中国サッカーがプロ化した時期は1994年と、日本のJリーグが開始した93年とほとんど変わらない。ただ、Jリーグは地域に根ざしたクラブづくりを目指してきたのに対し、中国のプロリーグは企業経営が前面に打ち出されてきた。中国メディア・今日頭条は23日、中国でクラブ名に企業の名前を使わないよう要求が出されたとしたうえで、参考として日本のクラブのネーミングを紹介する記事を掲載した。(イメージ写真提供:123RF)

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 中国サッカーがプロ化した時期は1994年と、日本のJリーグが開始した93年とほとんど変わらない。ただ、Jリーグは地域に根ざしたクラブづくりを目指してきたのに対し、中国のプロリーグは企業経営が前面に打ち出されてきた。中国メディア・今日頭条は23日、中国でクラブ名に企業の名前を使わないよう要求が出されたとしたうえで、参考として日本のクラブのネーミングを紹介する記事を掲載した。

 記事は「中国サッカーがプロ化されてから20年あまり、非常に多くのクラブで頻繁にスポンサーが代わり、クラブ名もコロコロと変わってきた。その例は、1995年に上海浦東として発足したのち、20年あまりで9回も名前を変更した北京人和だ」とした。そして、22日に行われたプロクラブチーム会議にて、中国サッカー協会から「今後3年程度の期間で、クラブの名将を中性化・脱企業化すべし」との要求が出されたと伝えている。

 そのうえで、「20年あまり前、日本の各クラブも脱企業化が求められ、それぞれ現地の文化や自然をモチーフにして新たなクラブ名をつけた。その後、各クラブはより地元に融け込むようになり、それぞれのサポーター文化が形成されていった」とした。

 記事はその一例として、かつてのマツダサッカークラブが地元の名将・毛利元就の「3本の矢」にちなんでサンフレッチェ広島に、三菱重工業サッカー部がチームカラーをイメージした浦和レッドダイヤモンズに改名したことを紹介。浦和については「三菱のロゴのイメージも残す、巧妙なネーミング」と評している。さらに、ルーツが企業に無いクラブの例として、「甲斐の虎」武田信玄にちなみ、フランスの「風」と「林」を組み合わせた造語をチーム名にしたヴァンフォーレ甲府、メンバーが集っていた喫茶店をそのままチーム名にした松本山雅を併せて紹介した。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)