岸田文雄外務大臣と尹炳世韓国外交部長官(当時/写真は「外務省HP」より)

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 米サンフランシスコ市が、民間団体が設置した慰安婦像を正式に受け入れたのに続いて、フィリピンのマニラでも慰安婦を象徴する像が建てられた。大阪市の吉村洋文市長は、サンフランシスコ市との姉妹都市関係の解消を発表して賛否の議論が起きた。政府も「諸外国における慰安婦像の設置は、我が国の立場と相いれない極めて残念なことだ」(菅義偉官房長官)と述べ、フィリピン政府に申し入れを行った。諸外国のこの問題をめぐる動きについて、私たちはどう向き合っていけばいいのだろうか。

「恥を知りなさい」米でたしなめられた、慰安婦証言への非難

 産経新聞によれば、安倍晋三首相はサンフランシスコ市の決定を聞いて、自民党の外交再生戦略会議(議長・石原伸晃前経済再生担当相)のメンバーに対し、怒気を含ませながらこう語った。

「サンフランシスコは失敗だった。こういうことをしっかり防いでいかないといけない」

 政府として、サンフランシスコ市長に拒否権を行使するよう申し入れを行ったのに、それが奏功しなかったこともあって、無念さはひとしおなのだろう。石原氏も、「非常に総領事の責任は重い。総領事といえども、ロビイング活動をして、歴史を捏造するようなことに対しては、ものを言っていかなければならない」と憤りを表明した。

 いずれも、目の付け所や向いている方向が大きく間違っているような気がしてならない。これまでも、安倍首相らと同じような立場で「ものを言って」きた人たちはいた。

 慰安婦問題を女性の人権問題ととらえる国際世論や、それを背景に米国内にも慰安婦を象徴する像や碑をつくる動きに反発する人たちの意見表明は、これまでも行われてきた。2007年および12年に作曲家のすぎやまこういち氏やジャーナリストの櫻井よしこ氏らが米紙に「強制連行を裏付ける資料はない」などとする反論の意見広告を出した。12年には安倍氏も名前を連ねている。

 米国内で慰安婦像を建てる動きに対しては、日本の右派団体が音頭を取って抗議のメールが殺到。さらにカリフォルニア州グレンデール市が慰安婦を象徴する少女像の設置を認めたのは地方自治体の権限を逸脱しているなどとして、在米日本人らが撤去を求める訴訟も起こした。ただし、これは完全敗訴のうえ、SLAPP(嫌がらせ訴訟)認定されて1700万円ほどの制裁金まで課されている。連邦最高裁への上訴段階で、日本政府が意見書を提出して後押ししたが、わずか1カ月で棄却、一蹴された。

 サンフランシスコでの像設置に関しても、在米日本人などでつくる市民団体がこれに強く反発。同市議会の小委員会が、像の設置に関する公聴会を開いた際、これに反対する運動を展開している在米日本人などでつくる市民団体が意見を述べ、元慰安婦の証言を「信用できない」と非難した。

 ただ、このような動きは逆効果だったと思う。サンフランシスコの公聴会では、委員のひとりから穏やかに、しかしきっぱりと「恥を知りなさい」とたしなめられている。その後に行われた採決では、全員一致で像の受け入れを決議した。

 慰安婦問題をなかったことにしたい、忘れてもらいたいという人たちが、そういう立場から「ものを言」えば言うほど、「忘れてもらいたくない」人たちの声が大きくなるばかりか、「記憶の風化を防ぐためには、このような像が必要だ」という意見が説得力を持ってしまう。

 それに、サンフランシスコ市議会の決議からは、日本を敵視する「反日」のトーンは見受けられない。戦争中に強制収容所に入れられ、差別に苦しんだ日系人たちが、その後、他のアジア系の人たちとも緊密に連携し、信頼や社会正義に基づいたコミュニティの形成に尽力してきたことにも触れられている。

 また、アメリカには、ワシントンDCにある、戦時中の日系アメリカ人の苦難を後世に伝える全米日系米国人記念碑や、今年4月にロサンゼルスに建立された、強制収容者をしのぶ碑などもある。こうした碑が、「反米的」というわけではあるまい。

