『さよなら、田中さん』(鈴木るりか/小学館)

写真拡大

 今話題のスーパー中学生をご存じだろうか。その名は、鈴木るりか。2003年生まれの中学2年生。小学館主催「12歳の文学賞」で史上初となる3年連続での大賞受賞を果たし、あさのあつこ氏、石田衣良氏、西原理恵子氏らから大絶賛を受けた新進気鋭の天才作家だ。そんな鈴木るりかのデビュー作『さよなら、田中さん』(小学館)が彼女の14歳の誕生日に刊行された。みずみずしい感性でつむがれた5編の連作短編集は瞬く間に重版。その内容に注目が集まっている。俵万智氏は「素晴らしすぎる。私たちが、同時代に鈴木るりかという作家を得たこと。これは事件だし僥倖だし大きな希望」と鼓舞し、道尾秀介氏は「書いた人の年齢なんて関係ない。面白いものは面白い。読めてよかった」と絶賛。鈴木福くんは「同じ中学生が書いたとは思えない! ひとつひとつの言葉に驚かされた」とコメントを寄せるなど、彼女に大いなる期待がかかっているのがわかる。

 物語の主人公・田中花実は小学6年生。ビンボーな母子家庭だが、底抜けに明るいお母さんと、毎日大笑い、大食らいで過ごしている。友人と彼女のお父さんのほろ苦い交流に花実が立ち会う「いつかどこかで」。お母さんの再婚劇に奔走する花実の姿が切ない「花も実もある」。小学4年生時の初受賞作を大幅改稿した「Dランドは遠い」。田中母娘らしい七五三の思い出を綴った「銀杏拾い」。中学受験に挑む少年の心境を描く「さよなら、田中さん」。花実とお母さんを中心としたささやかな出来事を、時に可笑しく、時にはホロッと泣かせる筆致で描ききる。

 特に花実のお母さんの姿に読者は胸打たれることだろう。お母さんは工事現場の重労働で母娘2人の暮らしを支えている。周りの子供に比べると、2人の暮らしは裕福とは到底言い難い。激安のスーパーで値下げ品を狙うのは当たり前。近所の銀杏が拾いやすい場所をピックアップしては、花実の同級生が七五三をしている脇で、親子2人でビニール袋いっぱいの銀杏を拾うこともある。しかし、そんなビンボーな暮らしは、中学受験やら親子関係やらに悩む花実の友人たちに比べれば、毎日がのびのび楽しそう。何事にも悲観的になることなく前向きに明るく過ごす2人のほうがずっと幸せな暮らしを送っているように思えてしまうのだ。

 花実の名は「死んで花実が咲くものか」という言葉から付けられたのだというが、「とにかく生きろ」という意味の言葉をなぜお母さんは娘の名に選んだのか。お母さんの過去は最後まで明らかにはならない。花実は父親のことも知らない。聞いてみても、普段は義務教育を受けたのかさえ怪しい言動ばかりの母親なのに「秘すれば花、って言葉知らん?」と教養めいたことを言う。だが、おそらくは壮絶な経験を乗り越えてきたのだろう。だからこそ、言える言葉があるのだろう。

「もし死にたいくらい悲しいことがあったら、とりあえずメシを食え。そして一食食ったら、その一食分生きてみろ。それでまた腹が減ったら、一食食べて、その一食分生きるんだ。そうやってなんとかでもしのいで命をつないでいくんだよ」

 幸せは、産湯のような生温かい場所から生まれるのではない。幸せを決めるのは、いつだって、本人の心だ。目の前にあるささやかな幸せを幸せとして受け止められる豊かな心持ちが大切なのだ。ビンボーだし、悩みも絶えないけれど、幸せな2人の親子。そんな母娘を描き出す中学生作家は、天才としか形容しようがない。新しい世代の鮮やかな筆致をあなたもぜひ体感してみてほしい。その才能にあなたも圧倒されるに違いない。

文=アサトーミナミ