AIブームで躍進した米エヌビディア。突然の利用規約の変更は、ITエンジニアから大ブーイングを受けることになった(写真:ロイター/アフロ)

世界の注目を集める半導体メーカー、米NVIDIA(エヌビディア)。同社が11月下旬に行った利用規約の変更が、業界で大きな波紋を呼んでいる。

エヌビディアは今回、データセンターで自社の供給する普及価格帯の半導体を使えないよう規約を改定したのだ。今後データセンターでは、高価格帯の半導体を利用するよう推奨している。普及品が1個約10万円なのに対し、高価格帯の製品は1個約110万円。顧客は突然、11倍もの価格の製品に乗り換えるよう推奨されたことになる。

「恐るべき決断で長年の信用を失う」

「エヌビディアは頭がおかしくなった」「まったくナンセンス」。世界のITエンジニアが利用する複数の英語掲示板では、そんな意見が頻繁に交換されている。AI(人工知能)開発インフラを提供する非営利団体、米ファストAIのジェレミー・ハワード氏は、ツイッター上で「エヌビディアは長年の信用を、たったひとつの恐るべき決断で失うだろう」とまで批判している。

詳細を書く前に、エヌビディアについて簡単におさらいしておこう。

エヌビディアは、近年の世界的なAIブームで躍進した企業の代表格だ。開発に特化したファブレス型の半導体メーカーで、GPU(グラフィック・プロセッシング・ユニット)と呼ばれる半導体の最大手。GPUは本来、CG制作やインターネットゲームで画像を処理する際に使われてきたが、近年AIの計算処理にも多用されている。

パソコン普及期の米インテル製プロセッサのように、GPUはAIの普及を支える「コア部品」なのだ。AI需要を背景に、エヌビディアの時価総額は直近で約13.4兆円。過去3年で10倍に伸びており、伸び率ではグーグルやアップルを大きく上回る超成長銘柄となった。

エヌビディアのGPUには複数の製品シリーズがあり、このうち普及価格帯が「GeForce」シリーズ、高価格帯が「Tesla」シリーズと呼ばれる。新しい規約は、GeForceを今後導入する人だけではなく、すでに利用している人にも適用される。具体的には、GeForceに付随するドライバソフトウェアを最新版に更新すると、データセンターでの利用を禁じる規約に同意したことになる。そのうえでデータセンターで利用を続ければ、著作権の侵害にあたる。

これまでの投資がムダになる


エヌビディアが展開する普及価格帯の「GeForce」(記者撮影)

「データセンターでGeForceを使ってシステムを構築してしまった企業や研究機関は、わが社を含めていくつもある。(普及価格帯の製品でも)システム構築にはどこも多額を投資しているのに、その投資がムダになる。横暴な措置だ」。そう憤るのは、この問題を真っ先に取り上げたAIベンチャー・UEIの清水亮社長だ。

清水社長は、規約上の「データセンター」が何を指しているかあいまいな点も問題視している。

今回の規約変更を受け、データセンター事業者のさくらインターネットは12月21日、GeForceを搭載したサーバーの新規利用を停止した。同社の場合は、規約が禁じている「データセンターでの利用」であるのは間違いない。だが、企業や研究機関はこういった商用データセンターだけでなく、自前のサーバールームにもシステムを構築していることがままある。こういった環境での利用はどうなるのか、基準が判然としないのだ。

東洋経済の取材で明らかになった事例では、ある研究機関の研究者が「研究機関内のサーバールームもデータセンターとなる」とエヌビディアの営業担当者に指摘され、GeForceを使わないように求められたケースがあった。これを踏まえると、予算規模が限られる研究グループでも、高額のGPUを使うよう求められるおそれがある。

エヌビディアは取材に対し「現在事実を確認しており、すぐには回答できない」(日本法人広報担当)としているが、ユーザーの反発を事前にある程度想定していたことは想像に難くない。それでも規約変更に踏み切ったのは、「AI用の半導体は現状では、ほかにあまり選択肢がない」という現状を楽観視した可能性がある。だが、その現状は決して盤石ではない。それどころか、規約変更を契機に急速に揺らぐことも考え得る。

「早晩、グーグルが提供するクラウド型のAIコンピューティングサービスなどに乗り換えることになるだろう」。そう断言するのは、IT企業・バクフーの柏野雄太社長だ。

これまで同社はさくらインターネットのGPUシステムを利用してきた。「1日、2日で開発環境を移行できるようなものではなく、移行のコストはかかる。今回の規約変更はわれわれのような小規模な企業や研究組織にとってより負担が大きい。その意味でエヌビディアは非常にevil(邪悪)で、とても失望した」(柏野社長)。

グーグルは自社のクラウドサービスに、独自開発したTPU(テンサー・プロセッシング・ユニット)というAI用半導体を搭載している。従来はエヌビディアのGPUに依存してきたが、これを順次独自のTPUに切り替えているようだ。グーグルはTPUを外部販売こそしていないが、柏野社長のようにグーグルのAIサービスを利用する企業が増えれば、長期的にはエヌビディアのライバルになるといえる。

第2の選択肢を求める動きが加速する


エヌビディアのジェンスン・フアンCEOは、AI用半導体での優位性を強調するが…(撮影:梅谷秀司)

ライバルはグーグルだけではない。半導体最大手のインテルは「FPGA」と呼ばれる半導体の開発生産を強化しており、AI用での出遅れを挽回しようとしている。AI用半導体ベンチャーの英グラフコアには、韓国サムスン電子や自動車部品大手の独ボッシュなどが出資している。

そもそも基幹部品が特定の1社からしか調達できないというのは、それを買い付ける企業にとっては非常にリスクの大きい状況だ。取引関係が足元で良好でも、リスク回避策として複数企業からの調達を目指すのが企業の常識である。

AI分野におけるエヌビディアの圧倒的に強い立場に顧客企業が満足していたわけでは決してなく、今回の規約変更を機に「第2の選択肢」を求める動きは加速度的に進むだろう。「AI用半導体ならエヌビディア」という地位は、ごく短期間の「三日天下」に終わりかねない。