 もちろん、史実にそぐわない、あるいは不確実な情報が後世に伝えられるのはよくないし、こうした像設置が憎悪の原因になるのは望ましくないという観点から、碑文の内容は工夫する必要があると思う。そのためには、元慰安婦を貶めたり非難したりするのではなく、「建てるのであれば、お互いのためになり、今も続く女性への暴力などへの警鐘にもなる普遍的なものにしませんか」という提案もできたのではないか。

“もの言う人々”による最悪のイメージ戦略

 慰安婦像に強く反対する人たちのなかには、「慰安婦はただの売春婦」などと言い、これが当時の女性たちの人権を損なった問題であることを否定し、「慰安婦問題などない」と言い募る者もいる。彼らは、元慰安婦を罵れば一時的に気持ちがすっきりしたり、「日本の名誉のために戦った」という独善的な自己満足に浸れるのかもしれないが、その挙げ句に自分たちの主張は何も入れられないで終わるというのは、戦略も戦術もないままに敵地に突っ込んで玉砕するに等しく、少しも建設的でない。

 2年前の日韓外相による合意で、日本側は「慰安婦問題は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、かかる観点から、日本政府は責任を痛感している」と認めているわけで、慰安婦問題はなかったという強弁は、有害無益にほかならない。

 今や慰安婦問題は、戦時性暴力の象徴として受け止めるのが国際的な潮流で、それを否定しようとすればするほど、問題はクローズアップされる。メディアに取り上げられて「歴史に学ぼうとしない日本」のイメージが流布するのは、点在する慰安婦像より、ずっと日本の印象を悪くする。最悪のイメージ戦略といえよう。

 この問題について「ものを言って」きた人たちは、まずはそういう反省が必要ではないか。

 一部メディアは、海外で慰安婦像が建てられる動きを「反日宣伝」「歴史戦」などと呼んで、政府の対応が生ぬるいと叱咤する。たとえば、12月15日付読売新聞社説はこう書いた。

「深刻な事態だ。慰安婦像の設置によって対日関係が悪化するという認識が、フィリピン側には欠けているのではないか。日本政府が撤去を求めたのは当然だろう」

 なんという居丈高な態度か。そう思われても仕方がない書きっぷりである

 戦争の被害を記憶にとどめる記念碑を、それぞれの国が自国に設置することを、どうして日本がやめさせたり、撤去を求めたりできるのか。日本には原爆や空襲による被害者を慰霊する碑がいくつもあるが、それは核兵器や戦争の悲惨さを伝え、平和を祈るものであって、反米のためではない。それに対してアメリカが撤去を求めたり、設置を妨害しようと圧力をかけてきたら、どうだろうか。

 読売社説はさらにこう続く。

「問題なのは、日本政府の対応が後手に回ったことだ。(中略)外務省は、今回の反省から、インドネシアやマレーシアなど東南アジア諸国での情報収集の強化に乗り出した。各国政府に歴史問題に関する日本の対応を説明し、理解を求める取り組みも加速させる。着実に実行してもらいたい。

 慰安婦問題に絡めて、日本の名誉を不当に貶めたり、周辺国との関係を傷つけたりする動きは、到底看過できない。新たな像の設置を食い止めるための一層の外交努力が欠かせない」

 フィリピン・マニラに設置された像は、目隠しをし、頭にベールをかぶって地元の伝統的な衣装を着た女性の姿で、産経新聞によれば、碑文には「日本占領下の1942〜45年に虐待を受けたフィリピン人女性犠牲者の記憶」とタガログ語で書かれている。産経新聞でさえ「表現は穏当だ。『慰安婦』の言葉もない」と書いており、「慰安婦問題に絡めて、日本の名誉を不当に貶め」ようとするものでないことは明らかだろう。

