立憲民主党 代表 枝野幸男氏

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野党第一党の党首となった枝野幸男氏の動向が注目されている。今年10月、総選挙投票日の20日前に民進党所属の枝野氏は、「立憲民主党」の設立を表明。小池百合子都知事率いる希望の党の惨敗を尻目に54議席を獲得。だが、国会では自民党とその他大勢という一強多弱の構図は同じ。立憲民主党の目指す道とは――。

■「あれっと思ったのは結党の当日、10月3日です」

――どなたが立憲民主党と命名されたのですか。

【枝野】私です。

――党名には、どういう思いがこもっているのでしょうか。

【枝野】立憲主義を守るというのが、結党の経緯で、重要な立ち位置・柱だと思いました。立憲主義があまりにも忘れ去られていることへの危機感が背景にあり、それで「立憲」という言葉を改めて掲げないと、という思いです。

――安倍政権では立憲主義がないがしろにされているという考えですか。

【枝野】明らかにないがしろにされていると思います。少なくともそれまで政府見解でも否定されていた集団的自衛権の解釈変更は、立憲主義で許されている範囲、憲法解釈の変更で許される範囲を超えている。立憲主義は憲法による権力の制約をしている。安倍政権では憲法に縛られている側(権力=政府)が自分を縛っている憲法の解釈を不合理に緩めたといえます。これでは縛っている意味がない。権力が権力たる正当性の根拠は、憲法で与えられており、その憲法を守らなければ、権力としての正当性がないということです。

――突然の結党で、準備不足だったと思います。選挙期間中に手ごたえを感じたのは、いつごろからですか。

【枝野】あれっと思ったのは、結党の当日、10月3日です。その前日に私1人で結党の記者会見をやり、翌朝、東京都の選挙管理委員会に総務省あての設立届を提出し、夕方、有楽町で初めての街頭演説をやりました。ほとんど準備も告知もしていないのに、たくさんの人が集まっていた。しかも幅広い層の人で、その熱がすごかったんです。僕はそのときに1番手ごたえを感じた。悲壮感でいっぱいだった記者会見から、頑張れば一定の結果を出せるという確信を持たせてくれました。

――選挙で多く支持された理由をどう分析していますか。

【枝野】国民の顕在化されていなかったニーズ――政治に対する不信・不満というものに応える、あるいは応えてくれるのではないかと期待される存在と、認めていたのではと思っています。

民進党などは政権を取ることが目的化しているかのように受け止められていたのだと思います。政党の合従連衡が繰り返される中で、それぞれの政党の主張、立ち位置があいまいになっていたのではないか。それに対して立憲民主党は明確な主張を掲げ、いわゆる野党同士の数合わせへのアンチテーゼの立ち位置にあると受け止められた。それが、国民の潜在的な期待に応えることにつながったと思っています。

■「私は宏池会、石橋湛山の流れにある。“左派”ではない」

――立憲民主党の理念あるいは立ち位置を、再確認させてください。

【枝野】1つ目は立憲主義を回復させる。2つ目は、いわゆる草の根の民主主義、まっとうな民主主義を取り戻す。民主主義とは、たまたま議会で多数派を取った者が、選挙民から白紙委任をされたことではないのです。個別のテーマになると、議会の多数派の意思と民意がずれるのはむしろ普通なのだから、しっかりとその草の根の声に耳を傾けて、政治を進めるべきです。3つ目は、トリクルダウン型(富裕層がさらに豊かになれば、しずくがこぼれ落ちて全体も豊かになるという考え方)の経済社会運営ではなくて、ボトムアップ型の経済再生を図る。

――立ち位置というと、どうしても右派、左派、あるいは中道という言い方のほうが、わかりやすい。そういう捉え方は古いのでしょうか。

【枝野】私は、そういう概念とは別次元に立っていると思っています。右か左かではなくて、上からか下からかというのが、国際的に見ても、21世紀の対立軸だと思います。

つまり、豊かなものをより豊かにしてトリクルダウンを起こすという考え方か、むしろ社会を下から支えて押し上げる。つまり、格差を小さくしていくことによって、消費も拡大していき、経済を成長させていくボトムアップ型かが、この対立軸だと思います。

