結婚に適した男は、30歳までに刈り取られる。

電車で見かけた素敵な男は大抵、左手に指輪がついている。

会社内を見渡しても、将来有望な男は30歳までに結婚している。

そんな現実に気づいたのが、大手不動産会社勤務の奈々子・28歳。

同世代にはもう、結婚向きの男は残っていない。ならば・・・。

そうして「青田買い」に目覚めた奈々子は、幸せを掴むことができるのか?

先週、不覚にも新入社員・田中への気持ちに気づいた奈々子。田中との進展は・・・。




「あ、日本酒」

奈々子は、『酢重DINING』でメニューをめくりながら、思わず日本酒のページで目が止まった。

数日前、奈々子は田中に誘われてクリスマスコンサートに行った。その日以来、奈々子の中で確実に田中の存在感は増していた。

それは鑑賞を終えて、六本木ヒルズのクリスマスマーケットでホットワインを飲みながら、雑貨を見ていた時のことだった。

小さな女の子が泣きながら奈々子達のところにやってきた。迷子になってしまったようだ。

すると、田中は女の子に駆け寄り「お名前は?」「誰と来たの?」と優しく問いかけながら、近くにあった椅子に座らせた。

いないいないばあをしたりしながら、田中が女の子をあやしていると、雑踏の中から「ありさちゃん」と探し回る両親の声が聞こえて来た。

奈々子が声のもとに駆け寄り女の子の元まで案内すると、両親は安堵の表情で我が子との再会を喜んだ。

その様子を見て、田中が満面の笑みでバイバイすると、ありさちゃんもニコっと笑って元気に去って行った。

奈々子は、田中の横顔を見ながら、根が優しくて心の澄んだ人なんだなぁと、彼の人間的な温もりを感じたのだ。

同時に、田中みたいな人が旦那だったら幸せな家庭なんだろうなと、ふと脳裏をよぎったのだった。


嫌な男・中村からのなぜか心に響くアドバイス・・・?


たまには、本能で動いてみなよ




中村との一件があった後、そして一緒に行ったクリスマスコンサートの頃から、奈々子の中に芽生えた感情がある。

気づかないフリをして、心の奥底にしまってフタをしていたが、押さえきれなくなってきていることを、奈々子は認めないわけにはいかなくなっていた。

先週気づいた、「田中に会いたい」という想い。

それは奈々子の中で、確実に大きくなっていた。

屈託のない笑顔、奈々子を頼ってくる可愛らしさ、奈々子のために泣いてくれるピュアな心、すべてが愛おしく思えたのだ。

-田中くん、今日の夜空いてない?ー

勇気を振り絞り何気ない雰囲気で田中にメールを打ったが、すぐに届いた返信を見て、奈々子はがっくりと肩を落とした。

-岡田さん、お誘いありがとうございます。残念ながら今日は先約がありまして・・・。明日はいかがですか。ー

急な誘いなのだから仕方ない。しかし、奈々子はどうしても田中に会いたかった。

-仕方ない、仕方ない。

何度も自分に言い聞かせて無理やり理解しようとするが、すんなり自分の中に入ってこない。

勢いで誘ってしまった後悔と断られた寂しさに襲われて、仕事にまったく集中できなくなってしまい、奈々子は気分転換に社内のカフェに行くことにした。




カフェラテを飲みながら、受注フォローの資料を読み込んでいると、すぐ近くで田中が女の子と楽しそうに笑いながら話しているのが見えた。

新入社員だろうか。黒髪が大きな瞳を強調し、キュッと口角の上がった薄ピンク色の唇。紺色のスーツが似合う清楚な雰囲気の女の子だった。

女の子は時折メモを取りながら、田中の目をじっと見つめて大きく頷きながら話を聞いている。

奈々子はその様子をコソコソ伺いながら、あれこれ邪推してしまう。

-今晩の先約って、もしかしてあの子・・・?

