新薬開発の課題は、AIで解決できるだろうか。


 医療の現場では、世にあふれる疾患を治療する手段として、新薬に対する期待は依然として大きい。だが、製薬メーカーも日々、新薬の開発に取り組んでいるが、その新薬が患者のもとに届くまで多大な年月や開発費用がかかっている。その要因には、臨床試験や制度に関する課題もあるだろうが、その前の研究開発段階でのハードルも依然として高く存在する。

 その1つが、創薬の基本となるシミュレーションだ。シミュレーションにかかる期間や新薬候補の予測可能性など、シミュレーション性能の向上が製薬業界の大きな宿願となっている。

 そこで今、新薬開発の現場で大きな期待を寄せられているのが、ディープラーニングなどのAI技術だ。AIの活用によってシミュレーション性能の向上を図る製薬手法が提唱されている。それはいったいどのようなもので、製薬の流れにどのような影響を与えるのだろうか。

 2017年12月に行われたインテルのプレス向けセミナーで、京都大学医学部付属病院 先端医療機器開発・臨床研究センターの種石慶(たねいし・けい)氏は、「AI創薬にかかる期待」という題で講演を行った。

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製薬業界の抱える構造的な課題

 創薬の基本は、疾患の原因となるタンパク質を見つけ出し、そのタンパク質と結合し活性を抑えるような化合物を開発すること。

 生体内には10万種以上のタンパク質が存在しており、まず、その中から標的となるタンパク質を探すことから始まる。しかし、ターゲットとなるタンパク質が1種類なら話は早いが、実際には複数種類のタンパク質が複合的にその疾病に関与していることの方が多い。

京都大学医学部付属病院 先端医療機器開発・臨床研究センターの種石慶(たねいし・けい)氏。


 そして、ターゲットとなるタンパク質を発見できたら、その標的タンパク質と結合できる立体構造を持つ化合物を、製薬メーカーの所有する化合物ライブラリーから探していく。このライブラリーにも数万種の化合物が含まれており、1つ1つすべてをテストするわけにはいかないので、実際には分子構造などからシミュレーションを行い、候補を絞っていく。

 その中には、無関係なタンパク質に結合してしまうものや、何らかの副作用を引き起こす可能性もあるものも含まれているので、それらは除かなければならない。

 そうして、新薬の候補となった化合物について、動物実験、さらには多段階の臨床試験を経て新薬として認可されれば、ようやく医療の現場に届けられることになる。多大な労力や時間が、新薬の創薬には必要となっているのだ。

 PhRMA Annual Survey 2007によると、1990年以降から2008年までの間、新薬への研究開発費は右肩上がりで増え続けているのに対し、新薬の承認数はおおむね横ばいとなっている。つまり、1品目あたりの研究開発コストは、増加し続けていることになる。今では、新薬1つあたりの研究開発費は1000億円を超え、開発期間は10年以上を要しているという。

ディープラーニングによるAI創薬

 化合物の候補の探索や分子構造の解析については、次世代シーケンサーなどのゲノム解析などにより、シミュレーション手法も日々進歩してきている。

 しかし、その状況は2012年頃から大きく変わった。化合物の構造から活性を調べる方法として、ディープラーニングが有効であるという報告が海外の研究室からなされ、そこから「AI創薬」への期待が世界的に高まってきたのだ。

 ディープラーニングというと、人間の顔のパターン認識などが知られているが、それと同じようにタンパク質と化合物の結合するパターンを、膨大なデータから学習し、それを予測することで、標的のタンパク質に結合する化合物、つまり薬の候補を効率よく見つけていくことができる。

 種石氏の研究室でも、機械学習による創薬の取り組みは以前から行っていた。だが、スーパーコンピューター「京」を用いたときは、約25万件の相互作用データを学習するのが精一杯だったという。その後、2014年から2015年にかけてインテルのXeon搭載サーバーで計算した結果、100万件、200万件、さらには400万件までのデータの学習を実現した。さらには、それに付随して予測率の向上も見られたという。

 その背景には、大きく2つの要因があった。

 1つは、豊富なシステムメモリを活用したディープラーニング。2014年頃、種石氏はインテルと相談して、インテルアーキテクチャの利点を引き出すような、ディープラーニングに最適化したワークロードを完成させた。

 もう1つは、候補となる化合物の表現方法だ。フェイスブックの「DeepFace」では、「たたみ込みニューラルネットワーク」という局所的な特徴に注目した手法を用い、精細な予測を可能にしている。それと同様に、化合物も原子と原子の局所的な結合なのでより精細に学習できるのではと考え、「グラフたたみ込みニューラルネットワーク」を創薬のディープラーニングにも応用した。もちろん、このような複雑な表現を理解は、ハードウエアの向上によってもたらされている。

 従来は、標的のタンパク質と化合物のライブラリーを与えて、それらから反応するものを見つける典型的な機械学習の枠組みであった。だが、種石氏によると、次世代のAI創薬においては疾患自体を入力すると、それに対応する新規の化合物を薬の候補を提案するようになるという。

「自分で考えてドラッグデザインする人工知能を作りたい。それが私たちの目標です」

AIで変わる創薬の未来

 このようなディープラーニングによる創薬は、今後のどのように実用化されていくのだろうか。

 AIを製薬に取り入れたいという企業と、AIの研究テーマを求める研究機関が手を取り、ライフインテリジェンスコンソ-シアム(Life Intelligence Consortium; LINC)が立ち上がった。これは、製薬のみならず、化学、食品、医療、ヘルスケア関連のライフサイエンス分野を広く扱い、2017年10月時点で、89の企業や機関が参画している。

 このコンソーシアムの枠組みは、前競争段階(プレコンペティティブエリア)と競争段階(コンペティティブエリア)の2つに分かれる。

 前競争段階は、いろいろな企業のオープンイノベーションのような形だ。創薬AIとして実現可能な研究テーマを出し合い、データを集めて、IT企業が開発やフィージビリティースタディーを行うことで、標準モデルを開発するというもの。この標準モデルはコンソーシアムや業界全体で共有して、業界全体の底上げを目指していく。

 競争段階では、個々のビジネスとして、IT企業とライフ系企業が標準モデルを改良し、それぞれの持つデータなどを活用して、製品の開発に取り組んでいく。この2つの段階で、ライフサイエンス分野の産業競争力を、さらに加速していくことを目指している。

 このようなAI創薬がもたらす経済効果として、現在は1品目あたり1000億円を超える研究開発費がかかっているが、仮に開発期間を4年短縮できたとすると、560億円まで削減できるという。

 AIの活用によって製薬業界の構造的な問題が解決され、患者のもとに必要な薬が届く日が一日でも短くなることを願ってやまない。

筆者:町田 誠