――それならば「中道左派」みたいな言い方のほうが、わかりやすいのでは。

【枝野】日本における左派の定義は、国際的なものとは違うと思います。それに所得分配政策は、それこそ自民党の保守本流もやってきた。その分配政策に重要度を置くという意味では、私自身は宏池会(池田勇人元首相が設立した自民党の派閥)の思想的な流れにある。あるいは石橋湛山(第55代首相)の流れにあると、自分は思っています。彼らを左派とは言わないですよね。

――憲法改正論議が本格化します。これに対する基本的な姿勢は。

【枝野】憲法がいい方向に変わるのであって、なおかつ変える必要があるのであれば、それには積極的に取り組みます。悪く変わることに対しては、断固として戦います。少なくとも憲法第9条違反の法律をつくってそれを追認するようなことは、立憲主義論としてありえない。今の集団的自衛権の考え方は、自衛権行使の限界が不明確かつ広範にすぎる。したがって「立法論」としてもありえないという立場です。

■自民と同じ「自衛力強化」「米軍との関係強化」

――国民の大多数が自衛隊の存在自体については認めていると思います。単純に自衛隊の存在を明記することにも反対ですか。

【枝野】単純に明記してしまうと、今回以上に解釈が変わります。例えば9条第3項に自衛隊なり自衛権を認めると書き込めば、1項、2項、ほとんど無効化します。したがって、フルスペックの集団的自衛権が可能になると解釈するのが、普通です。そもそもが、集団的自衛権の一部行使を認めているのですから、自衛隊を書き込めば少なくとも現状の安保法制を容認することになる。このように解釈によって、歯止めがきかなくなることが問題なのです。

――どうやって安全保障体制を構築するのか、それが伝わってきません。

【枝野】伝わらないのは当たり前で、大きく違わないからです。われわれも北朝鮮に対しては、対話以上に圧力が必要だし、万が一の場合に備えて、自衛力は強化すべきであると考えています。米軍との関係も強化すべきであると。これも自民党と変わりはなく、大きな方向性としては共通です。責任ある政党として、やみくもに与党に反対しているわけではありません。

――日米安保条約が日本の安全保障にとって軸になるとお考えですか。

【枝野】もちろんです。個別的自衛権の範囲内での自衛隊は合憲だし、日米安保は健全に強化すべきである。それが立憲民主の立場です。

――経済政策については、どのような施策をお考えですか。

【枝野】低賃金で人手不足の公的サービス分野に財政出動し、そのことによって賃金を引き上げる。2つ目、労働法制の規制を強化する。そのことによって格差の拡大防止と是正を図る。分配なくして成長なしです。

――賃金引き上げなどの財源は。

【枝野】当面は公共事業の予算を回せばいいんです。公共事業の財源である建設国債を減らし、赤字国債で財源を調達する。赤字国債なら、そういうところに予算を投じることができます。現状で緊縮政策は取れません。今の消費不況の状況で、財政支出の規模を小さくすれば、それこそ不況が深刻化します。緊縮財政が取れないということは、増税、とくに大衆増税はできない。それは緊縮財政と同じことですから。

――2019年10月実施予定の消費増税については、「凍結」という立場ですね。

【枝野】凍結の1番の理由は、今は消費不況であり、しかも心理的な要因がすごく大きい。消費税率を引き上げたら、必ず消費不況を加速させるからです。消費不況から脱却して、消費が着実に右肩上がりになるような状況をつくらなければ、消費税率は上げられない。それから、法人税を減税しておいて大衆増税するのでは、納税者の理解を得られない。おカネに色はなく、増税で財政的な余裕ができると、結局、社会保障以外の分野にも予算をと、無駄遣いへと戻っていく可能性がある。

