正月に「おせち」が不要なたった一つの理由

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もう数日すれば2018年の年明け、お正月です。

お正月といえばおせち料理やお餅を食べて、というのが日本の伝統的なスタイルですが、「実家の親が用意するから」「毎年のことだから」と、何となく食べてしまっている人が多いかもしれません。

でも、昔から続く伝統や縁起ものには、現代を生きる私たちの生活に結びつくような意味があります。ちょっぴり意識してみると、2018年の運気が上向くかも!?

■正月は「おせち」じゃなくていい 

今ではあまり耳慣れないものになってしまいましたが「予祝(よしゅく)」という言葉を知っていますか?

『福を招く旧暦生活のすすめ』(白井明大著、サンマーク出版刊)によると、おせちやお餅などのお正月のご馳走は、単純に「新年を迎えたお祝い」で振舞われるわけではなく、「予祝」の意味があるそう。

「予(あらかじめ)祝(いわう)」と書くように、予祝は年の初めにご馳走を食卓にたくさん並べて食べることで、その一年間が食べ物に困らず、実り豊かな年になるという昔の人々の考え方が土台にあります。

これには今でいう「イメージトレーニング」に近いところがあるようで、「ご馳走を食べられる」といういいイメージを先に描いておけば、その後の一年もそのいいイメージに向かっていくのだとか。

その意味では、お正月だからといって無理におせちやお餅を食べることが大切なのではありません。たとえ食べるのがラーメンや焼き肉であっても、「自分が望む一年の幸せを思い描きながら食べること」ができればそれは立派な予祝であり、伝統的なお正月の食事なのです。

■春の七草は「知らない野草」ばかりか?

また、一月には七日に「七草がゆ」を食べるという伝統もあります。

せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ

が春の七草ですが、現代人からすると聞いたことのない草ばかりということで、「どこで手に入れるのかわからない」ということになりがち。ただ、「すずな」は蕪(かぶ)ですし「すずしろ」は大根。あながち今では見られないものばかりというわけでもありません。

七草粥には、新春に芽生えた初々しい生命の気をいただくことで一年の健康を願う意味があります。昔の人のように野に摘みに行くのは難しいとしても、何とか七草を揃えてお粥にして食べておきたいところですね。



本書は旧暦時代の日本の伝統的行事や慣習を紹介。その意味合いとともに現代に通じる新しい解釈も教えてくれます。

「伝統なんて堅苦しいだけのもの」と思わずに取り入れてみると、案外日々の生活にマッチすることに驚くはずです。

(新刊JP編集部)

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