資料の読み込みどころではなくなってしまった奈々子が、カフェラテを急いで飲み干して資料を片付けていると、背後から嫌な声が聞こえた。

「あの二人のこと、気になるんでしょ?」

不躾な質問に困惑しながら振り向くと、そこには中村が薄ら笑いを浮かべて立っていた。

「はっ? いえ、そんなことないです」

「俺だったら、どんな手段を使ってでも欲しいものは手にいれるけど」

奈々子は、その潔さに感心してしまった。中村ほど、このセリフが似合う男もいないだろう。彼の今までの行動すべてが、このセリフを裏付けている。

奈々子が、余計なお世話だと言わんばかりにキッと睨むと、中村は立ち去りながらこう呟いた。

「ふぅん。そうやって遠慮ばかりしてたら、結局何もつかめない。後悔するのは自分だよ?たまには、本能で動いてみなよ」

中村の言葉は、奈々子の心にグサリと刺さった。

今まで、中村のような人種を軽蔑していた。人を蹴落とし、どんな手段も厭わない、野心むき出しの人種。

しかし、結果的には、そのような人間が評価されているではないか。今回の中村が良い例だ。

たまには、周りの目なんて気にせず、本能のままに動いてみるのも悪くはないかもしれない。そう思った奈々子は、思い切って田中に返信を送った。

-今晩、予定が終わった後で良いから会えないかな?ー


田中にどうしても会いたい。奈々子の気持ちは通じるのか?


凍えるような寒さなのに、温かい


終業間際、田中から返信があった。いつも通りの丁寧なメッセージに、奈々子はホッとする。

-大丈夫です!飲み会は21時には終わると思うので、終わり次第連絡します。どこに向かえば良いでしょうか。ー

奈々子は、LINEで返信を送った。

-丸の内はどう?ー

-了解です!ー

メッセージとともに送られてきたクマの「OK」スタンプが、田中らしくてほっこりする。

そうして、仕事を終えた奈々子は、『酢重DINING』で田中を待っていた。




21時15分。奈々子の携帯が鳴った。

-岡田さん、遅くなってすみません。今から向かいます。丸ビル前で。ー

LINEを見て20秒後には席を立ち、お会計を済ませた奈々子は急いで丸ビルの前に向かう。

田中との待ち合わせ。

今まで何度もあったことなのに、今日は過去最高潮に胸が高鳴っている。

奈々子が丸ビルに到着すると、田中すはでに立っていた。冷たい手をこすりながら、ふぅっと息を吹きかける姿が可愛らしい。

奈々子を認めると、お酒で少し上気した顔を上げ、大きく手を振った。

「岡田さん、お待たせしました。寒いですねえ」

「急にごめんね。どこかで温かいものでも飲もうか」

二人は『カフェ ガーブ』に入り、ホットコーヒーをオーダーした。

奈々子は、せっかく田中が来てくれたというのに何を話したら良いか分からず、コーヒーをすすることしか出来ない。

一方、お酒が入って饒舌な田中は今日の飲み会のことを話していた。

「さっきの飲み会、会社の大学OB会だったんです。みんな、自慢話ばかりで疲れちゃいました」

今日見かけた女子と会っていたわけではないことを確認した奈々子はホッとした。

奈々子の会社に限らず、大手日系企業は大学のOB会という名の派閥が存在しており、役員や部長の数でなぜか競い合っているのだ。

「おつかれさま。そういえば、今日カフェで話してた女の子って新入社員?」

そういえば、という接続詞が正しいのか不明だが、奈々子は勢いに任せて聞いてみる。

田中がキョトンとした顔で首を傾げ、ああ、と理解したように話し始めた。

「大学の後輩が就活中で、僕のところにOB訪問で。そういえば、女性社員の話も聞きたいって言ってたから、今度岡田さんにお願いしても良いですか」

奈々子は、今日、カフェで色々と邪推していた自分を恥ずかしく思った。

「ええ、私で良ければもちろん」

コーヒーを飲み終えると、田中が仲通りのイルミネーションを見に行きたいと言い出した。

外に出ると、空気が冷たく、頰を刺すように痛かった。凍えるような寒さだったが、それでも早く帰りたいと思わなかったのは、隣に田中がいたからだろうか。

「丸の内も再開発が進んでますねえ」「ここの施工会社、僕の担当している現場でもお世話になってます」なんていう、職業柄気になってしまう会話が出来る嬉しさを感じながら、歩き進めていたその時。

田中が奈々子の手を取り、ぎゅっと握りしめた。

「僕、奈々子さんのことが好きです」

奈々子は、涙で前がよく見えなかった。

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田中からの告白に、奈々子の答えは?