日航事故機のJA8119(「Wikipedia」より)

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 520人が亡くなった日本の航空史上最悪の事故といわれる日航機123便墜落事故から32年が過ぎた。今年、被害者の遺族の方々が33回忌という節目を迎えるのに合わせて、事故原因に関していくつかの書籍が出版され、当時をよく知らない世代の人も巻き込んで話題になっている。

 そうした書籍のなかには、自衛隊や米軍によって墜落させられたという内容のものもあるが、裏づける科学的証拠はなく、以前にも何人かの作家やジャーナリストによって書かれた書籍の焼き直しともいえるもので、いわば都市伝説化した内容といってもよいだろう。

 日航機事故のケースでは、もっとも重要な再発防止に関する議論があまり生まれないという状態が続いている。この32年間、テレビなどのメディアでも事故原因は何かという一点張りで、教訓を生かし再発防止を図るという観点での検証は皆無であった。

 毎年、事故が起こった8月12日になると、事故現地での精霊流しや慰霊登山の光景や、ご遺族のその後を追ったドキュメンタリーを流すばかりである。メディア流の「お涙頂戴」式で視聴率を取ろうとするその報道姿勢には、元パイロットとして忸怩たる思いであった。

 123便のようにすべての油圧を失って「糸が切れた凧」状態になって操縦不能になることは現代のハイテク機でもあり得ることで、航空会社や行政にはそれを想定した対処が求められるべきであった。

 しかしながら事故の当事者である日本航空(JAL)でも、今日に至るまで再発防止のための検討会議を一度も開催することはなかった。

 背景には、事故機のパイロットの操作方法や海上着水という選択肢などについて社内で意見でも出ようものなら、殉職されたクルーに対し「死者に鞭打つ行為」として、逆に批判されるという空気の存在もあった。いかにも日本的な文化である。

 だが、それでは乗客の命を預かる航空会社としては失格であろう。パイロットが実際にシミュレーターを使った訓練で、同じようなトラブルに遭ったときに、どのようにして生還を果たすことができるかを体験し備えることこそが、危機管理上重要であるはずだ。

●米航空会社の文化

 この点、アメリカでは日航機事故の4年後にユナイテッド航空がエンジンの爆発によってすべての油圧を失ったものの、パイロットたちが日航機事故の教訓を身につけていたために、エンジンの出力調整だけで緊急着陸に成功したといった実例がある。

 一般的にアメリカ人のパイロットは世界で起きた大事故に関心を寄せ、自分ならどうやって生還を果たすのかを考える習慣がある。それは子どものときから、何か問題が起こると親が「あなたならどうするの?」と必ず聞くような文化の上に成り立っているからなのかもしれない。

 一方、日本では何か事故や事件が起きても、犯人を探し出して罰を科すことで終わりにするという文化があり、再発防止ということは苦手だ。

 論理的に原因が解明されなければ、再発防止策は打ち出せないというのは一理あろう。しかし、過去に起きた航空事故では原因が特定できなかったり、ブラックボックスを回収できても政治的な要因で公表されず、うやむやにされた事例も少なくない。それでも、専門家による分析によって、再発防止につながる教訓を見いだすことは不可能ではない。

 近年では「フライトレーダー24」というサイトを見れば、ブラックボックスの回収以前でも、あるいはそれが発見できなくても、飛行状態のかなりの部分が解析できて、再発防止の上での教訓を得ることもできるようになった。

●想定しない事態は起こり得る

 日航機事故の原因は、圧力隔壁の破損による減圧によって起きた垂直尾翼と油圧ラインの損傷だとする航空事故調査委員会の見解や、機体固有のトラブル、あるいは都市伝説となった自衛隊や米軍による撃墜説などいろいろいわれてきた。では、真相はどこにあるのか。

 私は長年事故機と同じボーイング747(ジャンボジェット)を操縦してきた立場から、当時から一定の結論を保っている。そのなかでミサイルなどの飛翔体が垂直尾翼に衝突したとする説は、ブラックボックスの科学的データからは100%あり得ない。仮に、なんらかの物体が約10メートルもある巨大な垂直尾翼に当たれば、機首が反作用で変位するはずであるが、123便は異変があった後も、250度の方位を維持して飛んでいたのである。

 つまり、自衛隊や米軍による攻撃だとする陰謀説は非科学的な妄想と断言できる。詳しくは私の最新書『JAL123便墜落事故』(宝島社)で解説しているので、関心のある方はご一読いただきたい。

 同書では、何よりも重要な再発防止策について、いくつかの提言を行っている。そのひとつは、航空機が再び123便のようなトラブルに遭遇したら海上着水を選択肢に持つべきであるというものだ。それを納得してもらうために、私が行った実験データや具体的操縦方法も書き加えている。

 残念ながら、現在でも国内航空会社はそのような危機管理には関心はなく、メーカーが想定する緊急事態に限定した教育訓練の域を出ていない。

 しかし、冒頭でも述べたように現代のハイテク機でも123便と同じトラブルに遭遇したり、「ハドソン川の奇跡」のようにすべてのエンジンに鳥が入りグライダー同然となる、メーカーが想定しない事態が容易に想像できるのだ。

 航空会社がパイロットにそのような想定外の事態への準備をしていない現状では、利用者の立場としては、「ハドソン川の奇跡」のサレンバーガー機長のような優秀なパイロットが操縦してくれる便に運よく乗り合わせる以外には、想定外の重大事故に遭っても生存する道はない。
(文=杉江弘/航空評論家、元日本航空機長)