、自分本位に自衛ばかりしていた。しかし、大事なのは自分の気持ちだ。

不意に里緒の言葉が蘇った。

“ハイスペック病だよ、頭で考え過ぎているんでしょう?”

ー僕はまた同じ過ちを繰り返す所だったんだ。頭でばかり考えて、本質を見ていなかった。

亮介の願いは一つしかなかった。

ー里緒とやり直したい。

再会してからそう何度も会った訳ではなかったし、今の里緒のことをどこまで知っているのか分からない。

それでも、“やり直したい”と思った気持ちは本物だ。

ーこの間のことを謝ろう、そして、きちんと気持ちを伝えよう。

許してもらえるかは分からない。けれども、このままでは終われない。

ーこの間は失礼な事を言って本当にごめん。もう一度、会ってくれないか?伝えたいことがあるんだ。

しばらくして里緒から返事が来た。

ー分かった、来週なら会えると思う。



それから数日後。

いつものように亮介は朝のジョギングをしていた。そう言えば、最近はめっきりと恵の姿を見かけない。

ーそれにしても、やけに共通点の多い子だったな。前にどこかで会ったことがあるのか…?

恵と食事したあの日、楽しい時間を過ごしたが、亮介はその共通点の多さが気になっていた。

そんな事を思いながら走り続けていると、ふと、ジョギングが趣味のあるお笑い芸人のことが頭に浮かんだ。

ー昔、彼が走っているところに偶然出くわしたな。確か、彼の名前は間(はざま)…

亮介は“あれ?”と思った。

ーたしか、彼女の苗字も“ハザマ”と言っていた。漢字は“狭間”だと思っていたが、“間”という場合もあるのか。

あいだ…単なる苗字の読み方だったが、妙な胸騒ぎを覚える。

ジョギングを終えて家に戻ると、健太からのLINEが届いていた。

―来週の土曜日、ひま?久々にバイト仲間の翔と3人で集まろうって話になって。

亮介はそのLINEに「了解」と返しながら、この胸騒ぎの正体について考えを巡らしていた。

▶NEXT:1月4日 木曜更新予定
ついに謎が明らかに。果たして恵が亮介に近づいた経緯は・・・?亮介の告白の行方は・・・?