 フィリピンでは日本軍の規律の乱れから、現地の女性に対するレイプが多発した。日本の植民地として行政機構も整備され、慰安婦集めも主として業者に任せていた朝鮮と違って、フィリピンではかなり乱暴なことが行われた。元慰安婦のマリア・ロサ・ヘンソンさん(故人)は著書『ある日本軍「慰安婦」の回想』(岩波書店)の中で、日本軍検問所の兵士に強制的に連行され、複数の日本兵にレイプされ、挙げ句に慰安所に入れられた過酷な経験を記している。

 このような体験をした人たちの、自分の被害を忘れないでほしいという思いを形にすることを、他国、とりわけその苦難を与えた国が四の五の言うべきではない。そういう行為は、むしろ反感を招くだけだろう。経済支援を背景に、「申し入れ」(菅官房長官)と称して圧力をかけるような品のないまねもしないでほしい。

真に求められる“広報戦略”とは

 ではどうしたらいいのか。

 大事なのは次の3点だと思う。

(1)「慰安婦問題などない」と叫んだり、元慰安婦を罵倒したりせず、元慰安婦に対しては敬意を払う

(2)この問題で、日本は謝罪していること、アジア女性基金などで事実上の賠償に努めてきたことを世界に伝える

(3)日本は加害の事実を含めて歴史をきちんと伝え、性被害の問題に積極的に取り組んでいる姿勢を示す

 とりあえず、今の日本にできそうなのは(1)と(2)だ。

 日本がこの問題で謝罪してきたことは、海外ではあまり知られていないようだ。それに加えて最近の慰安婦問題を否定する動きが加わると、日本は謝罪どころか事実すら否定しようとしているかのように見られてしまう。それは、元慰安婦を傷つけるだけでなく、日本の広報戦略としても非常に拙い。

 謝罪は、1992年の宮澤喜一首相が韓国訪問時に「最近、いわゆる従軍慰安婦の問題が取り上げられていますが、私は、このようなことは実に心の痛むことであり、誠に申し訳なく思っております」と発言したのをはじめ、1993年のいわゆる河野談話、1996年の橋本龍太郎首相の「私はこの問題ほど女性の名誉と尊厳を傷つけた 問題はないと思います。そして、心からおわびと反省の言葉を申し上げたいと思います」という発言など、歴代政権が行ってきた。

 アジア女性基金では、償い金に、橋本氏から小泉純一郎氏までの3代の首相によるお詫びの手紙が添えられた。フィリピンでこの償いを受け取った元慰安婦の一人は、記者会見に出席してこう言った。

「今日皆様の前に出たのは、総理の謝罪を得られたからです。感謝しています」

 15年の日韓合意でも「安倍内閣総理大臣は、日本国の内閣総理大臣として改めて、慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを表明する」という言葉が入った。

 残念だったのは、これを安倍首相自身の口から言わず、岸田外相(当時)に読ませたことだ。安倍首相が、内外のメディアを集め、テレビカメラの前で、この謝罪を表明すべきだった。そして、各国語の字幕をつけてネット視聴できるようにし、併せて歴代首脳の謝罪についての解説もつければよかった。そうすれば、日本がどれだけ謝罪を重ねてきたのか、国際社会にも伝わっただろう。

 また、「賠償」という言葉は使っていないものの、アジア女性基金では、国民から募ったお金を原資にした償い金だけでなく、その国の状況に応じて医療・福祉支援事業を公金を拠出して行った。これは、事実上の賠償だ。ドイツが、ナチス時代に強制労働をさせたユダヤ人らに対して支払いを行った「記憶・責任・未来」より、金額のうえでも、受け取った後でも訴訟の権利を奪わなかった点でも、女性基金のほうが被害者に篤い。

 さらに、15年の日韓合意に基づいて、韓国側の「和解・癒やし財団」に10億円を拠出した。今年6月末の時点で、合意時点で存命していた元慰安婦47人のうち36人と、8割近くが受け取ったか受け取りを申請中と報じられた。

 このような実績を広く伝える方向で、政府は戦略を練り直すべきだろう。

 そして、できればこうした負の体験も後世に引き継ぐと共に、現在も日本国内を含めた世界のあちこちで起きている性被害の問題に取り組む姿勢を示してもらいたい。そうしてこそ、日本の好イメージは広がっていくと思う。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)