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(左上)1993年●初当選
93年日本新党の候補者公募に合格。旧埼玉5区から出馬し、29歳で衆議院議員に初当選。薬害エイズ問題などに取り組んだ。2002年には民主党の政策調査会長に。
(右上)2011年●官房長官に
10年6〜9月、民主党の幹事長を務めた後、11年1〜9月まで現行制度下では最年少で内閣官房長官の任務を果たした。東日本大震災時は、福島第一原発の近況などを記者会見で報告し続けたため、テレビ中継を見て心配した人ら多数がインターネットに「枝野寝ろ」と投稿し、話題となった。同年9月から12年12月までは経済産業大臣。
(左下・右下)2017年●立憲民主党結党
13年9月、再び民主党幹事長に就任。16年の民進党への結集を取り仕切り同年9月まで、民進党初代幹事長を務めた。17年10月、安倍晋三総理による突然の解散総選挙で、小池百合子都知事は希望の党を結成。民進党の前原誠司代表(当時)は所属議員の希望の党への合流を主導したが、枝野氏は立憲民主党を設立。選挙で躍進し野党第一党に。

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■「総理を守り支える」という意味で、有能な菅官房長官

――枝野代表は現場感覚があると評価されることがあります。民主党政権時代には、官房長官を務め、東日本大震災も経験された。そういう経験から出てきているんでしょうか。

【枝野】現場感覚、そうですかね。それは、私のキャラクターだと思います。イデオロギーとか、空理空論とかに一貫して関心がないので。

――菅義偉官房長官はどう映りますか。

【枝野】総理を守り支えるという意味では、大変有能な、歴代稀に見る、3本の指に入る官房長官だと思います。それが日本にとって幸せかどうかというのはまた別ですが。

――官房長官の仕事の難しさとは。

【枝野】霞が関の調整や、政府与党の調整などの総合的な調整です。それは場合によっては強引に結論を押し付けなければならないこともあります。また、それで不満が前に噴き出しすぎては困るわけです。そういったことを目配りしながら、結論をしっかりと出していっているという意味で菅長官は大変有能な人だと思います。ただ支え、守る対象である安倍晋三首相の向かう方向が間違っていると思うので、せっかくの能力が生かされていないと思います。

――福島第一原発の事故の際、当時官房長官だった枝野さんが全然寝ていないとネットで騒がれました。官房長官とはそれほど大変な仕事なのですか。

【枝野】震災と原発事故のときは特殊な状況ですから、ちょっと比較ができる状況ではないです。ただ、霞が関を総合調整するときの、各役所の癖があるわけですよね。この役所はこういうことに弱いとか、この役所はこういうふうに自分たちの主張を通そうとしてくるとか、そういう感覚は、あのときに知りました。役所によって全然感覚が違うのです。だから、相手を読んで先手を打つことを覚えました。

――今回の新党の立ち上げという大きな決断の中で学ばれたことは。

【枝野】今回の出来事で言えば、結果論ですが、やはりぶれてはいけないということ、その1点です。筋を通すことが大事である一方で、政治は“妥協”でもある。みんなが自分の主張を押し通し続けていたら、何もまとまらないので、基本的には妥協の芸術なんですね。だが、許される妥協の範囲と、越えてはいけない線があって、越えてはいけない一線を越えたら、筋を曲げた、ぶれたということになる。そのラインを見極めるというのは、政治家にとってものすごく難しいが、ラインを越えることになると思ったときには、ぶれないでやってきたつもりです。

――立憲民主党は女性に多く支持されているように見えます。

【枝野】民主党以来の懸案を、今クリアできているんです。圧倒的に男性のほうの支持率が高かったのが、初めて女性のほうが高くなったんですよね。

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枝野幸男(えだの・ゆきお)
立憲民主党 代表
1964年、宇都宮市生まれ。東北大学法学部卒業後、24歳で弁護士。29歳で政治家に転身し、衆議院議員に初当選(以後、当選9回)。中学、高校と合唱部に所属し、現在も趣味はカラオケ。双生児の男児の父親。
 

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(プレジデントオンライン編集部 特別編集委員 原 英次郎 撮影=横溝浩孝 写真=共同通信イメージズ、時事通信フォト)