「Thinkstock」より

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 元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな帳簿は「裏帳簿」です。

 無予告調査――。現在では減りつつありますが、事前連絡なしで突然、税務調査がやってくることがあります。現金商売など、証拠書類を破棄され、円滑な調査が難しいと予想される場合に行われます。今回は、そんな無予告調査の実例を紹介します。

●無予告調査の実例

 調査官2名は、ある月曜日の朝9時、調査対象の代表者の自宅に無予告で臨場しました。代表者は、都内で5店舗の居酒屋を経営、設立10年目で調査履歴はなく、ずっと青色申告で確定申告を行っていました。

 月曜日に臨場したのには理由があります。銀行が閉まっている土日の売り上げは、社長が自宅に持ち帰って保管していると予想してのことです。店舗は、本店と支店合わせて5店。代表者に話を聞くと、本店にはレジがなく、集計は客の注文を聞き取って記入した伝票のみで行っているそうです。

 毎日の売り上げの管理は代表者自身が行い、本店の事務所にある金庫に3日分の売り上げが保管されていました。これを数えれば、3日分の売り上げがわかりますが、代表者は売り上げと小口の現金が混在していると言います。通常、このようなことはありえませんが、管理が杜撰であるか、あるいは「売上除外」を追及されたときのことを見越しての発言と考えられます。

 本店の現金出納帳を確認すると、毎日の売り上げが記帳されていました。しかし、2週間前から記帳が止まっています。これから記帳する予定だったとのことで、その計算の根拠となるレジロールなどは本店にはないため、伝票を集計して日計売上を算出します。その場で2週間分の売り上げを集計したところ、記帳されていた日から比べて、2割ほど売り上げが増加していました。

 代表者は「天気、気温、宴会の有無などで売り上げが増えることもある」と主張しました。おそらく、伝票の一部を破棄しているものと考えられます。支店の売り上げは増加していないのに、本店の売り上げのみ増加しています。さらに、本店では経費の合計額は、記帳前と記帳後で変わりませんでした。仕入れが変わらないのに売り上げだけ増えるということは考えづらいので、やはり売上除外が想定されます。

●過去5年分の修正申告

 ここからは、記帳済みの伝票を集計します。まず、業者に発注しているおしぼりの数を確認しました。伝票にはテーブルごとの客数が記載されており、その合計とおしぼりの発注数が近似するはずです。しかし、代表者は「おしぼりは、ひとりのお客さんにひとつ渡すわけではない。テーブルを拭くときも使うし、掃除などにも使う」との主張でした。しかし、利益を考えるならば、外注しているコストの高いおしぼりを清掃に使うのは考えにくいです。

 さらに、追及します。おしぼりと同じように、割り箸についても確認します。代表者は「割り箸も、ひとり一膳ではない。その本数によって客数を計ることはできない」との主張でした。

 ここで、瓶ビールの仕入れ数について確認することにしました。おしぼりや割り箸と違い、伝票に記載されている瓶ビールの数は言い逃れができないと考えてのことです。やはり、瓶ビールの仕入れ本数と、伝票を集計したビールの注文数には乖離がありました。代表者に確認すると「ビールは、サービスで振る舞うこともある。閉店後に従業員に私の権限で飲ませることもある。落として割ってしまうこともある」との主張でした。かなり無理のある主張のように思えます。従業員に振る舞っている分は、現物給与として源泉所得税の対象とすることもできますが、それはごく一部で伝票を破棄している可能性が高いと考えられます。

 実際、業者への注文数100に対し伝票のビールの数は70と、大きな差がありました。状況証拠は揃っていても、のらりくらりとかわすだけの代表者。調査官は、従業員に聞き取りを行うことにしました。複数の従業員に話を聞くと「おしぼりで清掃を行うことはない」「代表者はまかないを無料で食べることは許可しているが、特別な日以外、アルコールを無料で飲ませてくれることはない」「また、ビールを客に無料で提供することはない」とのことでした。

 これらの証言を代表者に突きつけて、売上除外を認めさせ、過去5年分の修正申告を行わせました。

 無理のある言い逃れでは、調査官は決して諦めません。逆に、取引先や従業員に迷惑をかけることになります。初めから正しく申告するのが、賢い選択です。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)